「母さんが?」 織姫のもとへ――もとい、一護と織姫の霊圧がそろう場所へ急ぐ道すがら、その事実はようやくルキアからユキへと伝えられた。 死んだはずのユキの母、穂村摩耶が生存していて死神達の前に現れたこと。 それを聞いてユキは、驚くよりも困惑する。 自分が殺したはずの父が生きていて、その父は実は敵で。 不在の母を殺したのはその父で、しかし実はその母も生きていて。 まるで、ちょっとした悪夢を見ているような、夢の中でなんとなく夢と気付いているような、そんな気分だ。 「それ、本当に母さんなの?」 「ああ。私も皆も驚いていたが、実際に接してよくわかった。あれは確かに摩耶殿だ。お前の母親だ、ユキ」 「……そう」 ぼんやりと、ユキは呟くように返す。 そんなユキを見ながら「まあ、信じられぬのも無理はないがな」とルキアは苦笑した。 「なにより、山本総隊長が直にお話をされて【本人である】と断じたのだ。疑う余地もあるまい」 お前もきっと会えば納得するだろう。そう言って笑みを寄越すルキアへ、そうね、とユキはそれでも曖昧な微笑を浮かべる。 そして、過去へと思考を向かわせた。約20年前の、あの日へ。 (あの日は、三人で現世へ息抜きに降りて……。父さんが、「すごいものが見られる、とびきりの場所を見つけたから」って私と母さんを案内して……) そして、人気のない開けた平地へと連れてこられた。 草が生えているだけの、だだっ広い場所。見渡す限りなにもないそこで、いったい何があるのかとユキは父に問いかけた。 父は、人差し指を口元にあててにっこりと笑顔を浮かべながら言った。 「すぐに分かるよ」 すぐに、ね。 そう告げた父の頭上で、大きな空紋が収斂するのが見えた。 そこからの記憶は曖昧だった。 なにせユキはアジューカスたちの押しつぶしてくるような霊圧の中、攻撃を避けるだけでも精一杯だった。 しかしついに捕えられ、ゴミのように群れの輪から跳ね飛ばされた。 アジューカス達は、跳ね飛ばしたユキにはまるで興味をなくしたように輪の中央――ユキの両親へとその顔を向けていた。 ユキは口の端に血を滲ませて荒い息を吐きながら、上半身を起こす。 そして顔をあげたその先、アジューカス達の輪の中に、血を流しながらも必死に応戦する両親を見た。 霊波障害でも起こっているのか、通信機が通じず尸魂界からの応援は見込めない。 否、通じたところで体勢を整えた応援が到着するには時間がかかる。 ――自分に、もっと力があれば。 そう己の無力さを悔いた時、不意に周囲が闇に包まれた。 そこで蒼焔と出会って、力を開放して――そこまで鮮明に思い出して、その先が唐突におぼろげになっていることにユキは気付いた。 (……あれ?) 確かここには父・正義の新たな証言を受けて、青い業火の中、己の父が母を縊り殺すものに変わったはずだった。 最近はその悪夢にうなされていた筈なのに、それが今は欠片も映像が浮かび上がらない。 母の生存を知らされたことで、また記憶が新たなものへと変わろうとしているのだろうか。 もしかすると、正しい記憶に変わる兆候なのだろうか。 だとしたら。 そう思って懸命に記憶の糸を辿ろうとするが、途端、激しい頭痛に襲われた。 「うッ……!」 「ユキ!?」 「ユキさん!」 思わず足を止めて膝をついたユキに、ルキアと花太郎が慌てて駆け寄る。 先頭を走っていた白哉も、その足を止めてユキのほうへ振り返った。 どこか痛むのかと心配そうに尋ねる二人へ、大丈夫、とユキは弱々しくも笑みを浮かべて見せる。 「20年前のあの時のこと……思い出そうとしたら、頭が痛くなっただけ。たぶん、記憶置換で記憶がおかしくなってるのを無理に思い出そうとしたせいだと思う。