「いやー――凄え光ったな、今の雷」

あん時刀振り上げてたら確実に俺らに落ちてたね、と一角。
それに対して、鬼道だからこっちまでは飛んでこんわい、と射場。

「しかし成長しとらんのう、お前」

言いながら射場は、手にしていた瓢箪を投げる。
それを受け取って、一角は中の酒で喉を潤す。

「まだ鬼道はサッパリか?」
「ウルセーな。俺ァもともと、鬼道は向いてねえんだよ。あんたみてえに、生まれつき斬拳走鬼揃った万能型じゃねえからな」
「……儂も最初っから、万能型じゃった訳じゃないわい」

一能突出より、バランスがとれた万能型の方が、副隊長に任命され易い。
事実、ユキも副隊長にとお呼びがかかったことがある(無論、それを断ったから十一番隊に今も在籍しているのだが)。
だから射場は、副隊長を目指して万能型になった。
それだけのことだ、と告げる射場に、あんまり楽しそうには聞こえねえな、と一角は瓢箪を投げて返す。

「阿呆たれ、男はのし上がってなんぼじゃ」

楽しいに決まっとる、と射場は瓢箪を受け取る。

「ところで、ユキはどうしとる」

不意に射場は、そう尋ねた。

「なんでここでユキが出てくんだよ」
「聞いとるぞ。朽木隊長に斬られた、っちゅうてな。あいつァ、あの隊長のことを好いとったんやなかったんか」

射場の言葉に、一角は押し黙って目を逸らす。

――数時間前に一角は、ユキが牢を脱走したという報告を受けていた。

最後に一角が見たユキは、とてもじゃないが動き回れるような状態ではなかった。
四番隊の治療を受けて大人しくしていたとはいえ、回復しきっている筈もない。
無理を押しているのは、見なくても分かる。

(なんでそこまで……)

自然、一角の眉間には皺が寄る。
理由など、分かりきっている。

そんな一角の様子を見て、フン、と鼻を鳴らすと射場は酒を喉に流し込んだ。
それから息をついて、再び口を開く。

「お前も難儀なやっちゃのう。好いとる奴がおる女を好いてもうて。まあそれを言うたら、ユキもじゃが」

けどチャンスじゃけえモノにせえや、と続ける射場に、「あ?」と一角は顔をしかめる。
阿呆、と射場は続けた。

「好いとる男に傷つけられて傷心の女を慰める。ほいたらお前の男があがって、ハッピーエンドっちゅう寸法じゃ」
「……あいつはそんな、簡単な奴じゃねえよ」
「ちゅうてどうせ、その様子じゃお前、慰めんかったんじゃろ」

ほんま難儀なやっちゃのう、と射場は溜息をついた。

「けど、ほんまに慰めるなりなんなり、いざっちゅう時はちゃんと支えたれよ。女っちゅうんは、強いが弱い生きモンじゃけえ」

言いながら射場は、瓢箪を投げて寄越す。
それを受け取って一角は、言われなくてもわかってるっつーの、と呟くように言った。

***

「朽木隊長……」

ユキがぽつりと呟いたのは、白哉が卍解した霊圧を感じ取ったからだ。
それに気づいて、ルキアが恋次の腕から顔を出す。

「済まぬ、ユキ。私のせいで……」

その言葉の意図するところに気づいて、ユキは苦笑を浮かべた。
馬鹿だな、と呆れたように告げて笑う。

「私が決めたの。……ちゃんと自分の意志で全部決めて、今ここにいる。ルキアのためでもない。朽木隊長のためでもない。誰のためでもない。全部、自分のため。……私は、私のやりたいことをやってるの」

だからルキアは気にしなでいいの、とユキは念を押すような声で言う。
それに対して、ルキアは済まぬ、と言いかけて。

「……ありがとう」

そう言って、眉を下げて笑った。
それに対して、どういたしまして、とユキも笑った。

「それにしてもお前、大丈夫か?」

ふと恋次に聞かれて、え、とユキは聞き返す。

「隊長の攻撃を受けたんだ。体、まだ本調子じゃねえんだろ」
「あんたよりは調子いいから、心配しなくても大丈夫」

そう言って、ユキは笑みを浮かべてみせる。
正直なところを言えば、例えばもう一度白哉ととなれば絶望的ではあるし、先刻市丸とやりあったせいで、多少疲労はある。

しかし、ぼろぼろなのは恋次も同じだった。
むしろ、治療は施されているとはいえ時間が経っていない分、ユキより恋次の方が体は辛いだろう。
加えてルキアは丸腰な上に、殺気石で霊力を削られて、とても戦える状態ではない。

