涙のリキュールチョコレート


今の気持ちを一言で言うと。
バレンタインなんて爆発しろ。



2月14日、バレンタイン。おもしろくない。非常におもしろくない。


「・・・き、霧野。その、いいかげんに機嫌直してくれ・・・」

「嫌だ。っていうか絶対無理」


そう言ってソファの背もたれに腕と顔を乗せてわかりやすく拗ねる俺を、神童が困った顔で見て肩をすくめた。


ため息を吐きたいのは俺のほうだよ、神童。


ソファの正面にセットされているローテーブルの上には山積みのチョコレート。市販のものから手作り、(これはちょっと失礼な言い方だけど)安物から高級品まで、大小さまざまなチョコレート菓子がこれまた色とりどりのラッピングを施されて鎮座していた。どれもこれも、全部『神童拓人』宛で。


「あのなぁ・・・霧野だっていくつも貰ってただろ」

「俺は神童みたいにほぼ全部本命って訳じゃないし。しかもいくつかは男からだし」

「俺も何人かに貰ったけど・・・」

「それが余計にムカつくって言ってんの」


そう、10000歩譲って俺が男から貰ったのは毎年のことだしまだ我慢できる。だからって別に自分が女顔だと認めたわけじゃないし、冗談でも逆チョコだとか何とか言って渡してきた奴は容赦なく蹴り飛ばしたけど。それでもまぁ、俺にしては寛大だったと思う。でも神童が常日頃から黄色い声を上げ続けるたくさんの女子だけじゃなくって、2、3人の男子からも貰ったっていうのは我慢できない。


神童はからかわれたみたいだ・・・と軽く落ち込んでる程度だったけど、俺はそれだけじゃ済まない。ふざけんな。神童は全然気づいてないけど、それ間違いなくガチだから。もちろんそのチョコ(と渡した奴)は神童が職員室に行ってる隙にサヨナラした。それ相応のお返しをつけて、な。


そんなこんなで、俺は学校帰りに寄った神童の家でも未だに不機嫌なワケである。


せっかく部活も休み(正しくはテスト週間)でのんびりと2人で平日の放課後を過ごせるのに、いつまでも拗ねている俺に神童はほとほと困った様子だ。俺のために、と用意してくれた紅茶もすっかり冷め切っている。


でも神童は躊躇う素振りを見せつつも、もう一度俺に話しかけてきた。


「霧野・・・俺、告白はちゃんと全部断ったぞ?」

「・・・知ってる」


分かってる。ごめん神童。自分でも嫉妬深すぎるって分かってる。
でも、それでも。俺にあるのは神童を想い続けてきた年数と、無条件に隣に居られる幼なじみの特権だけだから。不安になるんだよ、神童。いつか神童が離れていきそうで。


そんなことを考えていると、神童が何やらごそごそと引き出しを探り始めたのが気配で分かった。好奇心に駆られて顔だけ振り返って見ていると、やがて何かを取り出した神童がゆっくりと俺に近づいて来た。手にしているのは赤とオレンジのりぼんがかけられた、光沢のあるダークブラウンの小さな箱。おそらく。


「・・・なぁ、俺も霧野にチョコレート用意したんだけど・・・一緒に食べないか?」


やっぱり。無言でソレを見つめる俺に神童がチョコの説明をしてくれた。中に入っているのは霧野の好きなトリュフチョコとオランジェで、と普段は白い頬を桃色に染めて嬉しそうに語る神童はやっぱり可愛い。


「・・・サンキュ。でも今はいらない」


再びの拒絶に神童が今度こそショックを受けた顔をした。しょんぼりと肩を落として、俯きがちに手の中の小さな贈り物を見つめる。このままだと泣くかもしんない。わかってるのに、そんな顔も好きだなぁとぼんやりと考えている俺は心底神童に溺れてるんだと思う。なのに、今はどうしても素直になれない。


ねぇ神童、俺もちゃんと神童にチョコレート用意してあるよ。
俺も、っていうよりも母さんが張り切ったって言うほうが正しいけど。でも俺だって手伝ったんだぜ? 見た目はちょっと悪いけど、神童の好きなチョコレートタルトだから多分そこそこ美味いと思う。まぁ神童の場合、たとえ不味かったとして絶対食べてくれるんだけどさ。霧野がくれたものだったら何でも嬉しい、って。俺もだよ神童。俺も神童とチョコ交換したくって、2人で一緒に食べたくって。


俺だって、神童と2人きりのバレンタインを楽しみにしてたんだよ。


・・・まじで何やってるんだろう俺。やっと頭の冷えた俺は謝るために顔を上げると、思ってたよりもずっと近くに神童が立っていて正直驚いた。俯いたままの神童は下から見上げても髪のせいで表情がイマイチよくわからない。すると、神童がチョコレートが入った箱を手にしたまま腕を振り上げた。あ、やばい。殴られる。そう身構えて目を瞑った瞬間、


覚悟していたものとは全然違う衝撃が俺の身体に圧し掛かった。



え?と思って目を開けると、俺の首に腕を回した神童が抱きついていた。さっきまで手にしていたチョコレートはソファの脇に放り投げられている。でも、それよりも。今はこの体勢のほうが問題だ。俺が神童を抱きしめることは良くあるけど、神童から抱きついてくる事なんて滅多にないから思わず全身が強張る。あまりにも近すぎる距離で確かに感じる神童の体温と息づかい、髪の香りと肌の柔らかさ。意識するなって言うほうが無理だろ。


「し、しん・・・」

「・・・きりの、まだ機嫌直らない・・・?」



そう言って神童が涙目で俺を見上げてきた。うわ、このアングル最高。・・・じゃなくって。もう怒ってないよ、俺のほうこそごめん神童。そう言おうとしたつもりだった、のに。


「チョコじゃなくって、キスでも受け取ってくれないのか・・・?」


なんて言うから、俺は「ぜひキスでお願いします」と鼻血を出しながら本音丸出しで答えたのだった。


君の可愛さに酔い痴れました



(・・・何で鼻血が出てるんだ?)
(・・・チョコの食べすぎってことにしといて)
(バレンタインってやっぱ最高!)


NEXTあとがき






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