ジュリエットは駆けてくる



「霧野先輩はキャプテンと年越しするんですか?」


そう声をかけてきたのは毎度お騒がせの松風天馬だ。俺がまだ返事してないのに嬉しそうに「キャプテンのおうちにもよくお邪魔してるそうですし、絶対そうですよね!俺も剣城と一緒に年越しする約束したんです!剣城がお兄さんのお見舞いが終わった後に木枯らし荘に来てくれて、それで、」と聞いていないことまでペラペラと言って来る。やたらとデカイ瞳をきらきらと輝かせている天馬は楽しみで楽しみで仕方ないんだろう。なんてたって大好きな剣城と過ごせるんだから。そうか、そうか。良かったな。ところで気づいているか?この部室の空気が一瞬にして凍りついたことを。
俺は極上の笑みを浮かべ、天馬の質問に答えてやった。


「過ごさねぇよ」

「えっ」

「年末どころか3日くらいまで神童に一切会えねぇよ」


部室内で口を開くような勇者は、もう誰も居なかった。



***


「お前なぁ・・・何も天馬に当たらなくっても・・・」

「当たってない。俺は事実を言っただけだぜ?」

「どこがだ。先輩方は目を背けるし、速水なんか失神寸前だったじゃないか」

「そーだっけ?」


いつもの帰り道を神童と並んで歩く。年末の空はやけに重苦しい灰色で、俺の心情にピッタリだった。確かに、あの後の雰囲気はすごかった。誰もが気まずい思いで着替えを済まし、そそくさと逃げるように帰って行った。原因である天馬は剣城たちに引きずられるようにして部室から出て行った。最後まで天馬はすみません、俺、知らなくって・・・そんなつもりじゃ無かったんですとひたすら謝っていたが、拗ねた俺はろくに顔も見ずにお前は悪くないから気にするな、とだけ言った。うん、自分でもあの態度はひどかったかもしんない。と、今更だが天馬に申し訳なくなる。まぁその分、神童に頭を軽くはたかれて怒られたんだけど。


「俺だって、本当は…その、……霧野と、過ごしたい」


神童が白いマフラーで赤くなった頬を隠すようにして俯きながら、消え入りそうな声で呟いた。
その恥じらうような様子が可愛くって、俺は自然と頬がゆるむ。


「…うん、わかってる」


さっきと違って、返事を返す声もどこか優しさを含んでいるのが自分でもわかる。何で神童はこんなにも俺を幸せな気持ちにしてくれるんだろう。でもだからこそ、一年の最後と最初の日に神童に会えないのが堪らなく悔しい。神童は神童財閥の跡取り息子という立場上、新年の挨拶回りに同行しなければならない。親戚などの親族関係はもちろんのこと、会社やら取引先やら(あんまり俺にはよくわかってない)、とにかく、お偉いさん方に片っ端から挨拶してまわるらしい。もちろんその逆もまたしかり。というわけで、元旦どころか前日の大晦日から神童は大忙しだ。これは毎年のことで、去年もやっぱりそうだった。だから事情を知っている先輩方や倉間たちは敢えて俺にそういう話題を振ってこないのだが、まぁ今年入ってきたばっかの1年がそんな諸事情を知っているわけ無いよな。


「・・・霧野?」

「・・・あ、悪い、ボーっとしてた」


回想に耽ってだんまりになっていた俺を変に思ったのだろう。神童が不安げに声をかけてきた。自分のせいで、とまた責任を感じているのかもしれない。違うのに。これは俺の我が儘なんだ、神童は何も悪くない。家の事情なんだから、どうしようもないことだろう?俺は自分に言い聞かせるのと、神童を安心させる為の両方の意味で、神童の寒さでいつもより冷えた左手を取った。


「え?うわっ、霧野・・・手・・・!!」

「うー、やっぱ寒いな。神童、凍えそうだから手繋いで帰ろ」

「・・・凍えるわけないだろ、馬鹿」


そう言いつつも神童は俺の手を握り返してくれた。繋いだ手のひらから神童の体温と幸せが伝わってくるようで、心地よかった。そうして俺達は他愛の無い話をしながら手を繋いで帰り、大晦日から元旦にかけての間にメールと電話をする約束をしてからいつもの場所で別れた。離れた右手が、急速に冷えていった。




***


(とは、言ったものの・・・・・・)