もう平気、大丈夫」 「そうか、ならいいが……」 「本当に大丈夫ですか、ユキさん?無理しても、いいことありませんよ」 「本当に大丈夫。ありがとう、二人とも。ごめん――」 もうすっかり調子を取り戻したユキが、そう言いかけた時だった。 「お姉ちゃん、大丈夫?」 その声は、ユキたちの後方から聞こえてきた。 咄嗟に――そうでなくとも複数の霊圧に、ユキとルキアは腰元の刀へ手をかけて振り向く。 白哉もまた、視線の先のその小さな影たちへと警戒を飛ばす。 そんな死神達とは対照的に、現れた「彼ら」は顔を輝かせた。 「すごーい、死神さんだ!」 「白い服の死神さんもいる!ヘンなのー!」 「アラ ん かル じゃ ナイ の?」 「ちがうよぉ。だって、仮面がついてないもん」 「ほんとだ、ついてない!死神って黒いのだけだと思ってた!」 「私たちとお揃いね!」 場違いなほどのはしゃいだ口ぶりで口々に話す「彼ら」は、皆一様に幼い子供の姿をしていた。 否、「一様に」というと語弊がある。中には犬のような姿をしたものや、ルキアが差し違えたアーロニーロの頭部にいたような球体のものもいる。 しかし、姿かたちこそさまざまな彼らは一つの共通点を持っていた。 それは、顔や腕、足など、場所こそ違えど体の一部に皆「102」の数字を持っていること。 100を越す数字。それは、元十刃であった者の証だ。 「彼ら」も例外ではなく、元は十刃の一部に加えられていたのだが、見た目のままの幼さが組織的な動きには向かないことから落とされた。 オマケに規律をまるで無視したその動きの煩わしさから、砂の番人・ルヌガンガによってラス・ノーチェスの一部に閉じ込められていたのである。 それが、ルヌガンガがルキアの手によって倒された今、侵入者によって各地で騒ぎが起こり「彼ら」を普段妨げる要素の全てが無いことで、こうしてラス・ノーチェスを自由に駆け回られるようになった。 ――のであるが、そんな「彼ら」の背景も、「102」という数字が「十刃落ち」の証であるなどということも、今この場にいる誰も分からない。 そして、この場で「彼ら」――悪戯小僧<ピカロ>たちに出会うことが、どれだけ絶望的なことかということも。 「他の子も呼んじゃった!すぐ来るって!」 「ほんとに?あっ、来た!」 「ただいま!ねえ、何して遊ぶの?」 「まだ決めてないんだ」 「なニ シ テ あソ ぶ?」 「QRRRRR.....」 「私、かくれんぼがいい!」 「えー?そんなのつまらないよ!」 「鬼ごっこがいい!」 「私イヤよ!男の子がすぐズルするんだもの!」 わいわいと騒ぎ出し、時が一秒ごとにその賑やかさを増していくピカロたちに対して、死神たちはその警戒を増していった。 最初、ピカロたちの数は十数体といったところだった。 しかし今やそれが二十、三十と増していき、その数は刻一刻と増え続けている。 「ユキ」 「うん」 怯えている花太郎を余所に視線だけで会話をして頷くと、ユキは前方の白哉にも視線を送る。 白哉もまた頷いたのを確認すると、「なにをして遊ぶか」を考えるのに夢中なピカロたちを警戒しながらも、ユキは花太郎を庇うように背へやりながら自身はピカロたちへと体を向ける。 「お姉ちゃんたちは、なにがいい?」 ピカロのうちの一人がそう聞いたのは、その時だった。 それと同時にピカロたちの意識は死神達へと向けられ、そしてユキがなにかぶつぶつと呟いていることに気付く。 そんな彼女を見て「お姉ちゃん?」と声をかけながら近づいた一人の目前へ、ユキの手の平が向けられた。 「破道の六十三、雷吼炮」 凛とした声が紡がれたと同時に、掌から雷を帯びた霊圧の塊が放たれる。 