だるい、重い体。
 投げ出した手足も指もまぶたさえ動かすのは億劫だ。

「ねえ」

 でも声は出た。
 静かな部屋のこれだけ近くにいても届くかどうかという声量、私は届かせる気もなかったんだろう。

「なんで、」

 聞きたい事はたくさんあった。
 でも言葉にしようとしたら、みんな形を崩してのどのあたりに溜まった。
 すこし苦しい。

「なにが」

 戯れに投げたボールを放って返されたようだった。
 聞こえていた。
 届いていた。

「すきだよ」

 沈黙が返ってくる、というのはつまり、返されたものがあるなら沈黙だけだったということだ。
 さっきより大きくて明瞭なはずの声は、使い方を間違えたらしかった。
 いや、言葉だろうか。よくわからない。考えたくない。

「すきだよ、私は」

 恨み、のようなものが混ざった気がした。
 もっと好きな人がいることを知ってる。
 だから当然、好きになってとは言わない。
 愛してなんて途方もない。言うだけ無駄だ。涙も。
 そういう考えの私だけれど、せめて自分の気持ちを言う自由くらいは認められたいと思う。
 どう受け取ろうとそれも相手の自由だ。
 私はこの気持ちを抱えていることに疲れた。
 捨てたらきっと楽になれるんだろう。
 でもそんな日がくるとは思えない。

「俺なんかの、どこが」

 天井を見つめて考える。
 もうずっと前の、昔の、幼かった私たち。
 私のこの執着が生まれた過程。

「やさしい」

 こぼれ落ちた言葉に私自身が驚いた。
 けれどすぐにそれはこれ以上ないほどふさわしい言葉として私のなかに落ち着いた。

「どこが」

 今もだ。
 無意識の行動だから気づけない。信じられない。
 当たり前のことをしただけだから、それに救われた人間の存在など考えてもみない。
 君は優しい。他の人間よりずっと、私に優しい。

「そういうところ」

 つぶやいて目を閉じた。
 理解されなくてもいい、私にとってどういう存在かが重要だから。
 返事など期待していない。
 言葉も、気持ちも。
 返されることを想定して投げてなんかいない。
 勝手に生まれるものをぶつけたかった。受けとめてほしかった。
 それだけと言いきるには不純物が多すぎるけれど、諦めているのだから仕方がない。
 私も彼も、寄り添うことなどとうに諦めてしまっている。
 物理的な距離さえ離れていなければ、精神的に近づけないままでもかまわない。
 私のほうでは妥協点を見つけてしまった。手遅れと言っていい。
 ときどき眠らせた感情が動くことがあっても、私は、もう、





「寝たのか」



「なあ、」





「優しいのはどっちだよ」






2011.04.01 up


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