ぽとり、とまた少し灰が落ちた。
足元にだいぶ溜まったそれに気付かない振りをして、土方はぐいと後ろを振り仰ぐ。

チャイムはもう何度も押した。
でも一枚隔てた向こうでは、物音どころか人がいる気配すらない。

(忘れられた、か…?)

もともと人を待つのは得意ではないし、むしろ嫌いだと自負する土方のことだから、30分待っただけでも相当の譲歩を見せたというべきだろう。
それでも過ぎてゆく一秒一秒は着実に心をすり減らしていって、大分がさがさになった心に11月の風がじぃんと染みた。
時計の針が新しい一秒目を刻み始めたのを見ると、土方はひとつ溜息をついて、吸いさしの煙草を踏み消すと元きたほうへと歩き出した。

その後ろ姿を反対側から見つめる影には気付かずに。





「あれ、トシ?」

ひとりとぼとぼと屯所に帰る道すがらそう呼び止められ、土方はびくりと声のした方を見た。
見ると、近藤がひとりで馴染みの店の暖簾をくぐろうとしているところだった。

「トシ今夜は約束があるって言ってなかったっけ…」
「…予定が変わったんだよ」
「あれあれ、もしかして女の子にすっぽかされちゃったー?」
「違、う…わァァァ!」
「ごめんごめんごめん悪かったから謝るからその刀仕舞ってェェェ!」

ぴくりと青筋を立てたまま、土方は愛刀を鞘に収めた。
一応否定はしても、長年連れ添った旧友のことだ、相手が女ではないにしても図星なのはきっと悟られているのだろうと、土方は居た堪れない恥ずかしさを覚える。
近藤はそんな土方を見てにこりと微笑むと、ぽんと肩に手を置いた。

「よし、じゃあ一緒に飲むか。」
「…ん」

否定とも肯定ともつかない彼らしい返答にまた笑うと、近藤は土方の腕を掴んで、入りかけていた店の中に引っ張り込んだ。


***


「んで〜…お妙さんがそのとき俺に〜」
「……」
「ちょっトシ聞いてるう〜?」
「うん聞いてる聞いてる」
「でねー、お妙さんたらさあ〜…」
「うんうん」

早くもだいぶ酔いのまわった近藤の愚痴を話半分に聞きながら、土方はそれでも言い知れぬ居心地のよさを感じていた。
あの男との関係を「恋愛」なんてそんな甘ったるいことばで言い当てられるとは思っていない。でも、隣でぷうと口を尖らせる旧友との関係とは明らかに違う、とそれくらいはわかっていた。

一緒にいて安らげて、秘めた胸の裡を躊躇わずにさらけ出せる関係には違いない。
でも、心臓をきゅうと絞られるような痛みや、ちくりと針で刺されるような苦しみは近藤といても感じることはなかった。

「そういや、きょうのお妙さんのエプロン姿は麗しかった…っ」
「でもどうせ作ってんのダークマターなんだろ…」
「いや、きょうはなんか煮込んでたような…」
「…鍋?」
「あっ、そうだお粥だー!」
「メガネが風邪でもひいたのか?」
「いやいや、確か万事屋が風邪ひいたとかなんとか…」
「よ、万事屋が…!?」

ガタン、と音がして、土方のお猪口が倒れた。
焦ったように立ちあがった土方を近藤は緩慢な動きで見あげる。

「珍しいよな、なんか…ってどうしたトシ」
「こ、近藤さん!俺…」
「ん?」
「ちょっと用事、思い出したから!」
「用事?」
「お代、ここ置いとくから…すまねえ!」
「あ、ちょ、トシー!」

お札を一枚置いて、慌てて店を出て行く着流しの後姿を近藤はぼうっと眺めた。
それから、隣に残された食べさしの干物とまだ半分もある熱燗を見やる。

「あんなに慌てて、な…」

しょうがねえな、と笑って近藤は倒れたお猪口を元に戻すと、そこにまだ熱を保った日本酒を注いだ。

「また振られちゃったよ俺〜」
「アンタは生まれ変わってもモテそうにないものね」
「ちょっとちょっと女将までやめてよー!勲傷つく…」

わはは、と大声で笑いながら近藤は残りの酒を分け合う仲間でも探そうと懐を探った。


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