今はこれでいいよ


あの人に、俺の想いが届かないことは最初からわかってた。
それでもあなたが好きだったんです。


_____


2月14日、誰もが甘い胸のときめきを隠せない日。
女の子だけじゃなくって男の子にとっても重大な恋の一大イベント。いわゆる、バレンタイン。


それはもちろんここ、雷門中にとっても例外ではなく、朝から校内は甘い香りで満ちていた。教室や廊下に溢れかえるたくさんの女子、男子、女子。つまり生徒たち。皆一様に色とりどりのさまざまな形の贈り物を胸に抱えている。その綺麗にラッピングされたモノの中に入っているのは甘いチョコレート菓子か、はたまた抑えきれない想いの塊なのか。


休み時間だけでなく、授業中でさえも浮かれた様子のクラスメイトたちをどこか遠くに感じながら、俺は窓の向こうを見つめてぼんやりと過ごした。


別に俺がチョコをもらえなかったからじゃない。
自分で言うのもなんだけど、表面上の俺はとても人当たりが良いし、顔だって良いほうだ。事実、義理であれ本気であれいくつものチョコを貰ってるし。告白は上手い事避けたけど。でもそれでも俺は貰うたびにありがとう、と愛想良く微笑んで受け取った。


じゃあ何で、ってそんなこと言われてもわからない。
ただ、何となく。そう、何となくだ。
何となく、気分が乗らないだけ。


それだけだよ。


くるりと回したシャーペンは、爪に当たって弾かれた後にノートの上を転がった。





そして放課後。
どうやら甘い1日はまだまだ終わらないらしい。むしろこれからが本番、と言ったところだ。


授業が終わり各々の担当場所でさっさと掃除を終わらせると、女子はチョコが入っているであろう紙袋を持って、男子はからかわれつつも指定された場所へと頬を染めながら出かけていく。


俺はというと、指定のカバンを引っさげながらさて帰るかと立ち上がったところだった。


すると、


「「狩屋!!!」」

「・・・天馬くん、信助くん」


放課後になってテンションの高くなった2人に背後から呼び止められる。
どうしたの、剣城くんが誰かに告白でもされたの?と俺は多少の冗談を交えながら振り返った。


「そんなわけな・・・いこともないよね、剣城かっこいいもんね。もし女の子に告白されて剣城がOKしちゃったら・・・どうしよう、信助!?」

「剣城に限ってそんなことはないから大丈夫だよ天馬。・・・って、そうじゃなくって。あのね、狩屋。今日からテスト週間でしょ?キャプテンが部室に置いている荷物で必要なものは持って帰れだって」

「あー・・・そういえば」


オロオロとうろたえる天馬くんの表情は相変わらずおもしろい。剣城くんが天馬くん以外を好きになるなんて有り得ないことなのに。それに比べて、このずいぶんと身長の低い友人のなんと頼りになることか。俺は内心で感心しながらも表面には出さず、返事をしながら言われたことについて理解した。



そう、全国の中学生にとってバレンタインという行事と共にやってくるのは地獄の学年末テストだ。来るテストに向けて部活動は一週間停止になる。実力がある部活動の中には未だに活動をしているところもあるみたいだけど、それも朝練と自主練のみ。サッカー部もそんな部活動の1つで、今日が最後の朝練だった。これからテスト終了まで公の活動は出来ないわけだから、キャプテンが荷物を持って帰れって言うのも当然だ。


「そっか、りょーかい。まだ部室開いてるかな?」

「多分開いてると思うよ!でも僕たちが行った時にはもうほとんど人が居なかったから、急いだほうがいいかも!!」

「えっ、それ本当? じゃあ俺行って来るね、2人共また明日!!」

「うんっ、ばいばーい!」

「また明日!」



その場で飛び跳ねんばかりに元気な友人2人に見送られて、俺は急いで昇降口へと向かいサッカー棟を目指した。途中で出会った剣城くんに「本命からのチョコはもらった?」と聞くと、顔を真っ赤にしながら「うるせーよ、今から催促しに行く」って答えられたから思わず笑ってしまった。



「失礼しまーす」


自動ドアをくぐり抜けて暖房の効いたミーティングルームに入る。部室に置いてある必要な荷物は全部引き取ったものの、先輩たちに挨拶無しで帰る訳にはいかない。これは1年生と言う立場上当然のことであり、今の俺にとっては辛い事でもあった。なぜなら。


「あ、狩屋。やっと来たな」

「よっ!狩屋はいくつチョコ貰ったんだ?」


予想通りというか、やっぱりというか。中に居たのはキャプテンと霧野先輩だった。こんなにも広々としているのにわざわざ隣同士に座る2人の距離は相変わらず近い。


「まぁ、それなりに。キャプテンには負けますけど、霧野先輩には勝ってる自信がありますよ」

「な、なんだとこの野郎・・・生意気なことばっか言いやがって」

「霧野が自分で言った事だろ。・・・言っとくが、俺もそんなに貰ってないぞ?」



ネコが毛を逆立てるように俺に威嚇する霧野先輩を横目に、俺はキャプテンに「そんなこと言ってますけど、俺のクラスでもキャプテンに渡しに行った女子結構居ますよ」と笑顔で返した。財閥の跡取り息子でサッカー部のキャプテンで成績も優秀。オマケにこの容姿。モテない訳がないじゃないですか、とも。


キャプテンは困ったように笑った後、躊躇いながら言葉を続けた。


「確かに貰ったのは貰ったんだが・・・霧野が嫌がるから直接的には受け取ってないんだ」

「当たり前だろ、俺の目の前で神童にチョコなんか渡させないし」


胸の奥を、鋭い刃物で抉り取られたような気がした。
ぐらぐら、ずきずき、ぐるぐる。色んな感情が込み上げて、ひどく眩暈がする。目の前には「だからって1日中俺にくっついて追い返す事ないだろ」「そんだけしても結局神童にチョコ渡した女子いっぱい居るじゃん」「お前だって貰ってたくせに」と楽しそうに談笑する2人。


何だか、吐きそうだった。甘い。甘ったるい。咽るようなチョコレートの香りに酔ったんだろうか。立っているだけで精一杯だ。俺は急速に冷えていくつま先を見つめながら必死で吐き気に耐えていた。


その時。


「しっ、失礼します!!遅くなってすみませ・・・うぎゃっ!!?」


慌ただしい足音と共に飛び込んで来たのは輝くんだった。何故か転んでるけど。その様子を見て霧野先輩たちが慌てて輝くんに駆け寄る。


「か、影山!えっと、大丈夫か・・・?」

「すごい勢いで転んでたけど。鼻ぶつけたんじゃねーの?」

「だ・・・だいじょうぶ、れす・・・」


キャプテンに影山は危なっかしいな、と言われてあはは・・・と力なく笑うドジッ子代表の輝くん。霧野先輩は天馬にそっくりだな、と笑っていた。



俺はそんな3人の横をお得意の作り笑顔で「それじゃ、用事があるんでお先に失礼します」と言って通り過ぎる。キッカケをくれた輝くんには感謝だ。もう限界だよ。ドアが閉まる直前に聞こえた霧野先輩のまたな、って声はやっぱりとても甘ったるかった。


(胸焼けにも似たこの想いは)
(甘い香りに満ちて)
(ただ黒く侵される)









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