莫大な威力をはらんだそれは、ユキの前方に固まったピカロたちを一気に吹き飛ばした。 「行くぞ、花太郎」 「はっ、はい!」 その後ろで、ルキアが花太郎を引き連れて駆け出した。 ついでとばかりに赤煙遁を放つと、ユキもその後に続く。 三十六計逃げるに如かず。 得体のしれない、しかも異様な数の相手を前にまともにやりあう必要は無い。 なにより、先を急いでいる。一秒でも惜しいとばかりに足を進めている中、避けられる相手を前に時間をとられたくはない。 無論、ユキの直接の上司である更木剣八や、その同僚たる十一番隊の面々が今のユキの行動を見れば非難だ文句だの一つもあろう。 しかし今この場にいるのは、理性的で合理的な判断の出来る白哉とルキアだ。なにも迷う必要は無い。 問題は―― 「待ってよ、お姉ちゃんたち!」 その言葉と共に、後方から死神たちの足元を狙うように虚閃が放たれる。 咄嗟にユキは花太郎のほうへ視線を向けるが、驚いている花太郎の横でユキと視線を合わせたルキアが頼もしい表情で頷き、ユキもそれに反して後方へ意識を向かわせた。 「やったー、鬼ごっこ!」 「おレ た チ おニ?」 「かくれんぼがよかったー」 あいも変わらず緊張感の無い、幼子たちの声。 赤煙遁や、打ち込まれた虚閃で上がった砂煙が晴れた先から、ピカロたちが砂を滑るように現れる。 死神たちが手強さを感じたのは、彼らの明るい表情故だった。 中には明らかに重傷を負っているものがいるにも関わらず、そんなものを感じさせない、もとい、感じていないかのような様子で死神たちの後を追うものもいる。 そしてなにより、先ほどまでと同じくやはり後方から、刻一刻とピカロたちは合流し、その数を増やしていた。 やはり、戦うしかないか。 そう死神たちが感じた矢先、ピカロのうちのひとりが「私、知ってる!」と声をあげた。 「あの白い死神のお姉ちゃん、ハリベルのとこで見たよ!」 「わ、私も見たよ!ハリベルが、お部屋に閉じ込めてた……」 「えーっ?ハリベルのとこなんか、いついったんだよ!」 「いけないんだー!勝手に人の宮に入っちゃ!」 「今そんなことどうでもいいでしょ!」 「け、ケンカはよくないと思います……!」 俄かに内輪で騒ぎ始めるピカロたち。 が、それはすぐに止んだ。代わりにピカロたちの視線が、一斉にユキへと注がれる。 意識が全て自分へ向かう感覚に、ユキの背を汗が伝う。 「じゃああのお姉ちゃん、ハリベルのとこから逃げたんだ」 「いけないんだァ」 「つかまえないと!」 「つかまえて、お仕置きしないと!」 「お シ オき」 「GWOOOOO......」 「つかまえたら、ハリベルもきっと喜ぶよね」 「勝手に宮へ入ったのも、許してくれるよね!」 「ゆ、ゆるしてくれるかなあ……」 「ほめてくれるよ!」 「遊んでくれるよ!」 「遊んでくれる?」 「じゃあつかまえないと!」 「そうだね、絶対につかまえないと!!」 純粋な想いの塊。 そこには悪意も敵意もない。奥にあるのはあくまでも、ただひたすら無邪気でキラキラとした、遊びに興じる子供のそれ。 それがこんなにも、恐ろしく感じることがあるだろうか。 ピカロたちの意識が、ユキ一人へと向けられる。 それを感じて、瞬間、ユキは足を止めるとすぐに霊圧を練り上げて三枚の縛道の結界を張った。 ピカロたちの数体が一斉に放った虚閃は、その壁にヒビを入れ、時に砕きながらもユキの手前一枚を残してなんとか防がれる。 「ユキ!!」 「ユキさん!!」 「逃げるだけなら平気!!先に一護たちのところへ行って!!!」 驚いて足を止めると、駆けつけようとするルキアたちを背後に感じユキは声を張り上げた。 その言葉を投げた後も、ユキは次の鬼道の為に詠唱を重ね、霊圧を練り上げる。 