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夢の通ひ路_01



謙信様の、ゆめを、見た。

夢から現へ舞い戻ったときは
まだぼんやりとしていて
ただ、不思議な夢だったと
思ったのだけれども。

それは今改めて思い出すと
顔から火が出てしまうくらい
恥ずかしく、はしたない夢で。

それは夢とは思えぬほどに
妙に鮮明で生々しく
感触すら残っているような
心地さえするほどだったから。


「……どうしたの、美依姫」

「えっ、」


「さっきから、箸が進んでいないようだけど……。朝餉、口に合わなかった?」

「いえ……、そんなことは、」


ご心配をお掛けしました。
そう、頭を下げて
再び御膳に向き直す。

越後自慢の美しい白米に
それによく合うだろう紅鮭。
味噌汁からは湯気が出ていて
とても美味しそうだ。

……美味しそうなのだけれど
今日は箸が進む気がしない。
それもこれも、すべて
今朝見た夢のせいだ。

私は気が進まないながらも
味噌汁へ口を寄せて
目の前に座る人を盗み見た。


柔らかな白銀の御髪。
越後の雪を思わせる白い肌。
すう、と高く通った鼻筋。
何もかもを見透かすような
鋭さと、でも温かみを帯びた
不思議な美しさを湛えた瞳。
そして、薄く上品な唇……

夢みたいに美しい人だと思う。
だからだろうか。
あんな夢を見てしまったのは。





――さあ、こちらへおいで。


――いい子だね。



――大丈夫、極上の夢を見せてあげるよ。





「……美依姫?」

「えっ、あっ、はい」


「如何したの? 顔が赤いみたいだけど……」

「え、えっ、!?」


言われて、御椀を置き、
頬へ手を寄せれば確かに
そこは熱を持っていた。

なんと、はしたない。
しかも、朝餉の最中に。

必至に去来する回想を食い止め
巡る熱を一刻も早く冷まさんと
思うものの、意識すればする程
それは悪化してゆくようだ。

どうしようもなくなって
思わずゆるゆると俯けば
暫く様子を伺っていた兼継が
心配げに声を掛けてくれる。


「御箸も進んでおられぬようですし……、美依姫様、どこか御加減が悪いのですか?」

「……いえ、」


顔を上げずとも声音から
兼継が随分と心配して
くれているのがわかった。

本当ならばその言葉に乗じて
朝餉を辞退して、せめて
少なくとも今日一日は
部屋へ引き篭もって
あの雑念を払うのに
専念したいところだけれど
それでいらぬ心配を
掛けてしまうのは気が引けた。

兼継や謙信様に限らず
越後の人は皆、親切だから
きっと御匙だ何だといろいろ
世話を焼いてくれて
騒ぎになってしまうのは
目に見えている。

そう考えて兼継の言葉に
首を徐に横へと振れば
長く綺麗な造詣の指が
す、と伸びてきて
私の額へと収まった。


「け、謙信様!?」

「そんなに酷い感じはしないけれども、少し、熱いかな」

「いやいや、殿。何事も悪化する前に対処しておくに越したことはありませぬ! すぐ匙を手配致しましょう」


「だっ、大丈夫です。これくらいなら、今日一日休んでいればきっと良くなるでしょうから」

「しかし、」


私を見つめる兼継の瞳は
未だ憂慮で揺れていた。
申し訳なさが心に広がるが
ここで匙を呼ばれても困る。
努めて凛と、言葉を発する。


「大丈夫ですから、本当に」


それでも兼継は何か言いたげに
口を開きかけたのだけれども
謙信様がそれを視線で封じる。


「……わかった。じゃあ、今日は様子を見て、明日また変わらないようだったら、匙に診てもらう。それでどう?」

「わかりました」


「兼継もそれでいいね?」

「……御意」


兼継はまだ少し不服げに
見えたけれどもそれ以上は
何も言わなかった。



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