甘い聖なる夜に(基緑)





静かな夜だ。がやがやと騒いでいる街を歩きながら、俺はそう思った。片手にケーキの入った箱、もう片方にはあいつが気に入っている安いワインをぶら下げて独りで新しい家に向かう。カードキーを差し込み、エレベーターに乗って最上階を押す。とん、壁に背中を預けてただ天井を預ける。ワインの入った袋を手首に掛けて携帯を取り出す。12月25日19時17分。待ち受けにはそう表示されてあり、メールの受信履歴を見る。一番上に表示されてある「基山ヒロト」を押して、一番上にある最後に受け取ったメールを見る。これで何度目だろうか、自分でもわからない。

『今日は帰れそうにないから久々にお日さま園に帰って皆と祝ってきな』

「…仕方ないよな。相手の我が儘を聞かなくちゃ、だもんな。」

ヒロトは社長、俺は秘書。今日はクリスマスパーティーだと言ってたが仕事の一部でもある。仕事上俺は常にヒロトの傍に居なくちゃいけないのに、お偉いさんの社長さんがヒロトだけでいいと言って、俺は帰ることになった。ヒロトが出口まで送ってくれて、このままリュウジと帰るなんて言い出した時は一発殴ろうかと思った。クリスマスパーティーとか言ってるが、これは相手側と上手くやりとり出来れば交渉が上手く弾む絶好のチャンスだ。そんなチャンスを逃してしまったら後先大変だ。無理矢理ヒロトを説得してさっさと帰り今に至る。

「仕方ないって言っても…」

寂しいものは寂しい。現にヒロトと過ごせるかもしれないと期待してワインとケーキを買ったのだから。帰る途中にヒロトから来たメールを見て、あの我が儘で有名なあの社長を恨んだのは内緒だ。ヒロトは今頃高級なワインやら食べ物を食べながら楽しんでいるだろう。それかヒロトはもう仕事として相手の機嫌とりを始めているか、どちらかだ。

「あら、秘書さんじゃない?」
「あ、こんばんは。」

エレベーターを降りて、目の前には同じ階に住んでいる弁護士のおば…奥さんだ。ここのマンションは弁護士や政治家、社長などが住むためところだ。セキュリティがしっかりしてるから芸能人も住んでいたりする。おめかしして、多分弁護士仲間とクリスマスパーティーをやるのだろう。前にそんな話を聞いた、気がした。

「…あら?社長さんは一緒じゃないの?」
「はい。社長はクリスマスパーティーに出席されてます。」
「大変ねぇ。確か大企業のところでしょ?あの我が儘社長、あなたのところの社長を狙ってたから。」
「…よくご存知ですね。」
「あの社長に関する相談を毎回私が担当しているからよ。全く困ったわ。」

おほほと高笑いするのに対してこっちは苦笑い。そんな情報を簡単に話すだなんて、信頼されているのか、はたまた口が軽いだけなのか。そんなことはどうでもよくて、こっちはさっさと家に帰りたい。相手も約束があるみたいし。

「それではこの辺で失礼します。」
「あら、ごめんなさいね。それでは。」

ぺこりと一礼して、さっさと部屋に向かう。鍵を挿してドアを開けば寒くて真っ暗な空間。より一層一人だと思わせるような雰囲気だ。靴を脱いでリビングの電気を点けてソファに沈む。一応ワインをテーブルに置いて、ケーキを取り出してフォークを用意する。テレビの電源もオンにしてなるべく静かな空気を消す。クリスマス特番がやっていて、なんだか気分が沈んでいく。

「……ばか。」

クリスマスは二人で過ごそうって約束したのに。そりゃあ社長だからそんなの無理だって思ってたけど、これはない。二人で、じゃなくて、一緒に過ごせないなんてどんな仕打ちだよ。段々苛々してきてワインのボトルを取ってグラスに注ぐ。そっと口づけるとふわりと甘い香りが広がる。そのまま一気に飲み干して、もう一度注ぐ。ケーキにもちょいちょい手を出して、口に広がる甘さに吐き気を覚える。
暫くして段々と意識が遠退いてきて、テレビの音が聞こえなくなる。こくりこくりと船を漕いで、ソファにそのまま寝転がる。体がだるいしやる気が起きない。このまま寝てしまおう。

「…お日さま園でゆっくりしてこなかったのかい?」

呆れたような声が聞こえたような気がしたが、気のせいだと思い込みそのまま瞼を閉じる。足音が近づいて、頬に冷たい感触。するりと撫でられて、気持ちいい。重い瞼を上げたら、赤い髪が見えた。あれ、パーティーは?まさか放棄したのか。

「…ひろ、とぉ?」
「ただいま、風邪ひいちゃうよ。」
「…べつにいい。」
「よくないよ。ほら、風呂に入ったらすっきりするから、ね。」

…ああ、ヒロトがいる。俺をひょい、と軽々と抱き上げると、ヒロトの匂いがする。その匂いが懐かしく感じてぎゅって抱き着いたら、くすくす笑われた。

「やけに甘えん坊だね。」
「ん、」

耳元で囁かれたあとに唇に柔らかい感触。ほんのりとお酒の匂いが漂って、くらりと目眩がする。うすらと目を開けると、ぼやけていた視界はいつの間にかはっきりしてて、酔いが醒めていた。足りない、そう伝える代わりに、深く、深く口づける。ヒロトもそれに答えてくれて、ちゅ、と舌を吸われて互いの間に銀色の糸が出来て、ぷつんと切れる。

「相手側の社長がすぐに酔い潰れてパーティーが中止になったんだ。」
「………?」
「だからさっさと帰ってきた。まさかリュウジがいるとは思わなかったけどね。」

そう笑って頬にキスをしてぎゅっと抱き締めてくれた。俺はやっとヒロトがここにいる意味を理解して、ヒロトの背中に腕をまわして体重をヒロトに預ける。

「…お帰りなさい。」
「ふふ、ただいま。」

時計を見たらまだ夜の8時で、まだまだクリスマスは終わってないみたいだ。こつん、と胸に額を押し付けると、ヒロトの鼓動がいつもより早くて、それが堪らなく嬉しくて、幸せな気持ちになった。


甘い聖なる夜に


ヒロトが買ってきたケーキとワインが自分が買ってきたものと一緒で、思わず笑ってしまった。





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青春林檎隊様から頂いてきたクリスマスフリー文の基緑です(*^▽^*)
一目見た瞬間に惚れました(笑)
社長ヒロトと秘書緑川は相変わらずラブラブしてて嬉しいです///
桜兎も可愛い基緑(に限らず好きCP全般)を書けるようになりたいです・・・!!


きいろさま、ありがとうございました!
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