「っつーかさ、お前一年と付き合ってるってマジなわけ?」

そう聞かれたのは、全国大会が終了した祝勝会の時だった。
丸井からの問いかけに仁王はちらりと目をやると、おー、と鈍い肯定を返す。
丸井はそんな仁王の顔をじっと見つめると、うーん、と唸りながらも、そこに何かしらいつもと違った感覚を認めると、信じらんねー、と手にしたピザに齧り付いた。

疑問を持っていたのは、何も丸井だけではなかった。
コートから出て部員達から少し抜けた仁王にかけつけた一人の女生徒。
目の前で頬を染めて、おめでとうございます、と告げる彼女を人目もはばからずそっと抱き寄せて、耳元に唇を寄せて何かしら囁いている仁王を見たとき揃って顔を見合わせた。(真田だけは、けしからん、と眉根に皺を寄せていた)

祝勝会にだって、仁王は遅れてきた。
一緒に店に流れ込むかと思えば、先述の女生徒といつの間にか何処かへ消えていて、予約を入れていた店に後から入ってきた仁王に丸井と赤也が文句を言えば「今日までずっとテニスじゃったきに、ちょっとくらい彼女優先でも構わんじゃろ」と返して席についた。

噂は、夏休みに入って少しした時からあった。
『仁王が一年の女子とつきあい始めた』という話は夏休みにもかかわらず、部活動や勉強で学校を訪れる生徒達を伝ってまことしやかに校内を駆け巡り、そしてほとんどの生徒の耳に入っていた。

中には尾ひれがついて回るものも勿論あったが、それでも一つだけ揺るがないのは、『どうにも仁王がベタ惚れらしい』という部分。
軽薄な印象がありながらも今まで特定の相手を作らずに、告白と言う告白をすべて断ってきた仁王だけに、その噂は衝撃をもってして特に女子の間で瞬く間に広がった。

仁王のことをよく知っているテニス部の面々は、最初は噂を聞いても信じられなかった。
それでも、今日は違う。
丸井の問いかけに普段とは違ったテンションで返し、携帯画面に口元を緩める仁王に、皆確信を得ていた。『これはベタ惚れだ』と。

とは言え、それをからかう気に特にならないのは相手が仁王だからで、代わりにその矛先はさっきから妙にそわそわしてたまに携帯の様子を伺う赤也に向けられた。

「そう言えば、遊園地は明日だったな?」
「あ、はい!……?…あ、じゃ、え、なんで柳先輩、知ってんスか!?」

思わず頷いて、暫しの後赤也は驚いてそう声をあげた。
柳がサラッと、本人に聞いた、と言って自身の携帯を掲げて見せれば赤也は気まずそうに顔を顰める。

「ついてくる、とかやめてくださいよ……?」
「しないさ。しなくても、それとなく聞けばあっちから勝手に報告してくれるからな」
「!」
「あっはは、それわかる!絶対言うぜ、藤沢」

だって赤也レンアイタイショウじゃねーもん、と丸井が声をあげて笑えばムッとした表情を浮かべた赤也は、これからっスよこれから!と声を荒げた。
それはどうかなと微笑んだのは柳で、俺のデータによれば、と口を開く。

「藤沢がお前を弟と思っている確率、99%だ」
「まだ1%あるじゃないっスか!」
「ちなみに残りの1%は、ただの後輩と思っている確率だ」

追い打ちをかける柳の言葉に赤也は絶句して、椅子から僅かに浮かせていた腰を下ろして肩を落とした。
そんな彼を見て幸村はくすくすと笑い、あんまり虐めてあげるなよ柳、と声をかける。

「藤沢は誰にでも優しいからね。でもまあ、そこにつけこめば望みが無い事もないと思うけどな」
「そういうアドバイスはどうかと……」

にこにことアドバイスをする幸村に、柳生がやや呆れたようにそう言った。

***

それじゃあ、と適当な所で別れて、帰っていく赤也の背を仁王は見送った。
心なしか何処かうきうきとした様子の赤也の頭の中は、恐らく明日の朝美とのデート(というと若干語弊があるが)でいっぱいなのだろう。

――釈然としなかった。
それは次の日の朝を迎えても同じで、それでも仁王は時間に間に合うように支度をすると家を出る。

今日は、これまでずっと自分優先にしてもらっていたお詫びに、と自分から言い出して取り付けたデートの日だった。
わざわざ赤也が行くのと同じ遊園地を選んだ自分が何をしたいのかは解っている。


今日自分の隣に並ぶ彼女の事は、正直気に入っては居た。
可愛いし、媚びないし、まだ何処か初々しさの残る彼女は一緒にいてもいいと思えたし、もし朝美という存在を知らないでいたら、きっと一番になっていただろうと思った。

それでも、どれだけ手を繋いでも、抱きしめても、唇を重ねても、いつだって思い浮かぶのは『これが朝美だったら』というくだらない妄想。
彼女の表情に朝美をだぶらせて、そのまま胸に閉じこめる。

