ゲストの人の怪談話を聞き終って、みんながザワつく中、私は一人ため息をつく。
っていうか、話というか、話し方が本格的過ぎる。
流石はプロの語り部さんだ……こわかった……。

「こ、こわかったね、瀬田さん」
「うん……」

話しかけてきた望月さんに、頷いて返す。
不安だなあ、と零した望月さんはヒザを抱えてため息をついた。

そのうち、文化活動委員の人たちがクラスごとにクジを配り始める。
私のところに回ってきたそれに、少し緊張しながら箱の中に手を伸ばして一枚とる。

とにかく、ペアになった子の迷惑にならない程度にはがんばろう。
そう思いながら、クジの結果が発表されるのを待った――



ん、だけど。

「……」
「……」
「えーと……。す、すごい、偶然だね」
「だ、だね……」

私のクジの番号が読み上げられて、言われた列に並んだ。
そうして隣に来る子を待っていたらやって来たのはまさかの鳳君で、あまりの偶然、というかクジ運に二人して思わずぎこちなくなる。

(……でも、よかった。鳳君、大丈夫そうだ)

この間みたいに、なんだか具合が悪そうとか、そんな感じはしない。
それに少し安心しながら、みんなと一緒にきもだめしの会場まで移動する。

着いた場所で、先生から改めて説明を受ける。
渡された懐中電灯を手に道の上に立つと、自然と緊張してまたこわくなってきた。
胸が、ドキドキする。どうしよう、帰りたいな。

「……瀬田さん、平気?」
「う、うーん……」

私がこわがっているのを心配して、鳳君がそうたずねてくれる。
ダメそうだったらリタイアしてもいいよ、と鳳君は言ってくれるけれど、なんだかそれは鳳君にも悪い気がした。

あ、いや。うーん、どうなんだろう。
こわがり過ぎて迷惑かけるほうがやっぱり悪いかな。

(……でも)

ちょっとだけ。
本当に、ほんのちょっとだけ。

「鳳君が一緒なら、ちょっとだけ、平気」

だからちょっとだけ、勇気を出してがんばってみたい。
一緒に暗闇の先にあるゴールを目指してみたいって、そう思えた。

私がそう言うと、一瞬おどろいた顔をした鳳君は、次の瞬間にはほほえんでくれる。

「わかった。それじゃ、一緒にがんばろう」
「……うん、よろしくお願いします」

そう言って私もほほえんでを返すと、少し間があってから鳳君がおずおずと口を開いた。

「えっと……手、つないでいいかな」
「手?」
「うん。暗いから、何かの拍子にはぐれちゃっても困るし」

鳳君が差し出した手と、鳳君の顔へ交互に視線を向かわせる。
男の子に「手をつなごう」って、そう言われるとなんだか照れてしまう。

い、いやでも、確かにこんな暗い中で万が一はぐれちゃったら困るし。
あと私、たぶん手でも引いてもらわないと歩けそうにないし……。

(お、鳳君に迷惑かけるわけにはいかないもんね。好意はありがたくうけとろう……)

ちょっと恥ずかしいけれど、背に腹は代えられないと結局そう決めた。

「そ、それじゃあ……」

鳳君の手に、そっと触れて優しくにぎる。
鳳君はその手が離れないように、しっかりとにぎり返してくれた。

瞬間、胸がドキッとする。
そんな私には気づくことなく「じゃ、行こうか」と鳳君は歩き出して、私もそれに続いた。

……周りが暗くて良かった。
顔が熱いけれど、暗いおかげできっと鳳君は気付かない。



大きな懐中電灯を一つ持って、真っ直ぐな一本道を歩く。
道は舗装されてこそいないけど、暗い中歩いても危なくないくらいにはならされていた。

ただ両側には茂みがあって、その奥にはずっと深くまで森が続いているし、上も背の高い木の葉が重なり合っていて空はあまりよく見えない。
光は鳳君が持っている懐中電灯くらいで、『きもだめし』っていう前提もあってすごく薄気味悪く感じる。

『きもだめし』っていうから、てっきり脅かし役がいるのかと思ったけれど、歩き始めて大分経っても何か出てくることはなかった。
でも、油断は出来ないのがきもだめしだ。
いつどこから、なにが出るかわからない。そう思いながら、私はびくびくして周囲にちらちら視線を向かわせていた。

