恋とは呼べないスカラー*


後悔先に立たず。同期の五条悟に手を出してしまったこと、手を出されてしまったこと。

私が溺れてしまったこの沼は深くて、それなのにあまりにも甘美だった。苦しくて辛いのにずっとここにいたいと心の何処かで願っている私は、何度か目の前に投げられた救出のロープに手が届かないふりをし続けている。

「キミを大切にする」「結婚を前提に付き合ってほしい」、そんな精一杯の愛の言葉をくれたマトモな男の人を足蹴にして、今日も悟の気まぐれなお呼び出しLINEを犬のように待っているのだ。
不毛すぎて泣けてくる。私はこのままこの沼で溺れ死ぬのか、それともいつか悟が掬い上げてくれたりして。
仮に掬い上げられたとしても、アイツのことだからまたすぐにぽちゃんと落とされるに違いないけど。


悟の部屋を訪れる時、私はここに来て良かったのかいつも分からなくなる。頭で考える前に、足が勝手に動いて私の意識を悟の元へ運んでしまう。身体は正直だね、って悟が言いそうだけれど私もそう思う。

やっぱりこんな不毛な関係は今日で終わり、しっかり恋愛できる人を探す。そう決意を固めた途端、鳩尾がギュッと持ち上がって息が少し苦しい。ため息まで出る。
それなのに、インターホンのボタンに反射している私の顔には、期待に満ちた笑みが浮かんでいた。

都合の良い女は今日で終わりだ、最高で最低な五条悟よサヨウナラ。今日が悟とのヤリ納めだ。めちゃくちゃ気持ち良くしてもらおう。これは断じて性欲の言い訳ではない。

気合を入れてインターホンを押そうとした瞬間、ゆっくりと重厚なドアが開いた。
焦がれてやまない、奇跡かの如く綺麗な白い光がひょいと現れる。これがヘイローってやつだろうか。相変わらず光の輪を纏っているみたいに綺麗な悟が、私の目を見てほんの少しだけ笑った。
そうして「なまえ」、とベルベットのような声で私の名前を呼ぶ。その姿を見て、その声を聴いてやっと気がつく。やっぱり私はここに来るべきじゃなかった。

ヤリ納めって、今日じゃなきゃ駄目?




「悟、お話があります」
「んー、後でね」
「ちょっと」
「暴れないの」

悟の身体に包まれてひたすらに唇を重ね続けているうちに、いつもあっという間に玄関からベッドルームに移動しているのが不思議だった。

これも悟の術式だったりして。まつ毛なっが。それにしても本当にコイツはキスが上手いな、そんな取り留めもないことを考えているとますます「ヤリ納め」の決意が有耶無耶になってくる。

悟がキスの合間に小さく漏らす吐息が熱くて、悟が私とキスをして興奮しているというその事実が堪らない。
普段は全部どうでもいいみたいな軽薄さで誤魔化すくせに、彼が欲望を誤魔化さないこの瞬間。
私と悟の関係がそれだけだとしても、何もないよりはマシだと思っていた。


「脱がせやすい服だね。ありがと」
「そういうわけじゃないよ」
「冗談。おしゃれして来てくれたんでしょ。似合ってて可愛い」

腰に回されていた手が背中に添えられる。さっきまでのエロいキスで私の身体の奥に欲望の火を着けたくせに、今度はそれをなだめるように優しく背を撫でる。
私から懇願するのを待ち構えているのであろう悟が、目尻をゆるりと下げて綺麗に微笑む。

「なまえにすっごく会いたかった」

背中に添えられた手はそのままに、悟の身体が覆い被さってくると私の身体はいとも簡単にベッドへと沈み込んでしまう。悟の手が身体の線を確かめるように滑り始めて、期待と焦燥で腰が疼いた。
駄目、駄目だって。

「っ駄目!悟、先に話がある!」
「……なぁに」

両眉を上げた悟が、少し不満げに唇を尖らせる。
“待て”状態の犬みたいだ。私が。

「あのね、今日で悟とこういう事するのは最後にする」
「はいはい。何回目?それ言うの」
「今回は本当に本気」
「それも何回目だよ。どうせ僕のところに戻ってくるくせに。いい加減諦めろって」
「……私、ちゃんと恋愛したい。人と真剣な関係を築きたいの」
「真面目だね。なまえのそういうところ大好き」

