花の色


同期って良いものだ、としみじみ痛感したのは、25歳を超えてからだったと思う。
高専の頃は寮生活だった事もあって、たまに喧嘩をしたりギスギスもした。卒業式では一応ホロリとしたけれど、あの頃よりも今の方が、断然その大切さに深みが増している。

辛い、楽しい、苦しい、そんな諸々を、全く同じ時期に経験する他人というのはそうそういない。大切にしなくちゃと気がついた時には、1人欠けてしまったけれど。


3人でレジャーシートを敷いてお花見するのも何だかなあ、ということで、中目黒沿いを3人でぶらぶら食べ歩きした後に適当な飲み屋で飲んで食べて解散、というルートの予定だった。
硝子から「急患。今日無理」というシンプルなLINEが届いたのは集合時間の30分前、19:00。
最寄駅のホームで思わず「嘘でしょ」と声に出てしまった。硝子がいないってことは、悟と2人?……まあ良いけど、悟と2人っきりって、かなり久しぶり。


五条悟と私は高専の同期だ。入学式の日、桜の渦の中に立つ悟を見た瞬間、桜の精霊みたいに綺麗な彼に、私は一瞬で恋をした。
そこそこ甘酸っぱい紆余曲折を経て、夏頃にくっついた私たちだったけれど、私も悟もまだまだ子どもだった。甘くて美味しいらしい“恋愛”というお菓子を、扱い方も知らないままに散々弄り倒して、結局壊した。

要するに私たちは何もかも失敗したのだ。
「別れよう」とかいう言葉があったかも記憶にないくらい自然と、次の桜の時期には私と悟はただの同級生に戻っていた。

元カレ、というのもどうかと思う。触れるだけのキスはしたけれど、あんなの今となってはハグと変わらない、ごく可愛いものだ。
全く意識していないと言えば嘘になるけど、悟の方は全く意識していなさそうだった。むしろ、覚えていないのかもしれない、と思うほどに。



「なまえ〜!こっちこっち」
「おまたせ。相変わらず待ち合わせしやすくて助かる」
「こんなイケメンのハチ公いないよ」
「ハチ公は忠犬だよ。悟なんかと一緒にしちゃ失礼」
「僕もだいぶ良い子になったでしょーが」
「うーん、どうかな」

19:30を少し過ぎた中目黒はちょうど夜の入り口に差し掛かっていて、桜を照らす淡いライトアップがキラキラとピンクに映える。
光に誘われた人々がまるで虫のように桜に集まって、悟の目線から見たらそれこそ蟻の行列みたいに見えるのかもしれなかった。

特段、花が大好きというわけでもないけれど桜だけは別だ。この時期特有の肌にしっとりと馴染む気温と、それに溶けるみたいなピンク色に心躍らない人間っているのだろうか。
どこまでも続いて欲しいような目黒川沿いの桜を眺めながらも、隣の悟は相変わらずペラペラと喋り続けていた。

「なまえ、南極って超臭いらしいよ。ペンギン死ぬほどいるけど、空港に降り立った瞬間からもう死ぬほど臭いんだって」
「へーなんで?」
「さあ。僕別にペンギンに興味ないし」
「あっそ」

すれ違う女の子は全員振り返って悟を見るけれど、悟はそれもペンギンと同じくらい興味なさそうだった。
悟が特定の女の子と付き合ってる話を、これまで一度も聞いたことがない。実体験を元にすればコイツが25歳の大人になったとはいえ、あの頃と別人並みに恋愛上手になったとも思えないけれど、それでも今の悟はペラペラと喋りながらも私の身長まで身を屈めてくれるし、通行人からさりげなく守ってくれていた。

何だかんだで、実は本命の大切な子とかいるのだろうか。いつもは無意識に避けていた恋愛の話も、横並びで薄暗いこの雑踏の中でなら素直に言葉になった。


「……悟ってさ、女にも興味ないの?」
「え、何それ。何かの疑惑かけられてる?」
「可愛い子と歩いてたとか話には聞くけど。悟、彼女っていた事なくない?」
「ハァ?あるじゃん。オマエ」
「え」

何言ってんの?と言わんばかりのその声色に、思わず変な声が出て足がピタリと止まった。

池尻大橋駅の方、目黒川沿いでも少し空いてるところに差し掛かっていた私たちの周りには、たまたま人が少なかった。悟の顔を見上げると、その美しい白銀の髪に桜のピンクがぼやぼやと溶けていきそうだ。サングラスから覗く宇宙の朝色の瞳にライトアップが反射して白く光る。
ざぁ、と風が吹いて、散った花びらが渦を作った。悟がもう一度私に言い聞かせるように綺麗な唇を動かすと、その光景の全てがあまりに美しくて完璧で、スローモーションみたいに見えた。


「僕がちゃんと好きで付き合ったの、なまえだけだよ」
「……そ、う」

あの春の日も、今日の春の日も、桜の渦の中に立つ悟を見ると、私の心は一瞬で彼に奪われてしまうのだ。今の私だったら悟と、今の悟だったら私と、どうなるんだろう?

心の奥深くに沈めていたはずの、幼い恋の燃え滓に火が着いた気がして、その火が私の頬をじりじりと燃やしはじめる。赤くなっていることを悟に知られたくなくて早足で歩き出そうとした瞬間、手首をスルリと取られた私は、もう後にも先にも進めなくなった。

「なまえ、顔真っ赤」
「うるさ」
「さっきも言ったけどさ。僕、だいぶ良い子になったと思わない?」
「……そう、かな」
「うん。今なら僕たち、大丈夫だと思う」
「随分と自信あるんだね」
「ねえなまえ、僕のことまだ好きでしょ」
「……悟、性格悪い」
「ははっ、知ってるくせに。……僕はなまえのこと、まだ好きだよ」

「やり直してみよーよ」と言って、私の手首を掴んでいた悟の手が私の指に絡まる。
あの日、「付き合おっか」とぶっきらぼうに呟いた15歳の悟と同じくらい、あっさりした言葉とは真逆の真剣な顔をした25歳の悟は、相変わらず桜の精霊みたいに綺麗だった。

「悟が珍しく真剣な顔してる」
「そりゃそーだろ、これでフラれたら僕立ち直れないかも」
「……それは、大丈夫」
「なまえ。ちゃんと答えて」
「私も、悟のこと好き」
「うん、ありがと。今度はしっかり愛するよ」
「うん」

更けてきた夜の黒に、桜のピンクと悟の白が光って眩しい。混ざって溶けちゃいそうなくらい優しく微笑んだ悟を、今度はしっかり捕まえようと彼の胸に飛び込むと、その腕もしっかりと私を抱き締めてくれる。
15歳じゃあるまいし、良い歳した男女がこんな所で抱き合って馬鹿みたいだ。思わず自嘲すると、悟も同じタイミングでくすくすと笑い始めた。

「僕たちさ、もしかして結構恥ずかしい?」
「気づいた?恥ずかしいよ」
「じゃ、移動しよーぜ。僕んちからも桜見えるし」
「悟んちって高層階じゃないの?」
「見下ろせば桜も人も虫も一緒だろ」
「相変わらずムードがないなあ」
「照れ隠ししてんの。……気づいて」

さっきからずっと繋いでいた右手が、悟の唇に押し当てられ、柔らかく食まれる。
悟の初めて見るその顔は、桜の精霊なんて裸足で逃げ出しちゃうくらいにとんでもなく綺麗で、スローモーションみたいに見えた。





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