「瀬田さん」

不意に、鳳君が私の声をかける。
立ち止まった鳳君は私に優しい視線を向けると、私の手をにぎる手に少し力を込めた。

「大丈夫だよ。何かあった時は、俺が絶対に守るから」

そう言って、鳳君はほほえんでくれる。
そのほほえみと鳳君の手から伝わるあったかさに、私はほんの少しだけ安心して「うん」と頷いた。

(鳳君の手、熱い)

……違うな。きっと、私の手が熱いんだ。

つないだ手から、熱が伝わって体が熱くなる。
私を守ろうとしてくれる、鳳君の気持ちが伝わってくる。

(あ、どうしよう。手汗とか、ひどいかも。鳳君、嫌じゃないかな。気持ち悪くないかな)

急にいろいろ、別の事が不安になってくる。
でもほんの少しだけ私の前を歩く鳳君は、何も言わずに時々私に視線をくれてほほえみかけてくれた。

胸が、ドキドキする。
きもだめしがこわいからなのはもちろんだけど、きっと、違うものもこのドキドキには混ざってる。

だって、なんだか嫌じゃないから。


***


『鳳君が一緒なら、ちょっとだけ、平気』

そう言って瀬田さんは、がんばって笑って見せた。
無理してることは聞かなくても分かったけれど、でも、がんばろうとしてる気持ちもよく分かった。

それに、俺が一緒なら、なんてそんなことを言われて舞い上がっている自分もいる。
だってもう、俺は自分の気持ちに気付いてしまったから。

「!」

なんて思っていると、不意に瀬田さんがビクッとして、俺の手を強くにぎった。
おどろいて立ち止まり振り返れば、不安そうな表情をさらに不安に固めた瀬田さんがこわごわと口を開く。

「い、いま、なんか悲鳴……」
「えっ。ご、ごめん、俺には何も……」
「そ、そう?なら、いいんだけど……」

一応耳を澄ましてはみるけれど、瀬田さんの言う悲鳴らしきものは聞こえないし人の気配もしない。
もしかしたら怯える瀬田さんが聞いた幻かもしれないのだけれど、それでも瀬田さんは不安が増したらしくて、表情がかなり沈んでいた。
手をにぎる力も、さっきより強くなっている。相当、無理してるんだろう。

「瀬田さん、大丈夫?もうやめとこうか?」

そうたずねると、ううん、と瀬田さんはそこだけは頑なに首を振った。

「こ、こわい、けど……。でも……お、鳳君と、がんばりたいの。鳳君となら、がんばれるって思うから……。一緒に、ゴールを目指してみたいの……」

だからお願い、もう少しがんばらせて。
そう言って瀬田さんは、真剣な表情で俺を見て両手で俺の手をにぎる。

(そんな風に言われたら、俺だって後には引けないじゃないか)

思いつめた表情を見るにつけても、あまり無理はしない方がいいんじゃないかと思うんだけれど。
でもこんな風に必死にお願いされたら、じゃあ一緒にがんばろうって、そうとしか思えなくなる。
それが好きな子なら、なおさらだ。

瀬田さんの真っ直ぐな視線に、胸がドキドキする。
ドキドキするたび、好きになっていく気がする。

「わかったよ、瀬田さん。一緒に、ゴールしよう」
「……!う、うん!ありがとう、鳳君」

そう言って瀬田さんが、ようやく嬉しそうに笑った。
……懐中電灯くらいしか光がなくって、つくづく良かったと顔が熱くなるのを感じながら思った。


相変わらず瀬田さんはビクビクしていたけれど、話したらちょっとだけ気持ちが落ち着いたらしく、手をにぎる力は最初のころくらいに戻った。
このままなら大丈夫そうだな、と少しだけ後ろを歩く瀬田さんを肩ごしに見やりながら思っていると、不意に瀬田さんが「あっ」と声をあげる。

「鳳君、あそこ」

指さす先を見れば、鳥居と建物が見えた。
鳥居の端をくぐって、小さな古びた本殿に近づき懐中電灯で照らして見てみると、氷帝の校章が屋根についている。
これがきもだめしの説明にあった神社でまちがいなさそうだ。

「でも、おみくじ無いね……」

辺りを見回して、瀬田さんが言う。
確かに、「おみくじを引いてくるように」と言われたけれど、見る限り本殿には何も置いてないし、他は手水と賽銭箱くらいしかない。

「とりあえず、お参りしようか?無かったら無かったで、先生に説明しよう」
「うん、そうだね……」

事前に教えられたとおり、手水で手と口をすすいでから本殿の前に立つ。
瀬田さんと並んで、二回おじぎして拍手を二つ。
それから、願いごと。

(……瀬田さんに、こわいことが起こりませんように)