二の手として放ったのは、雷吼炮。 先刻と同じそれでピカロたちの中心に穴をあけると、ユキはルキアたちの進む先とは別の方向へ向かう。 「ユキ!!」 囮になる気か、とルキアは察する。 確かに囮、もとい部隊を分けるのが得策だ。 それはそうだが、とはいえ――逡巡して、それでもやはりとルキアはユキの後を追おうとする。 「ルキア」 それを、背後から窘める声があった。 振り返り、やはり一瞬逡巡するもルキアはすぐに口を開く。 「あの数、ユキ一人では無理です!」 「お前が行っても同じことだ」 「ッ、兄様……!」 それは分かっている。 しかしだからと言って、ユキを見捨てるわけにはいかない。 己の未熟さにルキアが歯噛みし、花太郎が顔を俯かせた、その時だった。 「私が行く」 お前たちは、先を急げ。 そうとだけ言い残すと次の瞬間、もう白哉の姿はそこになかった。 突然のことに状況も忘れて、ルキアと花太郎は呆気にとられる。 と、不意に遠くで何かが爆発するような音が聞こえて、二人は我に返った。 「……行きましょう、ルキアさん」 「……ああ」 言葉を交わすと、二人は再びその表情を引き締める。 そして、一護のもとへ一刻も早くたどり着くべくその足を早めた。 *** 「まてまてーーー!!!」 「待ってよ、お姉ちゃーーーん!!!」 「遊ぼうよー!」 「遊ぶんじゃないよ、つかまえるの!」 「いいじゃんか、遊んでからつかまえれば」 「だめだよぉ、早くつかまえないと……」 「大丈夫だって!」 「それにもう、鬼ごっこと一緒でしょ?」 「ほんとだ、鬼ごっこだ!」 「俺たチ おニ」 「つかまえたらどうする?」 「ハリベルにかわって、お仕置きしてあげようよ!」 「Agwooooo....!」 「針千本飲ませちゃう?」 「指を切っちゃうのがいいよ!」 砂の上を響転で飛び回りながら、ピカロたちはユキを追いかける。 前方を行くユキはなんとか一定の距離を保って逃げているが、時にピカロたちが足止めとばかりに放つ虚閃には煩わしげに舌を打った。 考えなくとも分かる話だが、数の多いピカロたちに対してユキは圧倒的に分が悪い。 完全に対単数で、そのうえ接近戦に特化した始解のことは言うまでもない。 それに加えて対レイール戦で受けた傷は花太郎の治療で癒えたが、削られた体力までは完全に戻っていない。 ルキアにも言った通り逃げる分には問題ないが、ピカロたち相手に逃げているだけでは、先にガタがくるのは自分だということは感覚で分かる。 (さっきからうかがってるかぎりだけど、たぶんあっちは『見たまんまの子供』だ。雑念が無いからその分攻撃に迷いはないけど、警戒心と戦略的思考には乏しい) 蟻を潰して笑って遊ぶような、そんな子供の『恐るべき無邪気さ』を凝縮したような相手。 ユキはピカロたちを、そういう存在と推察する。 そして同時に、逃げながらも様子をうかがう中で恐るべき点に気付いた。 最初の――死神たちが逃げるきっかけを作った、ユキの放った雷吼炮。 あれを間近で受け、体を半分ほど吹き飛ばされたはずの子供。それが、いつの間にかピカロたちの集団に加わっている。 至近距離でみたその子供の顔を、ユキは忘れていない。 虚に見る超速再生の話は知っているが、致命傷を与えたとなれば今ピカロたちの中に加わっている子供のそれはそんなものではない。 ユキの知りうる言葉で表すならば「ゾンビ」と、その表現が一番合うだろう。 (とにかくあっちの体力を一気に削って、結界で閉じ込めるしかないか) 問題は、そこまで自分の体力と霊力が続くかということではあるが、今のところそれが一番現実的としか思えない。 覚悟を決めて気合を入れると、ユキは詠唱と共に霊圧を練り上げる。 