夜も更け、空には満月。
遠くに賑やかな宴の声が灯るのを聞きながら、私はその日の仕事の続きに筆を走らせる。

けど不意に、部屋の襖が開いた。
顔を上げればそこにいるのは、今日開かれている宴の主役。

「なにしてんの、こんなとこで」
「そりゃこっちのセリフだ、コラ。てめえ、なに人の祝いバックレてんだ」
「いや、別に私はいらないでしょ。最初の方、ちゃんといて盛り上げたし。寧ろ、あんたの方がなにバックレてんの」
「もう俺がいようがいまいがだから、いいんだよ」

――今日行われていたのは、十一番隊・三席である一角の誕生日祝いだ。
十一番隊では、五席以上の上官は、誕生日のために隊をあげての祝いの席が設けられる。

十一番隊に入って一年。
既に草鹿副隊長と、弓親の誕生日祝いを体験したけれど、毎回てんやわんやだった。

本当のところは、皆祝いにかこつけてタダ酒を飲みたいだけであって、時間が進むにつれて、本人のことは気にしなくなり、好き勝手に酒を飲む傾向にある。
「そろそろお開き」と誰かが言うことはない。
皆適当にその場を後にしたり、その場で寝入ったり、様々だ。

「飲むぞ」

机を挟んで向かいに立った一角は、卓上へ大きな徳利を置いた。
眉を下げるとため息をつき、あのね、と顔をあげる。

「仕事あるんだってば、ほんと」
「うっせ、知るか。酒だけ押しつけやがって」
「誕生日プレゼント。美味しいやつなんだから、有難がって隊長や弓親とでも飲みなさい」
「却下だ。最初の一献は、お前と飲む」
「なにそのこだわり」
「今日の主役様の命令だ、命令。ちっとは聞きやがれ」

そう告げてふんぞり返る一角を前に、もう過ぎたでしょうが、と言えば、細かいこと気にしてんじゃねえよ、と返ってくる。
結局、ひとつ大きくため息をつくと、筆を横に置いて腰を上げた。

「まったく、仕方ないんだから……」
「最初っから素直にしたがってりゃいいんだよ。ほら、行くぞ」
「へ?」

どこへ、と聞く私の方へ、上掛けが投げられる。
最近冷えだしてきたというのに、この真夜中に外で飲む気らしい。

いやまあ、月は綺麗だけど。寒いでしょうが。
ここでいいじゃない、と思ったけれど、主役様の言うことに従うことにする。
確かに今日のために私は宴の準備だなんだと散々走り回ったけれど、一角に直接したことと言えばあの酒を渡したことくらいだ。

十分に尽くしたというのは私の感覚で、一角にすれば「それだけ」なのである。
多少の我儘くらい、まあ聞いてやってもいいだろう。

そうしてついていけば、連れてこられたのは屋根の上。
月明かりが眩しいくらいに降り注いできて、一角の頭を照らす。

「眩しい」
「怒るぞ、コラ」

一応、月明かりのつもりで言ったけれど、やはり本人にはすぐにバレた。
冗談だって、と言いながら腰を下ろす。
そしてさっさと猪口を出して酒を注ごうとする一角を、待って、と制した。

「主役でしょ。私が注ぐ」
「そうか、悪いな」

じゃあ、と手渡された徳利はひんやりと冷たい。
その割に、少しだけ触れた一角の手は暖かくて不思議なもんだと思う。
私の手は、執務室からずっと冷たいというのに。

(というか、「悪いな」とか言うならそもそも連れ出すなという話だ。律儀になるところが間違っている)
(とは、口には出さないけれど)

「あんた手熱い」
「お前が冷たいんだっつの」
「いやいや、この徳利持ってて熱いのはおかしい」

言いながら、はい、と注いだ酒を渡す。
続けて、自分の分も入れた。水面が、月の光で揺れ光る。

「んじゃ、改めて。お誕生日、おめでとう」
「おう」

猪口の端を合わせれば、かち、と小さく音がする。
静かな乾杯の後で口をつければ、舌に触れた酒はやはり美味しい。
辛口で濃厚なその味わいは正直なところ私の趣味ではないけど、一角はこれくらいが好みだろう。

「おっ、旨ェ」
「当たり前でしょ、私が選んだんだから」
「けどお前、甘い方が好きだろ。ありがとな、わざわざ」
「……分かってるなら、いいけど」

想定外の言葉が返ってきて、少しだけ照れる。

「今日」
「ん?」
「俺のために、色々やってくれたんだろ。準備とか、根回しとか」
「……う、うん」

なんだなんだ。
なんだか、変な流れになってきたような気がする。

「なんつーか、まあ。普段からそうだけどよ、世話になるっつうかさ。ありがとな。今日は、俺のために頑張ってくれたんだろ?感謝してんぜ、ユキ」
「……ッ!」

かあっと、顔が赤くなるのを感じる。
月明かりの青色で、きっと顔色は分からないだろう。
それなのに、なぜか冷えた空気を伝わって熱でバレてしまうような気がして、思わず顔を反らして隠すように肩を竦める。

「おっ?なんだ、照れてんのか」
「照れてないです、一角さんの頭が眩しかっただけです」
「んん?です?一角さん?」
「照れてない!いっかく!」

敬語なんて久しく出ていなかったのに、と思いながらも、にやにや顔の一角を前に思わずムキになって言い直した。
そうかそうか、と笑いながら、一角はぐしゃぐしゃと私の頭をかき回す。
私は頭の上のそれを手で払いながら、気分を害したふりをして、勢いよく猪口を煽った。




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