恐らく、というかほぼ確実に。神童からのメールや電話は来ないと思う。その余裕すら無いくらいに神童はあちこちで引っ張りだこになっているはずだ。多分今日は何処かのカウントダウンパーティーに出席しているんじゃないんだろうか。12月31日、午後11時48分。家族で年末番組を見ながら年越しそばを食べた後、そのまま家族で年越しをする気になれず、俺は早々に自分の部屋へと引き返した。かと言って特にすることも無い。俺は普段のツインテールを解いて部屋着のままベッドにダイブする。片手に握り締めた携帯には何の着信も無い。いっそこのまま寝てしまおうか。そう頭に過ぎったものの、万が一という可能性を捨てきれなくって、何度も寝返りをうちながらモヤモヤと過ごす。


どこかで、除夜の鐘が鳴り響いた。
その重く低く、けれど澄んだ音が聞こえたと同時に携帯にメールの受信画面が表示される。俺は思わず飛び起きて、ボタンを押すのももどかしい思いで受信ボックスを開く。


「・・・・・・っ、何だ。あけおめメールかよ」


脱力。思わず携帯をシーツの上に放り投げてしまう。届いたメールの送り主は浜野達やクラスメイトだった。何だ、とは随分失礼な言い方だと思うが、今1番待っていたメールじゃなかったんだ、俺にとってその価値は無いに等しい。虚しい。何だよこの年越し。


「あー・・・女々しすぎんだろ俺・・・」


ボフっとまたベッドに倒れこむ。もう無理。何にもやる気起きねぇ。メールの返信はまた後で返すとしよう。今は何もしたくない。神童に会えるまであと2日。どんな思いで過ごせばいいんだろう。毎年のことのはずなのに、俺って進歩無いよな。とにかく、神童に会いたい。会いたいよ神童。俺は瞼を閉じ、脳裏に神童の姿を思い浮かべた。


ヴーヴーヴー。
静かな部屋に、場違いな音が流れる。あれ、俺マナーモードにしてたっけ。・・・覚えてない。あけおめメールとか今はどうでも良いんだけど。それにしてもうるさい。かといって気だるい身体を起こす気にもなれず、俺は顔を枕に伏せたまま手探りで携帯を引き寄せる。パカ、と携帯を開くと着信中の画面だった。そしてそのディスプレイには『神童 拓人』の文字。俺は今度こそ飛び起きて、通話ボタンを押してから耳に当てる。


「も、もしもし!神童!?」

『・・・霧、野。ごめ・・・俺、約束・・・・・・』

「そんなの良いって。それにまだ年明けたばっかりだし。神童が電話くれただけで充分嬉しい」


やっと声が聞けた。電話越しでも甘く響く神童の声。俺は嬉しくって嬉しくって、携帯を握る手に力がこもる。多分俺、すっげーにやけてるんだろうな。


「それよりも神童、今電話かけててだいじょ・・・」

『霧野。・・・窓、開けてくれないか?』

「へ?」


何だろう。電波が良くないんだろうか。そういえばどこか神童の声も途切れ途切れに聞こえる気がする。俺は携帯を耳に当てたままベッドから降りて住宅街に面しているベランダの戸を開ける。カラカラ、と開けた途端に外の冷気が一気に押し寄せてくる。思わず寒さに身を震わせ、反射的に閉じてしまった目を薄く開いて下の通りに向けると・・・・・・


「神童っ!!?」

『ご、ごめん。こんな夜遅くに・・・』


携帯を通して聞こえてくる神童の声と、ポツンと立っている街灯の灯りにぼんやりと照らされた神童の声が重なって俺の鼓膜を震わす。俺は信じられない思いで、寒さなんて忘れてベランダの柵に飛びついた。あまりの衝撃で落としてしまった携帯に傷がついたかもしれない。けど今はもうどうでもいい。何で、夢?俺が神童のことばっかり考えていたから、とうとう夢と現実の区別がつかなくなったんだろうか。うわ、すげーな俺。


けれど所在無さげに立っている神童は俺の妄想でも夢でも無いらしく、もう一度はっきりと「霧野」と俺の名前を呼んだ。
その直接的な動作に俺の思考は現実に引き戻される。


やっと喉から出た言葉は、ひどくシンプルなものだった


「・・・・・・なんでいんの?」




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