少し時間と集中が必要になるが、相手が自身の後方へ集まってくれているならば、鬼道を数打つより大きなものを一つ打った方が効率が良い。 「破道の八十八、飛竜撃賊震天雷砲!」 雷吼炮よりも大きな、雷を帯びたエネルギーの塊。 反動で、踏みしめたユキの足が体ごと後ろへと押されるほどの威力をもったそれは、一直線にピカロたちへと向かい、彼らの中央を割り、彼らを巻き込み、貫く。 戦果を確認するより先に、痺れる腕を前につき出したまま畳みかけるようにユキは詠唱を続ける。 先刻も使った、鬼道の疑似重唱。 意識を集中させ己の霊圧を幾重にも編み込むことで、鬼道を一度の詠唱で、複数回詠唱したのと同じ効果を発動させることの出来る非常に高度な技。 それを縛道の八十一・断空に使用することで、本来は鬼道を防ぐための断空を、箱型の結界と同様に使用することが出来る。 いつか母に教えてもらいながらも当時は使いこなせなかったその技を、今のユキはある程度使えるようになっていた。 とは言っても「ある程度」であり、当時隠密鬼道の軍団長であった夜一を捕えるためだけにその技を磨いた、元警邏隊の軍団長である大前田希ノ進(二番隊副隊長、大前田希千代の父親である)には遠く及ばないが。 それ故に、集中力と時間がいる。 先刻、ピカロたちの虚閃を受け止めた時は単純に前方に三枚出しただけだったが、今度は六枚、それも立方体に組む必要がある。 一枚、二枚、三枚。 順調に壁を編み出し、組み合わせながら、残るは最後の一枚。 声が聞こえたのは、まさに最後の一枚を組もうとした瞬間だった。 「つーかまーえた!」 愛らしい声と共に、背後から気配が現れる。 (砂の中――!) 砂の海から現れた幼い子供の姿を、敵だとみとめるのがユキには精一杯だった。 白い小さな悪魔は、さも楽しげに口を開くとそこに光を集める。 ――無理だ。 咄嗟に、ユキはそう思った。 しかしその体を、勢いよく引き寄せるものがあった。 「……あれ?」 虚閃を放ち、そしてその口を閉じたピカロは自身の前方を見てきょとんとする。 ユキの姿が、どこにもない。 もしかして、さっきの自分の虚閃で跡形も無く消してしまったのだろうか。 だとしたらどうしよう。ハリベルのところへつれていけない。 それにこういう場合、鬼ごっことしてはどうなるんだろう? そう考えて、『とりあえずみんなに相談しよう』と自身の前方で倒れ伏す他のピカロたちのもとへ駆けつけようとする。 しかしそれは一歩すら叶うことなく、彼は地面に倒れ伏した。 その背には一筋の太刀傷。 傷をつけた主は刀をひと払いすると、ピカロへと落としていた視線を小脇に抱えたユキへと向ける。 「大事はないか」 「……は、はい……」 ユキを虚閃から救い、ピカロを背後から一太刀に伏したのは白哉だった。 予期せぬ登場に驚きながらも、地面に降ろされたユキはすぐに前方へと意識を向ける。 ユキの放った破道を受けたピカロたちは、早くも軽傷だったものから起き上がり、口々におしゃべりを始めていた。 「いたーい!」 「びっくりしたあ。あのお姉ちゃんすごいね」 「ビ り ビ り」 「あっ、ねえみて!死神のおじちゃんが増えてる!」 「ほんとだ!遊んでくれるのかな?」 「きっと遊んでくれるよ!」 「また私たちが鬼?」 「どっちでもいいよ、遊んでくれるなら」 「あのおじちゃん、怖そうだからやだぁ……」 「でも遊ぶのは多いほうがいいよ!」 「そうだよ!追いかけられるのがお姉ちゃん一人だと可哀そうだし!」 「そうそう!多い方が楽しいよ!」 おしゃべりを続ける間にも、ピカロたちは一人、また一人と復活し、まるでなにもなかったかのようにおしゃべりに加わる。 