この三人の中で、一番動けて戦えるのはユキだ。
となれば、疲れを見せている場合ではない。

「安心して。向かってくる奴は、あんたの代わりにやっつけるから。その代わり、ルキアのことはちゃんと守ってよね」
「へっ、言われなくたって」

恋次がそう告げた、その時だった。
三人の行く手に人影が現れ、恋次とユキは足を止める。

「……と……東仙隊長……!?」

なんでこんなところに、と問う恋次の前に、ユキが険しい顔をして、恋次達を庇うように前に出る。
刀の柄に手をかけたユキに、しかし東仙は無言で布をかざした。

瞬間、その布が伸び、ユキと恋次、そして東仙の周囲を覆う。

――思わず瞑った目を、視界が晴れた気配と同時に開く。
そして刹那、狼狽えた。

「な……何だよこりゃ……!?」

そこには、ついさっきまでいた場所――双キョクの丘が広がっていた。
その光景に、三人は揃って目を見張る。

「ようこそ。阿散井君、穂村三席」

背後から、声。
それは、聞き覚えのある声だった。
そして、もう聞こえる筈のない声だった。

混乱する思考の中振り向けば、そこにいたのは市丸と。

「朽木ルキアを置いて、退がり給え」
「……あ……藍染隊長……!?」

怪しく目を細めて笑みを浮かべる藍染の姿。

「なんで生きて……いや…それより今……何て……!?」

驚愕の表情を浮かべて問う恋次に、聞こえていない筈はないだろう、と藍染。
しかし、仕様のない子だ、と言うと、二度とは聞き返すなよと告げて続ける。

「朽木ルキアを置いて、退がれと言ったんだ」

阿散井君、と。
それは、声こそ今まで何度も聞いた藍染の声なのに、まるで別人のように冷ややかだった。

なんで。どうして。
思考がまとまらない。

その瞬間、空気が震えた。
耳に、どこからともなく声が聞こえてくる。

それは、四番隊副隊長・虎鉄勇音の声。
彼女が告げたのは、それこそ衝撃的な言葉だった。

藍染の死が、偽りであったこと。
雛森と日番谷が、討たれたこと。

藍染が裏切ったこと。
そしてその目的が、ルキアの処刑であること。

「……断る」

恋次は、静かに告げた。
何、と問い返す藍染に、恋次は繰り返す。

「断る、と言ったんです。藍染隊長」
「……成程」

冷ややかな目を恋次に向けると、藍染は柄に手をかけるギンを制して前に出る。

「君は強情だからね、阿散井君。朽木ルキアだけ置いて退がるのが、厭だと言うなら仕方無い」

こちらも君の気持ちを汲もう。
そう言うと、ルキアは抱えたままでいい、と藍染は自身の刀を引き抜く。

「腕ごと置いて、退がりたまえ」

恋次を威圧するかのように、藍染が霊圧を放つ。

「!?」

ユキが恋次の前に出ようとした瞬間、背後の東仙に拘束された。
喉元に刃をあてられ、ユキは動けなくなる。

一方で恋次は、ルキアを抱えたまま藍染の攻撃を躱す。
しかしルキアを抱えている以前に、蓄積されたダメージと実力の差で完全には躱せない。
こめかみと腕から血を流して、しかし恋次は、ルキアを離しはしなかった。

「随分上手く躱すようになったじゃないか、阿散井君」

嬉しいよ、と藍染はその成長に喜びの意を示す。

「恋次!」
「おっと、穂村三席。出来れば、じっとしていてくれないかな」

東仙に拘束されながら叫び、逃れようとするユキを見て藍染は相変わらず冷たい笑みを寄越す。

「君には出来るだけ、手を出したくないんだ」

そう言うと、藍染は恋次へと視線を戻す。

「さて、阿散井君。できれば、余り粘ってほしくはないな。潰さないように蟻を踏むのは、力の加減が難しいんだ。僕も君の元上官として、君を死なせるのは忍びない」
「何が……『元上官として、死なせるのは忍びない』だ……」

だったら何で雛森は殺した、と問いかける恋次に、しかし藍染は悠々とした態度を崩さない。

「雛森君のことは、仕方無かった。彼女は僕無しでは生きられない。そういう風に仕込んだ」

殺していくのは情けだと思わないか。
平然とそう言い放つ藍染は、本当は手に掛けたくなかった、だから少し手間をかけて吉良や日番谷と殺し合ってもらおうとしたのだ、と続ける。
しかし上手くいかず、だから仕方なく自分で殺した。
罪悪感の欠片もなく、次々と紡がれる藍染の言葉に恋次たちは愕然として、同時に胸の中には、じわじわと嫌悪が溢れた。



