「髪、大分伸びたね」 切らないの、と弓親に言われる間にも前髪が目にかかってきたのを耳へとかける。 何回目かわからないそれを見かねて弓親がヘアピンをくれたので、有難く借りて鬱陶しい前髪を留めた。 「いい加減、切ろうかなあ」 「また伸ばしてもいいと思うよ。やっぱり女の子なんだし」 「んー、でも短い髪の楽さを思うとね……」 「女の子が美しさに関して横着しないの」 眉根を寄せて、弓親が窘める。 と、そこへ一角が書類の束を持って入ってきた。 それを見て、ちょうどいいところに、とばかりに弓親が顔を輝かせる。 「一角は、短いのと長いのどっちがいい?」 「あ?」 唐突に聞かれて、要領を得ずに一角が顔を顰める。 「私の髪の話。切ろうかどうしようかって」 「んなもん、どっちでもてめえの好きにすりゃいいだろうが」 「まったく、そう言うと思ったよ」 一角の返答に、弓親がそう言ってわざとらしく溜息をついた。 かたや、途端に顔を顰めてあからさまに苛立った様子を見せる一角。 そんな二人を、まあまあ、となだめる。 「私自身、別にどっちでもいいしさ弓親」 「だーめ!いいかい、一角。こういうのはちゃんと答えないとダメなんだよ!」 なんか始まった、と思いながら遠目に見ていると「ユキちゃんも、ちゃんと聞きな」とぴしゃりと言われて、はいはいと居住まいを正す。 それを確認すると面倒くさそうな一角を咎めるのはさておいて、弓親は続けた。 「女の子っていうのはね、いつも好きな男からの『好き』を求めてるものなんだ。付き合い始めの頃は特にね!服だって髪型だってなんだって、常に『彼ならどういうのが好みかな』っていうのを考えながら毎日支度してるんだよ!」 「そうなのか?」 「……いや、正直一角からのそういうの、そんな気にしてないっていうか……。朽木隊長なら考えるけど……」 「だよな」 「君たち頼むから、もうちょっとカップルの自覚持って……」 拳を握った力説から一転。 うなだれながら、弓親が弱く抗議の声を上げる。 そんなこと言われても、と私と一角が顔を合わせていると、弓親は大きなため息をついた。 そしてそのまま力なく立ち上がると、疲れたからちょっと休んでくる、とふらふらと執務室を出て行った。 弓親が去って静かになると、一角が本来の用事とばかりに書類の束を手に私の方へ歩み寄る。 「さっきの、アレだけどよ」 机の上に書類を乗せた一角が、ふと言葉を落とす。 顔を上げると、わりと真剣な顔をした一角と目があって思わず固くなる。 「さっきの、髪の話な。俺、お前が髪上げてるの割と好きだわ。こう、うなじが見えるやつ」 「……」 なんだそれ。 なに真面目に考えてんの。なにそれ。 「へ……変態くさっ」 「うるせえよ」 「ちょっと、髪ぐしゃぐしゃになる!」 乱暴な手つきで、髪をぐしゃぐしゃとかき回される。 ひとしきりそうした手は乱した髪を整えることもなく、足音と共に離れていく。 「早く終わらせろよ。飯行くぞ、飯」 「奢り!」 乱された髪を整えながらそう叫べば、「一時間で終わったらな!」と一角は執務室を後にする。 一時間。 この量なら余裕だ。 一角が渡してきた書類を片手でめくりながら、もう片方の手で後ろ髪を整える。 『俺、お前が髪上げてるの割と好きだわ。こう、うなじが見えるやつ』 思わず、手が止まる。 なにを馬鹿正直に実践してくれてるんだ、あのつるつるハゲは。 (こっちはあんたの『好き』に慣れてないんだってば……!!!) 耳の熱がくやしい。 パン、と両頬を叩いて気合を入れる。 絶対、なにか高いもの奢らせてやるんだから。 |