そっと願って、ちらりと瀬田さんの方を見る。
何かを必死に祈っていた瀬田さんは、願い終わったのか最後に一つおじぎをする。
それを見て俺も、合わせておじぎをした。

目を開けた瀬田さんは、ふう、と息をつくと俺の方に顔を向ける。

「鳳君、なんてお願いした?」
「それは内緒。言ったら、叶わないって言うし。瀬田さんは、きもだめしがもうこわくありませんように、とか?」
「うっ……」

あからさまに口ごもる瀬田さんが、なんだかおかしくて思わず笑ってしまった。
瀬田さんは恥ずかしそうに眉をさげて、もうっ、と抗議の声をあげる。

「わ、笑わないでよぉ……!」
「あはは、ごめんごめん。でも俺も――」

続けた言葉は、最後まで音にならないうちに消えていく。

――本殿の扉が、微かな音を立てて開いた。
深い闇の中、ぼうっとロウソクの灯りが灯って本殿の中をうすぼんやりと照らしだす。

「……!」

浮かび上がったのは、白い着物を着た人の姿。
正面で正座しているその人は背中をまげてうつむいていて、顔は長い黒髪にかくれて見えない。

見るからに、幽霊。
それを前にして俺は声も出せず、ぴくりとも動けなかった。
ただそうしておどろいていると、不意に幽霊がゆらりと体を揺らしてその後ろから何かを取り出した。

円筒状の木筒。
それを自分の前に差し出して置くと、幽霊はまた元の位置に戻って動きを止める。
その仕草は、なんだか俺達が動くのを待っているようにみえた。
なんだ、と気になってよく目を凝らしてみると木筒には『御神籤』と書かれている。

「……あっ」

それを見て、ようやくわかった。
幽霊じゃない。生きている、人間だ。

「瀬田さ――」

大丈夫だよ、と言おうとして瀬田さんの方を見たら、わかりやすく固まっていて。
たぶん明るい所で見たら、顔面蒼白になっているだろう。
恐怖で顔をいっぱいにして幽霊に釘付けになっている瀬田さんに、改めて呼びかける。

「瀬田さん」
「きゃっ!」
「わっ!」

呼びかけながら手を肩に置いて――瞬間、恐怖でどうしようもない人間に、それは軽率だったと後悔した。
おどろいて悲鳴をあげた瀬田さんは、後ろによろけて転びそうになる。
咄嗟に腕をつかんでなんとか尻もちをつくのは避けられたけど、両腕から瀬田さんの体に全然力が入っていないのが分かった。

「瀬田さん、ごめん!あっ、えっと、それで、あの、あれはたぶん、先生とかだから」
「……せ、先生?」
「うん、そう。先生。か、どうかは分からないけど……氷帝の関係者だと思うよ。ほら、襲ってきたりしないし、おみくじ、出してくれたし」
「お、おみ、くじ……」

慌てて説明してはみたものの、瀬田さんはほとんどそれどころじゃないようで、俺の言葉の一部を繰り返すだけだった。
ぺたんと力なく座り込んだ瀬田さんは、放心状態で地面を見つめている。
ちょっと不安だったけど、こうしているよりはいいだろうと「少し待ってて」と声をかけて俺は本殿に近寄った。
恐る恐る近づいてからおみくじの筒を奪い取るように腕に抱えて、瀬田さんのところに戻る。

「ほら、瀬田さん。おみくじ。一本引いて」
「……」

瀬田さんの手におみくじの筒を抱えさせる。
ゆっくりとした動作でそれを振ると、細い棒が下に落ちた。
瀬田さんから端に番号が書かれているその棒と筒を受け取ると、俺も筒を振って自分の分の棒を出す。

