◆ 小悪魔ショコラを召し上がれ



「音無、俺に何か渡すものないわけ?」

「何のこと? それよりも木暮くん、そこのカゴとって」

「・・・・・・ほい」


パンッと音を立てて音無が真っ白なシーツのしわを伸ばす。両手で広げられたシーツはあっという間にくるくるとまとめられて大きなカゴへと放り込まれた。カゴの中には同様にたたまれたシーツが清潔感を漂わせながら積み重ねられている。


2月14日、バレンタイン。2月にしてはめずらしい、気持ちの良い青空だった。別に俺は主婦じゃないけど、滅多にない快晴ともなれば洗濯もはかどる訳である。ましてやイナズマジャパンは汗や泥で汚れることなんて少しも気にしない熱血サッカー馬鹿の集まりだし。ユニフォームやら靴下やらシャツやら、冬場になっても洗濯物の量はハンパじゃない。


そんな大量の洗濯物を取り込む姿を眺めていると、視線を感じたのか音無が振り返ってきた。


「もうっ、木暮くんも見てないでちょっとは手伝ってよ。大変なんだから!」

「やだよめんどくさい。・・・って、そうじゃなくってさー!早く寄越せよ!」

「だから何をよ?」

「何をって、・・・チョコレートに決まってるだろ!」


そう、俺がマネージャーでもないのに音無にくっ付いてわざわざ洗濯場まで来たのには理由がある。午後の練習も終わって自由時間になったのに、未だに音無がチョコをくれない。もしかして忘れてるんじゃないっスかね、と言ったのは壁山で、そんなに気になるなら催促してみれば?と助言したのは立向居だ。別に気になってなんかないけど、どうせ貰えるなら早く貰いたい。1個でも多く貰ったほうが得だし。そう思って俺は現在に至るワケ。


ところが、さっきから催促しているのに音無ときたらまるで渡す素振りが無い。壁山の言うとおり、本気で忘れてんのかも。音無ならありえる。


だから俺は親切に教えてやることにした。なのに、音無は差し出した俺の手のひらを見て怪訝そうに首を傾げるだけ。何だよその目は。木暮くんもでしょ。気まずい見つめ合いがしばし続く。でも段々と重くなる沈黙を先に破ったのは音無だった。それも小さな子を窘めるような口調で。



「・・・木暮くんこそ何言ってるのよ。チョコレートなら朝に渡したじゃない」

「なっ、あれはマネージャーからメンバー全員に配ったヤツだろ!」

「そうよ。あの時ちゃんと木暮くんにも渡したでしょう?」


確かに貰ったのは貰ったけど。食堂で朝食を取りに集まったメンバーに、マネージャーからサプライズで手作りのブラウニーを振る舞われたのはまだ記憶に新しい。でもそれはいわゆる義理チョコで、俺が欲しいのは。


「・・・言っとくけど、俺知ってるんだからな!音無が昨日台所でこっそり何か作ってたの!!だから寄越せよ!!」

「・・・あのね、木暮くん。バレンタインって好きな男の子にチョコを渡す日なのよ?」

「えっ・・・・・・」


この発言には心底驚いた。だって、え? 音無は、俺のことが・・・。もしかして、俺の勘違い?っていうか、音無の好きな奴って誰。呆然とする俺を不思議に思ったのか、抱えていた洗濯物をカゴに入れて降ろしてから音無が近づいて来た。ふわっと揺れた髪の毛から、洗剤とは別に甘い匂いがした気がしてドキッとする。


「さっきから何なの?木暮くんはそんなにチョコ食べたいの?」

「・・・別にっ」


少し屈んで俺の顔を覗き込む音無が何だか腹立たしくって、思わず頭の後ろで手を組んでそっぽを向いてしまう。くっそ、今に見てろよ。絶対絶対抜かしてやるんだからなっ!・・・って、それよりも。俺、何言ってんだろ。ただチョコが欲しかっただけなのに、今の返事だとそうじゃないみたいじゃん。変なの。そんな俺の心境に気づいてない音無はふぅん、とだけ言って少し考え込んでいる様子だった。そして一言。


「もしかして木暮くんは、私からのチョコが欲しいの?」

「・・・!!?そっ、そんなんじゃないし!!」

「・・・本当に?」

「・・・本当に決まってんだろ!」


あまりの衝撃発言に胸の動悸が止まらない。ドキドキ、ドキドキ。やめろ、うるさい。こんな音が音無に聞こえたら、まるでそうだよって言ってるみたいだろ。だから、鳴るなバカ。ジャージの胸の辺りをぎゅっと掴んで、ひたすらに音が鳴り止むのを待つ。


背後で音無が小さく息を呑むのがわかった。ついでにまた口を開く気配まで。その声は普段の音無とは思えないくらいに悲しそうな声だった。


「ねぇ、本当に私からのチョコはいらないの?」


バッと振り返ると、音無が気を張り詰めた様子でただじっと俺を見ていた。だから、俺は。


「・・・いるっ!音無からのチョコだけが欲しいに決まってるだろっ!!」


言った。ついに言っちゃった。ってか勢いに任せて口から勝手に出た。こんなの鬼道さんに聞かれたら半殺しだけじゃ済まないかも。うわ、どうしよう。しかも今のってまるで告白みたいじゃん。なんて誤魔化せば良いんだよ。音無の顔が見れなくって、両手をぎゅっと握り締めて足元に視線をやる。すると、


「木暮くん、ハッピーバレンタイン!」


ずいっと目の前に出されたのはオレンジのチェック模様のラッピング用紙に包まれた小さなカップチョコレートだった。


「・・・へ、なっ、だって、これ・・・俺には、無いんじゃ」

「そんなの嘘よ、ウ・ソ。木暮くんを驚かせようと思って」

「なっ、お、脅かすなよなっ・・・!!!」

「いつも木暮くんが悪戯するから悪いんでしょ。小悪魔に仕返し」


クスクスと笑う音無は心底楽しそうだった。どっちが小悪魔なんだよ、全く。でもまぁ、念願のチョコレートを貰えた事だし。特別に良しとする。


手の中のチョコを見つめてこっそり喜んでいると、音無がまた嬉しそうに話しかけてきた。
「ねぇ木暮くん。この意味、わかる?」

「・・・・・・当たり前じゃん」





(溶かして型に流しただけだろ)
(失礼ね!)
(うっしっし)



NEXTあとがき





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