「うわっ」

放課後。
手合せを終えて、すぐに帰るでもなくボンヤリしていたら、隣から驚いた声。

「なに」
「いや、息が白かったんで」

言いながら穂村は、はあっ、と息を吐いて白くなったそれを見せる。

「もう冬ですね」
「霜月だからなあ」
「布団から出るの、辛くなりますねー」

穂村のその言葉に、思わず俺は吹き出した。
そんな俺を見て、怪訝そうに眉を顰めながら「なんですか」と穂村。

「いや、お前もそういうのあるんだと思って」
「ありますよ。試験めんどくさいなとか、体だるいから霊術院行きたくないなとか」
「お前みたいなのでも、試験めんどくさいわけ」
「余った時間ヒマなんですよ」
「……あー……」

そっちか、という言葉は飲み込んでおく。

「つーか、体調悪いときは休めよ」
「はーい」

適当な返事が返ってくるのに、顔をしかめる。
穂村はそんな俺の方には見向きもせずに、冷えてきたのか指先を口元に寄せて温めている。

俺から教えを請う割に、俺の扱いがぞんざいなこいつにはもう慣れた。
最初は後輩らしくて可愛げがあったのに気づいたらこうなっていて、それでも嫌気がささないのは、最近ようやく、どうやらこっちの方がこいつの素らしい、と気づいたからだ。

そう気付いたら、なんだかこいつに甘えてもらっているような気がして、そう考えると気分はまあ、悪くない。
……俺の妄想力も大したものだと、内心で自嘲する。

「そうだ、もう霜月ですよ先輩」
「なに、急に」

不意に俺の方に顔を向けたかと思うと、唐突に告げた穂村に、今度は別の意味で顔を顰める。

「弥生になったら卒業――あっ……先輩って、卒業できるんですか?」
「怒るぞコラ」

出来なきゃやべえだろうが。
そう言うと、まあそうですよね、と告げて穂村は前を向き、膝を抱える。
一瞬だけ背が震えたのを見るに、どうやら寒くなってきたらしい。
確かに、日が落ちたのもあって冷え込んできた。

「あと三月ちょいですねー。冬期休暇あるから、先輩に会えるのもあと二月……じゃないか。その前に研修で護廷入りますから、一月あるかないか、ですね。忙しくなりますね、お互い」
「お互い?」

俺はともかく、と首をかしげる。

「私、飛び級するんで」

大して間も置かず、世間話の延長線のようにそう告げられた。
そのせいで、え、という音は一瞬遅れて喉の奥から飛び出す。

「マジで」
「審査通れば、次、三年です」
「マジか……」

無いことも無いとは思っていたが、まさか本当に。
改めてこいつの優秀さに感心する。
血は水よりも濃いだなんてよく言ったもんだが、それを地で行って、エリート街道進行中だ。

(ヤベーな、俺)

すぐさまこいつに抜かされる未来が割とリアルで、若干焦る。
目の前にいるのは、【才能の塊】そのものだ。

(才能あって、信頼あって、度胸あって、後ろ盾もバッチリで、将来安泰で)

こんだけカードが揃ってたら、不安もなんもないんだろう。
そう思うのに、寒さに縮こまるその背が妙に小さく見えるのは、たぶん俺の気のせいじゃなくって。

(仕方ねえなあ)

なんて思いながら、オラッ、と頭を押さえつけてやれば、ムッとした顔を向ける穂村に、笑みを向ける。

「帰るぞ。なんかあったかいモン、奢ってやるよ」
「……このうえ、雪降らせるのやめてくださいよね」
「お前なあ……」

憎まれ口をたたく後輩に――いつまで俺は、こいつの先輩でいられるのか分からないが――さっさと立て、と急かして腰を上げさせる。
そして、その冷えた指先を、手を貸すフリをしてそっと握った。




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