筒と棒を幽霊役の人の前に置くと、幽霊役の人は代わりに白い紙を差し出した。
本殿の扉が閉まって、辺りはまた元の暗いだけの神社に戻る。

俺は棒と同じ番号が端に書かれたその紙を、片方は自分のポケットに入れて瀬田さんにかけよった。

「……瀬田さん、これ」
「……」

瀬田さんの手に、瀬田さんのおみくじをにぎらせた。
それでも瀬田さんはまだぼうっとしていたけれど、でも不意に、その顔がくしゃりとゆがんだ。

次の瞬間、光るものが落ちる。
それは後から後から落ちてきて、瀬田さんのジャージのズボンに染みを作っていく。

「……瀬田さん、もう大丈夫だよ。こわかったね」
「…うっ……ッ……!」

時々しゃくりあげながら、顔を覆って瀬田さんは小さく肩を震わせて泣いた。
そんな瀬田さんをそっと抱きしめると、俺はよしよしとあやすように瀬田さんの頭をなでたり、背中をぽんぽんと叩いたりする。

泣いている女の子を前に、どうすればいいのか分からない。
小さな子供にするようなことしかできない自分が、少しなさけない。
『絶対に守る』って言ったのに、そうできなかった自分が殴りたいほどなさけなくなる。

「ごめん、瀬田さん。守ってあげられなくて」
「……」

俺の言葉に泣きながら無言で、それでも瀬田さんは小さく首を振った。



暫くすると落ち着いてきたのか、それまで俯いていた瀬田さんがゆっくりと顔を上げた。

「……ごめんね、鳳君。泣いたりして」
「そんなの、全然気にする事じゃないよ!……それより、ほんとにごめんね」
「それこそ、気にする事じゃないよ。あんな出方されたら、どうしようもないもん……」

そう言って瀬田さんは、ぎこちなく苦笑を浮かべる。
まあそう言われればそうなんだけれど、それでも俺の気持ちは複雑だ。

「それより、そろそろ行こう。次の子達も、来ちゃうだろうし……」

俺を元気づけるためか、少しだけ明るい声を出して笑ってみせながら瀬田さんは言う。
思う所はあるけれど、今は素直に瀬田さんの好意に甘えることにした。
それに確かに、あまりここに長くいても後がつかえてしまう。

だから「そうだね」と言って、立ち上がったのだけれど。

「……」
「……瀬田さん、もしかして」

先に立ち上がって瀬田さんに手を貸したものの、引っ張っても瀬田さんの腰はあがらない。
一方の瀬田さんは、つかむ俺の手に力を込めながらも戸惑った表情を浮かべていた。



「ごめんね、鳳君。私、なさけなくて……。っていうか、平気?その……重くない?」
「軽いから安心して。こう見えて俺だって、結構力あるし。それより、しっかりつかまっててね。あと懐中電灯、頼んだよ」
「……うん」

申し訳なさそうに頷くと、瀬田さんは俺に片腕でしっかりとつかまる。
俺も瀬田さんの足に腕を回して、しっかりと背負う。

結局、腰が抜けてどうにも立てそうにないということで俺は瀬田さんをせおっていくことにした。
瀬田さんに懐中電灯を照らしてもらいながら、ゴールに続く一本道を歩く。

(心臓の音、瀬田さんに聞こえてないかな)

道を歩きながらふと思う。
さっきから、胸がずっとドキドキしていた。
純粋に、このままじっとしているわけにもいかないからと思って背負ったけれど、よく考えたらこれはかなりの密着だ。

嬉しいことは嬉しいけれど、心臓に悪いのも確かで。
ただ道を進みながらひたすら、この大きな音が瀬田さんに聞こえてしまわないものかとハラハラした。

「あ、あの、鳳君」
「う、うん!?」

急に瀬田さんが話しかけてきたものだから、おどろいて声が上ずってしまった。
「ごめん、おどろかせて」と慌てて謝る瀬田さんに、「あ、いや、考え事してたから」と取り繕う。

「それで、どうしたの?」
「あ、えっと……。今日は、ありがとう」

囁くような声で、瀬田さんはそう言った。
視界の端で、瀬田さんの手が懐中電灯をぎゅっとにぎる。

「すごくこわかったけど、鳳君がいてくれてよかった。……迷惑もいっぱいかけちゃったけど、私、今日のパートナーが鳳君でよかったって、そう思ってるの。だって今はもう、全然こわくないから」

鳳君のおかげ、と瀬田さんの声がほほえむ。

「……俺なんかで、良かったら」
「うん?」
「俺なんかでよかったら、こわくなったとき、いつでも呼んで。俺、がんばって瀬田さんのこと守るから」
「……うん」

ありがとう、ともう一度告げられた感謝の言葉が、俺の心にやさしくふわりと落ちてくる。

胸が、ドキドキする。
だけど出来るなら、もっとこのドキドキを感じていたい。

瀬田さんの近くで、もっと。




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