それでも、数分後――
目の前の光景に、ユキは絶望すら感じた。

駆けつけた一護、ルキアを抱えていた恋次。
その二人共が、血を流して倒れ伏していた。
藍染たった一人に、成すすべもなくやられて。

「立つんだ、朽木ルキア」

恋次の腕を離れたルキアの、その首にはめられた輪を掴んで藍染はルキアを起こす。
その光景を目の前にして、ユキが“そう”するのに、もはや迷いはなかった。



「――卍解、黄泉灯蒼焔(よもつびのそうえん)」



その名を呼んだ瞬間、熱を感じて東仙はユキを解放すると飛び退いた。
途端、ユキの周囲を蒼い炎が渦を巻くように覆い、それに気づいて藍染もそちらへ目を向ける。

「申し訳ありません、藍染様」
「いや、構わないよ要」

謝る東仙に、仕方無いさ、と藍染は言う。
そしてルキアを離すと、代わりに刀を抜いた。

「……ユキ……?」

解放されたルキアは、藍染の霊圧で弛緩する体を無理やり動かすと、顔をあげてユキの方を向く。
普段と異なる、否、途端に強大になった霊圧。
炎が収まれば、そこには白いマントを纏ったユキがいた。

目は蒼い光を宿し、頬には青く炎のような刺青が浮かぶ。
その両手には二刀一対の剣。刀身は蒼い炎を纏い、刃も炎の様に波打っている。
銀色をした柄尻からは鎖が伸び、ユキの首に現れた首輪に繋がっていた。

ユキが立っている場所の地面は、ユキを中心に円状に、えぐられたように削り取られている。
それを見て藍染は、面白そうに目を細めた。

「さて、困ったね。本当に、君には怪我をさせたくないんだけれど……」
「――じゃあ、そのまま大人しく斬られてください」

瞬間、ユキの姿が藍染の目前に迫った。
振られた刃を刀で受け止めた藍染は、しかし二撃目に気づいてユキから距離を取る。

それを追い掛けるように打ち出されたのは、蒼い炎の弾。
向かってきたそれを剣圧で斬り捨てれば、それは途端に爆発し藍染の視界を隠す。

「甘い」

背後に現れたユキを、藍染は斜めに斬りあげる。
しかしユキはそれに動じた様子もなく、剣を振り下ろした。
気づいて藍染は、再び距離を取る。

「おっと」

ふと見ると、羽織の袂に炎がうつっていた。
見る間に侵食してくるそれを、藍染は袂ごと切り落とす。
それと同時に自身が握る刀を見れば、刃は確かに血で濡れていた。

ふむ、と僅かに唸ってユキに目をやれば、確かに斜めに斬った跡がある。
しかし刃で抉れた形に血が滲みこそすれ、そこから鮮血が吹き出し滴ることはなかった。
どころか瞬く間に傷口は塞がり、藍染の攻撃が当たったことを示すものは衣服の毀損のみとなる。

「すごいね。それが君の、卍解の力かい?」

言葉の割に、大して感心したようでもない音を藍染は口にする。
刹那、ユキの詠唱と同時に藍染の腹部に六つの光の帯が刺さり、その動きを拘束した。
しかし藍染はその束縛を解いて、やすやすと攻撃を避ける。

避けられて尚、ユキはただ無言で、距離を取った藍染に再び肉薄した。
しかしユキがどれだけ攻撃を仕掛けても、藍染はことごとくすべてを躱す。
どころか逆に、ユキへ一撃二撃と加え、その多くを躱されながらも時折一撃、確実に攻撃を加えていた。

「成程。攻撃力その他能力の大幅な強化、炎の付与、そして超速再生、と言ったところか。よくわかったよ」

もう十分だ、とばかりの藍染は、その言葉の裏でユキなど相手にもならないと告げていた。

実際、そうだ。
傷をつけているのは藍染ばかりで、ユキの刃はどう頑張っても藍染に届かない。
せいぜい、藍染の服の裾を焼き掠める程度だ。

卍解をして尚ある力の差を、一番感じているのは他でもない、対峙するユキである。

「本当に、あんまり君を傷つけたくはないんだ」

そうは言ってみるものの、ユキが攻撃をやめる気配は微塵も見えない。
繰り出される攻撃を回避するよりも、攻撃した瞬間の無防備を狙って攻撃を加える。
藍染からの攻撃をまるで無視して捨て身の攻撃を繰り返すユキを哀れみさえ覚えた目で見て、ふう、と藍染は溜息を付いた。