そんな彼らから視線をそらさぬまま、ユキ、と白哉は呼びかける。 「先刻、奴らの周りに結界を張ろうとしていたな」 「は、はい。……あの通り、時間が経つと復活するようでしたので……」 「もう一度、張れるか」 その問いかけに、ユキはすぐさま「はい」と力強く返事をした。 対して白哉は、ならば、と口にするとユキの肩を抱き、自身のほうへと引き寄せた。 またしても突然のことに目を瞬くユキのことなどお構いなしに、白哉は口を開く。 「奴らの隙は、私が作る。私の傍を、けして離れるな」 はい、と。もはや声にならない声で返事をするユキの傍らで、白哉は自身の刀を構える。 そして、静かに言葉を紡いだ。 「――散れ、千本桜」 その言葉と同時に、刀身が桜の花びらのごとく千々に散る。 それを見てハッとすると、ユキはすぐさま鬼道の疑似重唱へと神経を集中させた。 千本桜の刃がピカロたちを取り巻き、刻みつける。 きゃあきゃあと――悲鳴ではなく、どちらかといえばはしゃぎ騒ぐような――声をあげるピカロたちの周囲を、一枚、また一枚と断空が覆う。 作戦は、今度こそ成功した。 最後の一枚で蓋をして、詰めていた息をユキは大きく吐きだす。 そんなユキへちらりと視線を寄越すと、よくやった、と短く言って白哉はその肩を開放する。 しかし――すべては、それだけでは終わらなかった。 白哉も、そしてユキも、新たな気配に警戒を発しながら後ろを振り向く。 「ピカロたちを閉じ込めたか。存外、やってくれる」 背後にいたのは果たして、ハリベルだった。 その背後には当然、彼女の三人の従属官――トレス・ベスティアも侍っている。 「礼を言おう。かき集める手間が省けた」 「用向きは何だ」 些か厳しい音で、白哉はそうハリベルへと尋ねる。 白哉のそのたった一言にも苛立った表情を見せて食って掛かろうとするアパッチを手で制すると、ハリベルは「そうだな」と口を開いた。 「その娘を、返してもらいに来た」 それは、白哉にとって理解に難くない言葉。 眉根を寄せる白哉に向けて、ハリベルは続ける。 「言った筈だ。【預けていいと指示を受けている】と」 【返す】などと言った覚えは一言も無い、と言外にそう告げる。 「これから、藍染様は現世へ向かう。それに我々も同行するが――その前に、管理官の娘は我々のもとで厳重に保護するようにと、管理官からそう命を受けている。故に、その娘は返してもらう」 「ならば良しと、承知するとでも?」 「無論、思ってはいない」 白哉が眼前に刀をかざすと共に、ハリベルが背に携えた刀の鍔へ指をかける。 それに呼応するように、アパッチ達もそれぞれの刀の柄へ手をかけた。 緊迫した空気が、二組の間に流れる。 互いにきっかけをうかがいながら――しかし。 「わかりました」 傍らの声に、鋭い視線を投げたのは白哉だった。 そんな白哉へ視線を寄越すと挨拶のように瞼を伏せて小さく頭を下げたユキは、精悍な顔つきでハリベルたちへと顔を向ける。 そしてそのまま、白哉へと告げた。 「父さんの命令だって言うなら、私は行きます。……心配ありません。私が事を起こさない限り、私は絶対に安全です」 ザエルアポロの前例をあげるならば、確実にそうとも言い切れないのだが――しかし少なくとも、彼女たちや父親が自分に危害を加えることは絶対に無い。 そう確信して、ユキは白哉を説き伏せる。 「だから、行ってください。藍染が現世へ向かうというなら、ここで争う時間が勿体ありません」 「……」 白哉は黙ったまま、ユキの顔を横目で見つめる。 しかし不意に、諦めたように目を伏せた。 「……油断はするな」 「はい」 ユキがそう返すと、白哉はその場から姿を消す。 その霊圧は数秒と待たず、彼方へと遠ざかって行った。 |