少しずつ廻る

「うわ、人多い…。テニスってやっぱり人気なんだねー」

「瑞樹さんの試合って何時から?」

「えーとね…あ、この次だ」


張り出されたトーナメント表を人混みを四苦八苦しながら掻き分けブンちゃんと見上げる。私たちがついたのは昼過ぎ、けっこう試合も進んでしまっていて次が準決勝だった。

こんな時間になってしまったのはブンちゃんが寝坊したからで、既に兄が負けていたらどうしようかと思ったのだが、この試合結果を見る限り以外と兄は強いみたいだ。

今まで試合というものに興味のなかった兄が始めて公式の試合に出るということで、両親はもちろんブンちゃんの両親まで観戦したいと言っていた。

だが、連休中ということもあり店は大盛況。そして丸井家は三男の航くんが産まれたばかりで子育てが大変なとき。それを分かっているのか、「え、来なくていいよ。そんなに大勢で来られると恥ずかしいから…」と目立ちたがり屋な兄にしては珍しく断っていた。

両親たちは残念がっていたけど店を急に休むことも出来ないので仕方が無い。

私としてはキャラとの遭遇フラグ回避のためにも行かなくて良いのはありがたいなと思っていたら「ねえ、瑞樹さん!俺らは行ってもいいだろぃ?」とブンちゃんがいらぬことを言い、兄もやはり誰かに見て欲しい気持ちはあったのかOKをだしたためになぜか私は強制参加となってしまった。

本当は、遊びたい盛りな次男の純くんも連れ出せたらブンちゃんママも楽なんだろうけど流石に小学4年生に3歳の子供は任せられないだろう。こんな人混みだったら尚更だ。

というか、思った以上にギャラリーが多い。小学生同士の試合の観戦客なんて家族くらいだろうと思っていたが、中にはスカウトマンらしき人もいる。

やはりこの世界ではテニスの注目度は高いらしい。


「お、葵、ブン太!良かった、2人でもちゃんと来れたな!」


遅かったから心配したぞと私たちの頭をわしゃわしゃと撫で回す兄。….髪ボッサボッサなんですけど。


「瑞樹さん、準決勝まで行くなんてすげえ!」

「俺も驚いてんだ、ここまで来たら狙うは優勝だな!」

「頑張ってね、兄さん。写真、いっぱい撮るから!」


実は、今回来れなかった両親がせめて写真で息子の活躍を、と私にカメラを首にかけて持たせたのだ。

子供にデジカメ持たせるって…、引ったくりからしたらいいカモじゃない?あれ、心配なの私だけ?おかげで首が凝るわ引ったくりにあわないか冷や冷やするわで大変だった。

ここまでして持って来たのだから、兄の活躍をしっかり収めてやろうと結構燃えている。


「…と、そろそろ控えだから行くな。ちゃんと見とけよ!」


そう言って立ち去った兄の姿を見てかっけぇ…と呟くブンちゃん。引っ越してきた当初、あんなに兄に弄られては泣いていたのに今ではすっかり本物の兄弟のようになっているのだから人間って不思議なものだ。


「葵、あそこ空いてるぜ!」

「わ、ほんとだ。良い場所空いてて良かったね」


運良く見やすい位置に陣取ることができた私達。

ようやく一息つくことができた。朝からバタバタだったもんな…。

それから数分後、兄とその対戦相手がコートに出てきた。そういえば、兄がテニスしているのを見るのは初めてだ。

キャラみたいな異次元テニスだったらどうしよう…。

相手は兄と同じ小学6年生で、まだ成長期が来ていない兄に比べるとずっと体格が良かった。


「うへぇ、まじかよ。あんなんに勝てんのか?」


確かに。

バスケやサッカーほど体格差は重要にはならないと思うけど、やはり筋力とか手足の長さで有利なのは変わりないだろう。

そんなドキドキの中、試合が始まった。

ーだが、


「うわぁ、瑞樹さんすげえ…」


蓋を開けてみれば、兄の圧勝だった。もちろんパーフェクトゲームって訳ではないけれど。

試合中、苦い顔をしている相手とは対照的に、兄は真剣ながらも楽しそうな表情だった。きっとテニスが大好きなんだろう。

今まで、兄がテニスをしているところなんて見たことないし、家ではお笑い担当な感じだからここまで真面目な兄を見たことがない。


「…すごい」


これを見れば、「葵ちゃんのお兄さんてイケメンだよね!」と言っていた友人にもまあ、頷ける。

あ、いけない。

あんなに息巻いといたくせに、まだ写真撮ってないや。急いで兄を撮りだしたけどすぐに試合が終了してしまった。

…まあ、小学4年生と言うことで大目に見てもらおう。まだ決勝もあるし。

最後に、勝ったぞー!とこちらにVサインする兄の姿をおさめる。

うん。良い笑顔だ。親も満足するだろう。

そう思って再びカメラを首に下げると、ブンちゃんにクイクイと裾を引っ張られた。


「喉乾いた。ジュース買いに行こうぜ」

「ちゃんと水筒持って来たじゃん」

「もうなくなった」


ほら、と自分の水筒を振って見せる。確かにカンカンと氷の音しかしない。


「じゃあ、私のあげるよ。はい」


あまりお金を使うのも勿体無いので差し出したのだが、なかなか受け取ってくれない。どうかしたのかな?あ、もしかして。


「間接キスでも気にしてる?」

「ば、お前、何言ってんだよ!」


私がそう言った瞬間顔を真っ赤に染めるブンちゃん。何を今更…とも思ったが、そうか、もうそんなお年頃か。


「ごめんごめん。分かったよ、買いに行こう」


よいしょ、とブンちゃんの手を引いて自販機を探して歩き出す。

あれ、手を繋ぐのもやめた方が良いのかな…まあ、何も言わないからこのままで良いか。


「それにしても、瑞樹さんカッコ良かったよなぁ」

「そうだね。あんなに上手いなんてびっくりしちゃった。やっぱりテニスってかっこいいね」


あ、自販機みっけ。立ち止まり、親から預かった小銭入れを取り出し小銭をブンちゃんに渡す。

どうでもいいけど、なんでこの自販機、蓋つきが大きいのしかないのだろう…


「よしっ、俺決めた!」

「ブンちゃんどうせポンタでしょ。でも今日はやめときなよスポドリが良いよ」


いきなり大声で言われたので冷静につっこむと、いやそうじゃなくて!と怒られた。一体なんだと言うのか….


「俺、テニスやる!」

「え」


良い笑顔で発せられたその言葉は、もちろん彼が"丸井ブン太"なら必ずいつかは言われるだろうと思っていたことだ。

でもまさか、今日このタイミングで言われるとは思ってもいなかった。


「俺頑張るからさ。俺が試合に出るときちゃんと葵も応援に来いよな!」


その言葉に素直にうんと頷けなかったのは、やっぱりここは元の世界ではないのだと実感させられたからなのか。

原作にはあまり関わらない方が良いのは分かっている。私という存在がいる時点でもう原作では無いのだろうけど、関わらないに越したことはないだろう。

それでも今は、


「うん、ブンちゃんならすごい選手になれるよ」


大切な幼馴染を応援したいと思うくらい許されるでしょう?


ーーそのあと試合会場へ戻ると兄は試合開始に間に合わなかったとのことで不戦敗となり2位という結果になっていた。その理由が迷子になっていた子供と両親を探していたからというのが兄さんらしいというかなんというか……。

本人はその優勝した人と連絡先を交換したと喜んでいたから結果オーライかもしれない。
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