――ごめんね
――ごめん

 僕は何も言えないまま、腕を伸ばして、泣きじゃくりながら謝る彼女を抱きしめた。


 一年前、冬のことだった。





「CD聴いてもいい?」
「ラジカセ壊れちゃったの。洋間にオーディオあるから、それで聴いて」
「オーディオ?」
「中古だったんだけど、奮発しちゃった。お父さんのレコード聴くのにね」
「…おすすめあったら教えて。私も聴きたい」

 扉の向こうの湿っぽくなっていく会話を、僕はベッドに寝そべって、聞くともなしに聞いていた。
 話しているのは母と叔母で、ふたりの父である祖父は、三年前に亡くなった。
 親子ほどにも年の離れた姉妹だが、絆は固い。
 祖父が倒れてから、母は介護、叔母は高校で看護を学んで、ふたりで両親を支えようとしていた。
 祖父が亡くなったのは、叔母が看護師として働き出す直前のことだった。
 目的を失って抜け殻のようだった叔母を母はこの家に連れてきて、それから二年近くの間、両親と僕と叔母は一緒に暮らした。
 いつまでも世話にはなれないと叔母は出ていったが、言わなかった理由のひとつを、僕はたぶん知っている。

 隣の洋間に、人が入っていく音がした。
 叔母だろう。
 やがて祖父が気に入っていたというレコードの、重厚な曲が流れてきた。
 続き部屋になっているので扉から音が漏れるのだ。
 そこに押し殺した泣き声まで混ざりだし、僕は起き上がることもできなくて、ただ息を殺した。
 叔母の様子をうかがう形になってしまったから、静かになってしばらくしてからの微かなノックには心臓がとびはねた。
「こうちゃん、いるの?」
 気まずかったが、このまま部屋にいると状況はもっと悪くなる。
 腹をくくって僕は扉を開けた。
「だから『ちゃん』てのやめてくれませんかー。俺もう高二なんですけどー」
「・・・そっか。そうだね」
 目を伏せてすこし笑った叔母を見て、すごく悪い言い方をした気分になった。
 べつに謝られたわけでもないのに。
「聴いてたの、なんて曲?」
「知らない、どれでもよかったから。どこかで聞いたことはあったけど」
「ふぅん」
 箱ティッシュとくずかごをつかみ、叔母の横をすり抜けて洋間に入る。
 適当なレコードをかけ、音を部屋いっぱいに満たして、僕はソファに座って隣を示した。
 ティッシュは傍ら、くずかごは足元に設置済み。
 いつでもどうぞというわけで、僕なりの気遣いだ。
 僕は天井のすみをじっと見る。くもの巣はないな、と。
「…だめだよ」
「何が」
「優しく、しないで」
 お願い、と震える声が続ける。
 そんなの余計に放っておけるはずがない。
 だが僕は二度と、自分からは彼女に触れないと決めた。
「何もしてない」
「…こうちゃん」
「レコード聴いてるだけ」
「………横、向いて」
 言われたとおり、足を組んで、隣に座った叔母に背中を向けた。
 叔母が僕の服を強くにぎる。
 額が背骨に当てられて、叔母が声を殺すたび、ぎゅっと押しつけられた。
 レコードが壊れてしまったらいいとすこし思った。






2011.01.15 n
2011.03.29 up

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