鎖骨のくぼみに悟の唇が埋まる。そのままくすくすと笑われると振動がくすぐったい。
頬に当たる髪が柔らかくて擦り寄ると、微笑んだ気配の悟が首筋にちゅ、と吸い付いてくる。跡付けないでっていつも言ってるのに、全く聞く気は無いらしい。

「そういうわけだから、今日で終わりね」
「駄目」
「何でよ」
「僕が寂しいじゃん」

「それにさぁ、」自身の黒いTシャツに手を掛けて、それをばさりと放った悟が髪をかき上げる。
気怠げに見える表情のまま、私を嘲るように笑った。

「僕もオマエも無理なんだよ。お互いを断つのなんて」

そんなこと分かっている。それでも断たなきゃ、私は溺れて死んじゃうかもしれないのに。弧を描いたままの悟の唇が、私の唇を柔らかく塞ぐ。
形だけでも抵抗したくて、悟の胸を数回叩いた。
苦しい。私だけが苦しくて、甘い。




「ほらなまえ。べーってして」
「ん」
「良い子。いつもそんくらい素直なら良いのにねえ」

散々身体のあちこちを悟の指先で擽られて、抵抗も理性も働かなくなった私の舌を悟の舌が絡めとる。滑らかな腕にしがみついたまま、悟の舌が与えてくれる快楽にただただ酔っていた。

頭がぼんやりする。この靄が晴れるような、もっと鋭い刺激が欲しくて堪らない。
悟の腕を誘導しようと力を込めているのにびくともしなくて、合わされた唇が意地悪に笑うだけだった。

「さとる、」
「なまえ、僕に何して欲しいのか言って」
「っ……」
「最後なんでしょ?聴かせてよ」
「もう……触って、きもちいことして」
「いーよ。何でもしてあげる」

秘部の周囲をかすめるだけだった指先が、下着をするりと落とす。触れるか触れないかの距離のまま、敏感なところを何度か掠めた。
高まる期待に跳ねた身体が強く抱き締められたと思った瞬間、ずるりと指の腹で敏感なところを撫でられて大きな声が漏れる。

「あ、っん」
「ふふ。かわい」

唇を塞がれたまま、悟の中指が中に埋まる。馴染ませるようにゆっくりだった動きが次第に激しさを帯びていって、私が一番弱いところだけを執拗に責め立てる。ぐちゃ、ぐちゃと悟の指の動きに合わせて水音が響く。

キスで声が塞がれていても、悟は私のして欲しいことが分かるみたいだった。人差し指も埋められて、揺らすようにナカを刺激されるとあっという間に達してしまって意識が白む。

「あ、まって、まだ」

イッてる、と言いたかったのに、止めてくれないその指の動きのせいで嬌声になってしまう。太腿の裏が冷たくなるような感覚がして、脚も手もお腹の奥にも力が入って身体が大きく逸れる。

立て続けの絶頂に、自分でも分かるくらいナカの収縮が止まらない。あまりの鋭い刺激にどうにか身を捩りたいのに、悟の腕はそれをも許さない。

「ぁ、やだ悟っも、やだ」
「やだじゃないでしょ。なんて言うの?」
「ぅあ!ん、あ」

無意識に浮こうとする腰もベッドへと押し付けられる。絶頂の境目が分からないくらいに追い立てられて、私の良いところを延々と指先で掻き回し続ける悟は、無言のまま笑うだけ。

自分の喉から漏れ出る、この大きな嬌声が不釣り合いに思えてくるくらいの、その静かで綺麗な微笑に腹が立つ。
私だって可愛い顔で、可愛い声で喘ぎたいのにこれじゃあまるで獣みたいだ。

「も、おねがっ、い、ねぇ、入れて」
「……どーしよっかな」
「う、おねがい」
「じゃあなまえが自分で入れて」

腕を引かれ、悟の上に馬乗りにさせられる。ピルを飲んでるとはいえ普段はなるべくゴムを付けてるけど、今日で最後だと思うと本能に抗えない。
悟のものを数回ゆるゆるとしごいて、先端を膣内にゆっくりと埋める。腰を落としきると、寝そべる悟の白い喉仏がごくりと上下した。

「う、きもちぃ……さとる」
「ちょっと、なまえ締めすぎ。ヤバい」
「だめ動かないで」
「無理。我慢できない」

下から数回突き上げられただけで、奥への抽送に飢えていた私の身体は悟のものをぎゅうぎゅうと食い締めてしまう。ずるりと膣壁を擦られるたびに痺れるような甘い快楽が身体に広がって、わざとゆっくり腰を使う悟の意地悪な視線がそれを助長する。
悔しくて前後に腰を動かすと、咎めるみたいに太腿に爪を立てられた。

