シュガー*コートの誘惑
その日、街に出かけたのは偶然のはずだった。
いや、それだと少し語弊があるかな。とにかく、霧野がどうしても見に行きたいものがあると言ったから久しぶりの休日に俺たちはここにやってきた。
ところが、いつもと違う髪型をした霧野はさっきからずっと物陰に身を潜めて(しかも俺まで引っ張り込んで)正面の噴水広場、・・・つまりは待ち合わせスポットを見つめるだけだった。俺には何が何だか、霧野のお目当てがさっぱり分からない。
「なぁ霧野、もしかして他に誰か来るのか?ドッキリか?」
「シッ。来た来た、ほら、神童あそこ見て」
なんて、まるで宝物を見つけたかのようにキラキラと瞳を輝かせて言うものだから、俺は霧野が指を指す方向につい首を傾げてひょこっと覗いてしまう。そこに居たのは。
「・・・・・・剣城?」
「そー。私服だとまた雰囲気違うよな」
ニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべながら霧野が断言するんだから、やっぱりあそこに立っているのは剣城なんだろう。
いつもの個性的な学ランではなく、ちゃんとした服装なので一瞬自信が無かったが、あの不思議な(何故か豪炎寺さんを彷彿とさせる様な)髪型は今日も健在なので、と言うか俺が知っている限りアレは剣城しか該当しない。
それにしても、元から顔が整っていて大人びているせいか立っているだけなのにやたらと目立つ。
「・・・何と言うか、カッコいい?」
「だよなー。あれで逆ナンされないのが不思議だぜ。・・・・・・それにしても、まだ30分前なのにベタだよなぁアイツ。・・・でもまぁ、そろそろ来るか」
「?」
ケータイで時間を表示し、何かを確信した霧野がまたニヤリと微笑む。ところが横で棒立ち状態の俺には未だに訳がわからない。今日は剣城も一緒に出掛ける、と言う事では無いんだろうか?
分からないなら直接聞けば良いか、と言う至極当たり前の結論に達した俺は霧野に真意を尋ねようと口を開く。だけど、またしても霧野の声が俺の疑問を最後まで言わせてくれなかった。
「お、来た来た。予想通り、天馬はギリギリかー。まぁ、まだ待ち合わせの時間まで10分あるけど。・・・あ、今絶対 『ごめんね剣城、待った?』 『・・・待ってない』 『本当?それなら良かったーっ。でもやっぱり、待たせてごめんね』 『・・・たまたま早く着いただけだ。気にすんな』って会話が繰り広げられてるぜ」
「妙にリアルだな・・・。って、天馬?」
もう一度物陰から顔を覗かせて剣城が立っている場所を見ると、そこには霧野が言ったように天馬も立っていた。
同い年なのに剣城と幾分身長差がある天馬は剣城を見上げながらにこにこと笑みを浮かべて何かを話している。その額には少しだけ汗が浮かんでいて、天馬がこの場所まで一生懸命に走ってきたのが容易に窺える。
「さて、と。そろそろ向こうも動き出すかな?それじゃ、俺たちも行こうか」
「動く?行く? そう言えば霧野、今日はどこに行くのか俺まだ聞いてな・・・」
「あっ、でもその前に」
「わっ」
今日だけでもう何度目か分からないが霧野の発言に被されて俺はまた口を噤んでしまう。しかもそれだけではなく、手ぶらなのに一体何処に隠し持っていたのか、霧野がいきなり俺に帽子を被せてきた。
その突然の行動に俺はただ驚くことしか出来なくって、目の前の彼が満足気に目を細めて「可愛い」と言ってきてもやっぱりすぐには反応出来なかった。
「神童って本当何でも似合うよな。たまにで良いから髪も上げたらもっと可愛いのに」
「・・・か、可愛いなんて言われても嬉しくない。と言うか俺よりも、霧・・・じゃなくって、えっと・・・俺は、可愛くない・・・」
「可愛いよ、すごく。俺にとって神童はずっと昔から可愛い」
「・・・・・・っ」
嬉しくない、のは本当だけれど。女の子よりも可愛い(むしろ綺麗な)顔をした霧野が極上の笑みを浮かべて言うんだから声にこそ出さないもののときめかない訳が無い。それに、そんな霧野にここまで自信を持って言われたら完全には否定出来ない・・・のかもしれない。男なのに可愛いなんて認めたくないけれど、現にこうして霧野は存在しているのだ。少しばかりは認めざるを得ないと思う。
と言うか俺、もう少しで爆弾(自爆)発言をするところだったんじゃないのか。もし、あと一言でも余計なことを言っていたらと思うと・・・本当にゾッとする。霧野は俺には散々言うくせに、自分が言われるとなったら途端に復讐してくるから恐ろしい。本当に危機一髪だった。
そんな謎の疲労感と脱力感に耽っていると、いつの間にか剣城と天馬が歩き出してしまったらしい。かなり遠くに2人の背中が見える。
それを確認すると霧野が慌てた様子で俺の手首を掴んで走り出す。やがて2人を見失わない程度の距離にまで詰めるとペースを落とし、ゆっくりとした歩幅になる。
いくら何でも分かった。これはもう間違いない。
物陰にずっと潜んでいたのも、霧野の髪型がいつもと違うのも、顔を隠すみたいに俺に帽子を被せたのも、全部。
霧野が言っていた“どうしても見たいもの”はこれなんだ。
「・・・まさかとは思っていたが、2人を尾行しているのか?」
「正解。昨日神童を待っている時に2人が約束してんのを偶々聞いちゃってさ。これはもう絶対後を追うべきだと思って」
繋がれたままの手を何故か振り解けないまま、俺はまた回想に耽る。
霧野が言っている“俺を待っていた”は多分部活が終わってすぐに俺が監督に呼び出された時のことだろう。きっと俺が居ない間に天馬と剣城は霧野に気づかないまま、そんな会話をしたに違いない。そう言えば昨日ミーティングルームへ戻ってきた時、霧野はずいぶん楽しそうな表情をしていた気がする。そのすぐ後、いつもどおりの帰り道で今日の待ち合わせを決めたんだっけ・・・。
あの時は特に何とも思わなかったけど、今思えば霧野は約束をする前からすでにこの計画を練っていたんだろう。
「だからって、正直こう言うのは良くないと思うぞ。帰ろう」
「相変わらず神童は真面目だなぁ。これくらい大丈夫だって。それに、神童も気になるだろ?」
「う、・・・それは、まぁ・・・」
そう、確かに。
俺だって興味が無い訳ではない。普段はサッカーのことばかり考えている2人が休日にこうやって恋人らしく外出しているのだ。いわゆるデート。天馬と剣城が付き合っていることは前から知っていたが、2人がこんな風にサッカー抜きで過ごしているとこなんて見たことが無い。
「ほら、神童だってやっぱり。バレなかったら平気だって。あ、あそこに行くみたいだぜ?俺たちも行こう」
「・・・・・・ああ」
他人のプライベートを覗き見るなんて、罪悪感はものすごくあった。
でも人は所詮、好奇心と言う名の欲望の固まりなのだ。・・・つまるところ、俺は誘惑に勝てなかった。
霧野がまた、妖しげに目を細めて俺の手を引いた。