朝美に良心がある(と仁王は思っている)ように、仁王にだってなけなしとはいえそれが存在する。
今時珍しく純粋で素直な彼女に、良心が痛まないわけではなかった。
それでも手放そうと思わないのは、自身の子供じみた意地の悪い部分のせいに違いなかった。

待ち合わせ場所に行けば、彼女はすでに待っていた。
待ったかの、と声をかければ顔を向けて、今来た所です、とよくある台詞を口にして微笑む彼女に、また朝美の顔がだぶる。
しかしながらそう思っている事は顔に出さずに彼女を上から下まで一瞥すると、可愛いの、と褒める。
恥ずかしそうにはにかんで、ありがとうございます、という彼女は愛らしいと思えた。

彼女は、学校にいる時の朝美と似ていると仁王は思った。
顔が、では無い。
仕草や表情の出し方がよく似ていて、しかしそれはあくまでも『似ている』の範囲内。
そしてどちらかと言えば、『似ている』のは朝美の方と言えた。
朝美と違って、彼女の笑顔はいつだって本物だ。

「そいじゃ、行くか」

ほい、と仁王は手を差し出す。
ためらう彼女の顔を覗き込むようにして微笑みかけると、手の繋ぎ方も忘れたんか、と差しだそうかどうか戸惑っている右手をそっと掴んだ。
行くぜよ、と声をかければ、ややあってから「はい」と彼女は頷き仁王の手を握り返す。

バスに揺られて20分ほど行けば、目的地の目の前に到着する。
ふと気になって周囲を見回してみたが、そこに赤也や朝美らしき人物は見当たらない。
すでに買っておいてあったチケットを彼女に手渡して、行くか、と入場ゲートをくぐった。


それは、絵に描いたようなデートだった。

メリーゴーランドに乗って、コーヒーカップを二人で回して、ベンチに座ってアイスを食べて、激流下りで浴びせられる水を避けるのに肌を合わせ、ジェットコースターで足が僅かに覚束無くなる彼女の手を引いて階段を少しずつ下りる。




楽しさに、偽りは無かった。
しかしそれを、『正式には“無かったはずだった”』と思うのは、瞬きの度に瞼の裏にちらついていた影のせいか、それとも、視界にはっきりと認めてしまったその存在のせいか――

「ゲッ、仁王先輩」

視線のあった赤也が、声をあげる。
その隣には朝美の姿があって、女の子らしい清楚な余所行きに身を包んだ彼女の白い手が赤也と繋がっているのを見て、仁王は僅かに眉を顰める。

「ゲッ、とは何じゃ、ゲッ、とは」

笑みを改めて浮かべると、仁王はからかいの意を込めてそう言った。
赤也は返答にたじろいで、そして仁王の背後に少女の姿を見ると、これだ、とばかりに微かに目を見張る。

「デート、っすか」
「それ以外に何があるんか聞きたいの。そんで、そっちこそデートか?」
「えっ!?いや、あの、」
「切原君が真田君の言った点数越えたから、そのご褒美。ほら、前に部室で言ってたでしょう?」

再びたじろぐ赤也に、朝美が助け船の如き声を放った。
にっこりと笑ってみせる朝美に仁王は、ほう、と唸って、そんじゃ、と指を差したのは繋いでいる手。

「ただのゴホウビで、手繋いで遊園地かの?」
「えっ。遊園地来たら普通、手繋がない?ほら、家族で来た時とか、お父さんとお母さんに両方から繋いで貰ったり、みたいな」

仁王の問いかけをアッサリとそう交わすと、ねえ?と同意を求めた朝美に、赤也は「そ、そうっすよね!」と明らかにその様子はおかしい。
恐らくはこの状況になりたかったのは本当だとしても、赤也から手を繋いだわけではないのだろう。
「それに、手繋いだ方がはぐれなくていいし」と人混みにちらりと目をやって苦笑する朝美に、成る程、と仁王は頷いて見せる。

「そんじゃ、ワシらもはぐれんようにしっかり繋いでおくかの。そいじゃあの、お二人さん」

繋いだ手を見せびらかすように通り過ぎた。
後方から聞こえるのは、「それじゃ、次どこいこっか?」と赤也に問いかける朝美の明るい声と。
重ねるようにして、仁王先輩、と不思議そうに呼びかけるのが聞こえれば、仁王はくるりとそちらに微笑みを向けて。

立ち止まって体を向けると、かすめ取るように目の前の少女に口づけた。
一気に赤くなって何か言おうとも言えないで口を微かに開く少女に、見せつけてやろうと思っての、と笑って、空いているもう片方の手でぽんぽんと頭を撫でる。


――前方から冷たい視線。
一瞬感じた方向見れば、朝美が前に向き直るのが見えた。




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