「なんかなまえが上だとエロすぎるなあ。見てるだけでイッちゃいそう」
「うそつき」
「本当だよ。すごく綺麗」

冷静な口調とは真逆の力強さで、身体がふわりと持ち上げられる。悟の大きな身体と一緒に反転させられてぺたりとうつ伏せになった途端、後ろから激しい律動が再開された。

「っ、や、あ!ぁ」
「なまえこの体位好きだよね」
「ん、やば」

お尻を強く掴まれ、腰を叩きつけられる。お腹側の気持ちいいところに悟のものが当たり続けるから、数分でちかちかと視界が点滅し始める。
思考がまとまらない。気持ち良すぎて馬鹿になりそう。

うつ伏せのまま涙と喘ぎ声を漏らしながらひたすらに悟に突かれ続けていると、自分が自分でなくなってしまうような気がして思わず手がシーツの上を泳いだ。

悟の大きな手に縫いとめられて、こめかみにキスが落ちてくる。かかった吐息が熱い。
ああ、悟も気持ち良いんだと思うと愛おしくてたまらなくて、膣内にぴたりと埋められているそれを抱き締めるみたいに締め付けてしまう。

「なまえ、ヤバいって。1回イッていい?」
「っ、うん、いいよ」
「ねえこのまま中に出したい」
「んん、あ」
「いい?」
「んっ、ぅあ」

耳元で、蕩けそうなくらい甘い声が響く。限界まで奥に埋められたそれを擦り付けるように腰を揺するくせに、良いところはわざと外したまま律動するせいで絶頂が掴めない。

悟を甘やかしたくないのに、このままじゃ頭がおかしくなりそうだった。イきたい。めちゃくちゃに奥を突いてほしい。揺れる私の腰を悟の力強い手が制する。どんどん溜まっていくフラストレーションが理性を侵していく。

「ねえ、なまえの奥に出したい」

その言葉と吐息が、私の耳元で溶ける。どうしようもなく抗えない本能のまま、半ば叫び声のように悟に懇願せざるを得なかった。

「わか、ったから、も、イかせて」
「ありがと」

確信犯の言い方。そう思ったと同時に悟の動きが激しくなって、目の前が真っ白になるみたいな快楽が下腹部から広がる。
あまりに鮮烈なそれに息を止めてしまいそうになりながら、もう何度目か分からない絶頂に震えていると背後の悟が苦しげな声を漏らした。

「っ出すよ」
「ん、だして」

びく、びくと悟のものがナカで吐精しているのを感じる。数回、ゆっくりと抽送されて奥へ奥へとそれを押し込まれる。
その背徳感とさっきまでの絶頂のせいか、私の下腹部はいつまでも収縮を続けていた。




「なまえん中ずーっとびくびくしてるね」
「……言わないで」
「すっごい出た。抜いたら多分溢れてくるよコレ」
「悟ティッシュ取って」
「あー、届かないかも。このまま移動しよ」

繋がったまま起きあがろうとすると、お互いの脚やら腕が絡みあってなかなか上手く移動できない。
立ち上がろうとすると乱れたシーツのせいで上手くいかず、2人して裸のまま絡み合ってもたついていると、さっきまでの艶やかな時間が嘘のように思えてくる。

「ちょっと、悟の脚邪魔」
「ごめんねぇ長すぎて」
「うっざいなあ。……ねぇお風呂場まで運んで」
「はいはいお姫さま」

繋がったままいわゆる抱っこみたいな体勢になる。これ、結構好き。悟の広い胸に耳をぺたりと押し付けると、どくんどくんと速い鼓動が聴こえて安心する。
私と悟は同じ沼にいるのかもしれない、と思える。

本能のまま身体を繋げあって、こうしてお互いの味を知る前、それこそ高専の頃と同じように戯れ合う。結局ここが私たちにとって最も居心地が良い場所なのかもしれない。

悟と一緒にいられない時の辛さは相当なものだけど、悟と一緒にいられる時の幸せったら、それはもう、

「なまえ」
「なに?」
「来週の金曜日もウチ泊まりに来なよ」

きらきら、青く光る悟の瞳がうっとりと細められる。
甘えるみたいに笑いながら鼻先を擦り合わされると、私の答えなんてひとつしかない。

「……うん」

ヤリ納め?何だっけ、それ。





BACK





×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -