「すみません。柳君、呼んでもらえますか?」

部活の休憩中。
ひょっこりと顔を出した女生徒に、部室にいた全員が顔をあげる。

「藤沢じゃん。久しぶりー」
「うん、久しぶり。あ、飴あるけどいる?」
「おっ、マジ!?いるいる!!」

声をかけた丸井にニコリと笑いかけた少女・藤沢 朝美は、ポケットを探ると出てきた飴を差し出された丸井の手に乗せた。
その後ろにいた幸村とロッカーの前に居た真田に目をやると「幸村君と真田君も久しぶり」と笑いかける。
「それで、柳君いるかな?」と尋ねれば、丸井はすぐさま部屋の奥に呼びかけて、すると、ノートを片手に柳が現れた。

「あっ、柳君。悪いんだけど……」
「英語だろう?」

その言葉と共に手渡されたノートを見て、朝美は目を丸くする。
どうしてわかったの、と顔をあげる朝美に、柳は薄く笑うと告げた。

「六時間目、眠たそうにしてたからな。どうせ、ろくに取れていないんだろう」
「おおう……察してくれてありがとう」
「どういたしまして」

軽く会釈するかのように頭を下げる朝美は、明日の朝には返すから、と嬉しそうに笑って、ホントにありがとう、と改めてお礼を言う。
それじゃあね、と部室を出て行けば、柳が子供を送り出した母親の様な顔で微笑みを浮かべて息をついた。

「いやー。やっぱいいなー、藤沢」

飴を口に放り込みながらそう言ったのは丸井で、その横で幸村が「お菓子が貰えるから?」と笑って尋ねる。
ちげえよ、と返した丸井はそれでも、まあそれもあるけど、と声を押し込めるように言って、そういうんじゃなくてさ、と口を開く。

「顔は言ったら普通だけどさ、誰にでも優しいし、っていうかとにかく性格はめちゃくちゃいいし、あと料理上手いし」
「結局そこなんじゃねえか」
「うっせ、お前だって好きなくせに」
「こらこら、喧嘩しない。……まあでも、良い子ではあるよね」
「他者の悪口を言わなければ、他者からの悪口も聞いたことが無いしな」
「品行方正にして誠実。教師からの信頼も厚い」

丸井の言葉にジャッカルがつっこめば、べえっと舌を出して返す丸井に苦笑して、しかし幸村も同意し呟くように言う。
ふむ、と唸って真田が感心するように言い、レンズを拭いたメガネをかけ直しながら柳生もそう言って、仁王君も少しは見習ってくれるといいんですが、と溜息をつきながら横の仁王へ目をやった。

壁にもたれて座りながらボールを指の上で回していた仁王は、悪態にも似た言葉をつかれると、見習うねえ、と何か言い含んだ様に呟いて笑う。
それから、「っちゅーか、藤沢ってのはそんなにエエ女なんか?」と問いかけてみれば、「あれ、仁王知らねえの?」と返した丸井に「同じクラスになったこと無いけんの」とあまり興味無さげに言った。

「そもそも、女にあんま興味なか。んで、データあるんじゃろ?」

そう言った仁王に「まあ、お前はな」と丸井。
女子に人気のある仁王ではあるが、中学の頃から恋人と言ったたぐいのものは存在せず『意外と硬派なところがいい』とそこが人気の一つでもあった。
一方でデータを問われた柳は、そうだな、と思考を巡らすと記憶の棚から彼女の情報を引っ張り出した。

「高校からここへ入学した、現在3-Dの図書委員で委員長。部活は帰宅部、成績は並で、得意科目は現国。誰にでも常に笑顔で明るく親切に接し、同級生や後輩からの人気は高く、教師にも好かれている。根は真面目で礼儀正しく、性格や素行面は女子として理想的といえるだろう。なお、好きな食べ物はアップルパイ。嫌いな食べ物は辛いもの全般。得意料理は和食全般……と、こんなものだな」

お見事、と茶化すように言ってぱちぱちと拍手をする仁王。
丸井も、すげえ、と感心して手を叩けば、幸村が笑って、よく空で言えるよねとやはり少し感心したように言って、ジャッカルは、よく調べるよなあとどちらかといえば呆れたように言った。
ちなみに浮いた話は一つも無い、と柳が付け足せば、そう言えば聞いたこと無いですね、と柳生が思い出して声をあげる。

「ああ。アイツ、全部断ってんだぜ。一年の時、何回も呼び出されてたもん」
「うん、俺も見たことある。確か……『好きな人がいるんで』って言ってたかな?」
「え、マジ?あいつ好きな奴いんの?」
「初耳だな」
「いや、恐らく断る口実だろう」

幸村の情報に、丸井と真田は半ば驚いたように尋ねたが、それを否定する柳の言葉。
頭の中のデータには、朝美に関して知り得る全ての情報を入れていて、そこには『好きな人物』のデータは存在しない。

丸井は一年。幸村と真田は二年の時に、朝美と同じクラスだった。
それぞれ思い浮かべて見るが、自身の鈍さなどを差し引いてみても思いつく限り、朝美に恋をしている気配は無かったように思う。

代わりに思い出したのは誰にでも笑いかけて心の中に入り込み、いつでもクラスの人間の中心にいつの間にか居た彼女の姿。
彼女の周りは常に笑いが絶えず、そしてまた彼女自身の笑いも絶えなかった。

「彼女に愛される男性は、さぞかし幸せでしょうね」

フッと笑って柳生がそう言ったのに皆が同意するのを、仁王は妙に冷めた目で見ていた。

***

「ちょっ、今日朝美先輩きたってマジっスか!?」
「なんじゃ、お前も藤沢かい」

英語の補修で遅れてきた赤也が、他の部員達から話をききつけて声をあげるのに仁王は呆れたような声で返す。
「くっそー、会いたかった!」と悔しげに言う赤也を横目で見やればロッカーの中に視線を戻して、「そんなにあの女はええんか」と溜息をつきながら言った。

「そりゃいいっスよ!っつか、先輩何も思わないんスか?」

今時あんな女子いないっスよ、と何故か力説気味な赤也に、まあいないっちゃいないじゃろうが、と返す仁王。
その何処かおかしな態度に気付いた赤也は、何かあったんスか、と尋ねる。

「いんや、何もないぜよ」

そう言うと目を細めて笑みを浮かべ、わざとらしく鼻歌を歌い出す仁王。
赤也は気味が悪いとばかりに顔をしかめると、そそくさと着替えを再開した。


――藤沢朝美という存在を、仁王は大分前から知っていた。

知らないわけがない。
別のクラスの人間だというのにクラスの男子がよく彼女の噂をしているのを耳にしたし、渡り廊下を男女問わず友達と笑いながら歩いているのも見かけたりした。

料理の事だって、調理実習でほとんどが失敗したシュークリームを、彼女は完璧に完成させて先生にお墨付きを貰っていたのを話に聞いて知っているし、ずっと前に職員室に呼び出された時、他愛もない会話をしている教師同士が彼女の事を話して褒めていたのも聞いた。

想いを寄せている人間は予想以上にいるらしく、彼女に告白しては玉砕している男子も何度か見かけた事があるし、その度に『ごめんなさい』と申し訳なさそうな顔をして頭を下げる彼女も見た。

知らないわけが無いし、ましてや興味がないわけがない。
どの角度から、どれだけ視点を変えても良い印象しか出てこない人間を突き崩したくなるのは人間の性で、それが特に強い仁王が、彼女に手を出そうとしないわけがなかった。
もちろん、色恋的な意味合いではないが。


とは言え、そう、手を出そうとしたのだ。



何か違和感を覚えたのは、初めて見た時からだった。
そして、それがやっと確信に変わったのは二年の中頃。


「理想的、ねえ……」

柳の言葉の一部を思い返して、仁王は呟く。
何スか、と尋ねた赤也には、別にと笑みを寄越した。




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