――もう、充分だ。

「仕方ないね」
「!」

突き出された刃を交わして、ユキの腕が、いともたやすく藍染に掴まれた。
刹那、ユキが二撃目を繰り出すよりも早く、藍染はユキの首を掴む。
そして即座に、首輪から発せられた炎が手を焼くよりも早く、口を開いた。

「破道の六十三、雷吼炮」

唱えると同時に、藍染の手元が爆発するように光を放つ。
しかし爆炎が晴れた後、爆発の大きさに反してユキは四肢も首も無事だった。

ただ藍染が手を離すと同時に力なく地に伏せたユキは、瞬間、蒼い炎に包まれる。
それと同時に首輪が弾けるように壊れ、マントも燃えて消えた。
途端、ユキの四肢から力が抜け、体中から血が吹き出す。

「おや」

その様子を見て、藍染は目を瞬いた。

「成程、卍解を解くとそうなるのか。となると……超速再生ではなく一時的な修復、といったところかな。まあ、速度重視の捨て身戦法が得意な君には、十分有難い能力だね」
「ユキ……!」

藍染に腕を掴まれ、釣り上げられるユキ。
その変わり果てた姿に、ルキアは叫ぶ。

藍染に斬られた傷が、ユキの体のいたるところでその口を開いていた。
裂けたそこから血が滲んで滴り落ち、地面を濡らす。

「藍、染……」
「そんなに睨まないでおくれ。悪かったと思っているよ」

息も絶え絶えになりながら、尚も鋭く睨みつけるユキに、藍染はほんの少しだけ申し訳なさそうな色を浮かべて言った。
どうやら、ユキを傷つけたくないというのは全くの偽心というわけではないようで、そのことに傍で横たわりながらルキアは疑問を抱く。
しかしそれも、咳き込んだユキが血を吐くのを見て掻き消えた。
相変わらず弛緩して動かない体に、ルキアは歯噛みして涙をにじませる。

「随分弱っているね。大丈夫かい?どうか、死なないでおくれよ。君に死なれると、少し困ってしまうかもしれないからね」

一方でユキは、懇願するような藍染の声を遠くに聞いていた。
ゆっくりと地面に下ろされて、うつろな視界の中、そこにルキアを見つける。

(ああ、駄目だった)

守れなかった、と薄れゆく意識の中ユキは思う。
そのうちルキアが再び藍染に捕らえられて、しかしもう、ユキの耳には藍染が何を言っているのかすら聞こえなかった。

息を吸うのも、吐くのも辛かった。
目を開けているのも辛かった。

(ルキア……)

成すすべもない自分が悔しくて、仕方無かった。
護りたいものを護るために、あの日、自分は更木の前に立った筈だった。
そうして十一番隊の三席として、強くなってきた筈だった。
20年ずっと、腕を磨いてきたはずだった。

それなのに、この有様はどうだ。
今や、指の一本も動かない。

(まさか、卍解も役に立たないなんてなあ……)

こうするしか勝機はないと思ったからこそ、こうなると分かっていて無理にでも開放した。
それなのに、惨敗。ただ、遊ばれただけだった。

悔しかった。
何もできない自分が、ルキアを守れない自分が。

(朽木隊長に斬られてまで、何やってんだか)

軽蔑されるのを覚悟で、それでもこれが白哉にとって正解なのだと信じて、ルキアを守るために飛び出したのに。

(なにやってんだろう、私)

自分のやりたいことのために飛び出したはずが、何も出来ないまま終わろうとしている。

動けない自分が情けなくて、ユキの瞳から、涙があふれる。
瞬間、胸が詰まって弱く咳をすれば、口内にたっぷりと鉄の味が満ちた。
それは口の端から、だらりと零れて地に染みる。

(ごめんね、ルキア)

護ってあげられなくって。

(ごめんなさい、朽木隊長)

あなたの大事なものを、護れなくて。

(……ごめんね、一角)

最後にふと、一角のことを思い出してユキは謝った。
常に自分のことを気にかけてくれた彼のことだから、こんなことになってしまえばきっと弓親ともになんだかんだで気に病むだろう。
そう言えば結局口をきかないままだったな、と思い当たって、最後に声を聞きたかったななどと、何故かそんな風にユキは思った。

ユキの目の前が、暗くなっていく。
けれど最後の瞬間、ルキアを庇うように抱いた白哉の姿をその瞳はしっかりと映して。

(……良かった)

ひどく安らかな気持ちで、ユキはそっと、目を閉じた。




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