音駒人狼・序(六)

「あれっ」
二作目の本編が始まって分も経たずに声を上げる。
じわじわと不穏な空気に纏われるような始まり方だった一作目と違って、今回は最初にナレーションが入った。
高校最後の夏休み。目覚めたらクラスメイト達がいた。うちらはどっかの誰かに拉致された。
「さっきと違う子なんだ」
「そういうことですね」
「えっ、さっきのあいりちゃんとこのみちゃんの二回戦はやらないの?」
「原作は続きで出されてるらしいけど、映画版は違うんだとさ」
視界は映像を映したまま、小声で短く話す。
確かに、昨日検索したこのシリーズのパッケージ画像には色々な女の子が主人公のような写り方をしていた。初っ端から斧を振り下ろす直前の女の子のカットも入り、BGMもアップテンポのピアノ音源が使われている。ナレーションの言う通り、全く違う高校生たちのゲームが始まるらしい。拉致されて、気を失い、目覚めたところから本題が進む様子は前作と似ているが、なんとなくテンポよく話が進みそうな印象だ。
次々に起き上がり、各々状況に戸惑うそぶりだが、全員クラスメイトらしくやりとりも気安い感じ。その中でヒロインらしい女の子は小声でなにかを呟き、おもむろに裸足になる。
えっ、なんで?と不思議に思う。
また何かを囁いているようで、今度は少しだけ聴こえるレベル。
「……もしかして、歌ってる……?」
まさか、という意味をこめて疑問を投げたが、隣からは「歌ってますネ」とマルをつけられる。
なんで?とさらに思ったところでその瞬間、突然の大声で肩が跳ねた。
まるで気合を入れるように叫んだ女の子は、クラスメイトの注目を浴びる。それを一切気にする様子もなく、そのままゆらゆらと歩き出すのだ。クラスメイトから呼びかけられ、なんで裸足なのか尋ねられ、答えが『裸足になりたいから』とは、相当にマイペースな子なのだろうか。女優さんの顔立ちももあるが、気の強そうな子だ。
クラスメイトとか普通に蹴るし。
とにかく破天荒そうな女の子で、観ているこちらの気持ちも一気に話へ惹き込まれていった。

「今回は役割が多いんだね」
「預言者の他に『用心棒』と『共有者』がいるからな。本当はもっと色んな役があって、人数とか状況で配役設定して遊んでいく感じ」
「そうなんだ。確かに、推理の手がかりになる役がいるよね」
「人狼に味方する役割もあるけどね」
「人狼……、今回この主人公が人狼なんだよね。強そう」
「心は強そうだよな」
「ていうかこの子、あれだよね。初めてじゃない感じだよね」
ほら今も、多分武器とか探してる。
ふざける男子に『死ぬし』とか言ってたし。
前作の主人公も村人で、ゲーム終了後に後半戦の始まりです、といってラストは人狼のカードをもらっていた。このみちゃんのお姉さんと人狼だった男の子も二回目とか言っていたから、人狼は二回戦となる人が配役されているんだろうな。
登場人物たちは、自分が拉致されて見知らぬ場所に寄越されたことは把握しても、本当に人狼ゲームを現実にプレイしなければならないということをまだ理解していない。経験のある、人狼役以外は。
助けを呼ぶ手段がひととおりつぶされた後、テレビの部屋に集結して陣を囲む。
おあそびモードは健在のまま、ただ人狼をプレイしたことがある子から現時点で怪しいとされる人物に目星をつけて話し合いのきっかけにするという予備投票が提案されたり、自分のカードの配役を公言するカミングアウトと、後追いのカミングアウト案が出てきたりして真剣に考える子が目立ち始めた。
「はー、なるほど」
「共有者のシステム、わかった?」
「うん。えっ、すごいね?人狼を引っかけられるんだ」
「これでうかつに疑いを掛けられなくなった」
「人狼の子、相棒の子の方がちょっと焦ってる」
「主導権握られちゃったからな」
うん、と返す。
共有者だと名乗り出た女の子が先導し、順を追って初日の話し合いを進行し始めた。黒尾によると、彼女のように村人であることはほぼ間違いない『確定白』が進行役になることはままあるらしい。少なくとも人狼たちに場を掌握されて村人を減らすことを避けたいのだという。色々と考えられたゲームだなと思いながら経緯を眺めていると、初日に『処刑』する人間のところで当然もめだした中、なんと俺に投票してという子が出てきた。
電池を使って助けを呼べないかと言い出した、優しくて頭のよさそうな男の子だった。
この時点で、まさかふざけるわけでもないのに。
本当に助けを呼べないのかどうか、建物の外に出てみるので自分に投票しろという男の子に、表情を変える人狼の相方の女の子。
「これは……つら……」
「勇敢なんだけどね。この子にとってコレはね」
「えっちょっと、待ってつらい……善人つら……」
たまらず黒尾の腕をとって、今度は頭をその後ろに隠す。片目だけはみ出させて画面をうかがう。よどみなく進む映像はすでに出入口で引き留めようとする人狼の女の子をクローズアップしていた。思い合っている男の子が、これから死んでしまうのだ。ついには泣き出してしまう女の子に引っ張られて、私も涙腺がやばい。つらい。相手の男の子が、善人百パーセントなのも余計につらい。
縋りつき、
引きはがされて一歩、
彼が建物の外に出て
そして――――
彼女の絶叫が反響した。

うかがうような視線を横から感じ、握った手の親指を立てる。
すべてのシーンを経たあと、クレジットの流れる最中これまでに受けた様々な衝撃に神経を揺さぶられ、涙がこぼれて仕方なかったが一気に観ることができた。ティッシュに手を伸ばし鼻をかむ。目元も拭うとアイカラーのブラウンがごっそりと剥がれ落ちてしまう。うわやっちゃった、と顔をしかめる。
「おっとぉ?みょうじサンのかわいいお顔が〜?」こんな時ばっか近づいてくるでしょ。
「こっち見ないで」メイク道具をしまっているバスケットは黒尾の図体を乗り越えたサイドテーブルの中段に置いてある。ニヤニヤと笑う黒尾から顔を隠そうと片手で覆いながら手を膝をついて巨体を跨ぐ。
「おやおや。いつになく積極的」
「なに言ってんの……ちょっと、膝立てないで。戻れない」
「いや〜イイ光景だあ」
「どこ見て言ってんの、変態!」
明らかに胸元へ視線を寄越す変態を力いっぱい罵ったが、その笑みは消えないまま。奴が急に膝を立てるので、その巨体をどうにか跨いだ体勢から戻りたいのに、後ろが見えにくい上に難易度が跳ねあがって身動きがとりづらい。目的のバスケットはもう目前なので、とりあえずそれを掴もうと前進して腕を伸ばす。その際、少しばかり互いの身体が触れてしまってぎくりとする。腰がひけると今度は障害物の膝にもお尻がぶつかった。かっと顔が熱くなる。ただその勢いのまま、力ずくで障害物を押しのけると元の位置に戻ることができた。再び隣同士に腰を落ち着かせ、目的のバスケットを抱えたままうつむいてしまう。自爆してどうする。
「…………」こんな時こそ、軽い調子で茶化してくれたらいいのに。さっきまで堂々と人の胸元を凝視してからかってきた人間と同一人物とは思えない沈黙状態の黒尾。触れた瞬間、その身体が自分同様硬直したのがわかった。恥ずかしさが過ぎて表情こそ窺えないが、もしかしたら私と大差ない顔をしているのかもしれない。
「……ていうか」沈黙に負けて口を開く。
「自分から悪戯仕掛けといて、無言はないでしょ。無言は」
「あー……」と惑ったような声色が降ってきた。
「……結構な、お身体をお持ちで?」
なんで疑問形なの。と思ったが、ぎこちなくとも言葉が返ってきて息を吐く。
「そこは大変結構な、でしょ」
「ハイすみません」

「なんかさっきの、普通におもしろかったな」
目元のメイクを直しながら感想をこぼす。
「あんなにシクシク泣いてたのに?」と黒尾は再び余計なことを言うが、二作を続け観てもった感想は変わらない。
「泣いたけど。なんだろ、色々人間関係とか深くて。あと役職が多くて複雑だったのと、驚くことが多くて結構めまぐるしかった。あっという間に終わった感じ」
「そうだな。見応えあったと思う」
「アレさあ、人狼側は結構理性的に行動してたように見えたけど、村人側がことごとく予想外の行動して人狼側が振り回されてたような」
「用心棒の守る相手とか特にな。アレは致命的すぎた」
「用心棒もそうだし、村人側の嘘もやばかったよ。特にさ、あの恋人同士のやつとか。あれなに?もう本当に男が最低すぎる」
「な。あの女の子、最後もう完全に壊れちゃって、痛々しかったわ」
「自分から来たんだもんね。恋人連れて……つら」
なんと、登場人物の約半数は、命がけの人狼ゲームが行われると知った上で自らあの場へ赴いたことが作中でカミングアウトされる。自分たちの生死をかけたゲームを、まるで見世物のようにすることを是とする心境は最後まで理解できないままだった。けれど、人狼の主人公と村人の子の関係とか。感情をむき出しにして行動するそれぞれの登場人物の姿とか。複雑になってきたゲームとその戦術とか。主人公の、これからとか。一作目にはなかった様々な要素が駆け抜けるように流れていって、このシリーズに対する印象は変わった。心を大きく動かされる作品なのは間違いなかった。
「ねえ。あの配役で実際ゲームやったら、人狼ってかなり不利だよね?」
「だと思うよ。共有者ありでやったことないけどな。預言者と狩人だけなら使えた戦法が、共有者がいると使えなくなるとかなりキツい。特に誰かに人狼なすりつけるやつとか、共有者の片割れ伏せられるとな」
「あー、なるほど」
使い終わったブラシをパレットにしまい蓋をする。それをバスケットに戻し、今度は脇に置いておくことにした。まだ残り六作もあるのだから使い時はありそうだし、何回もあんな状態に陥るわけにもいかない。
「おお。カワイイカワイイ」
「……どうも」
流しっぱなしにしている三作目の予告編ムービーもちょうどいいタイミングで本編に切り替わるようで、再び画面は暗転した。

緩やかな、目覚めから始まる。
まどろみを残しつつ、ぼんやりと開かれていく視界に真っ先に映るのは、一人の男の子の寝顔だった。
――最初に彼が見えた。
朝日のようにやわらかく白む、清涼な自然の光で照らされる彼と彼女。
瞼を固く閉ざし、眠り続ける彼を、彼女は目覚めたままの姿でぼうっと眺めている。
――他の人達は、みんな脇役。
――彼以外の人達は、背景の一部だった。
手のひらを床から剥がして腕を伸ばす。
――彼だけは特別。
その先にいる彼に向かってまっすぐに。
――やっと。
――運命の人を見つけた。
そんなやさしい光景から始まった。

モニターが青く灯る。
そこにたった一言表示される。
『ゲームの始まりです。』

「人狼が三人!」モニターに表示されるおなじみのルール説明。その文章を読んで声を上げてしまう。
「増えましたね〜」と、視聴済みの黒尾はまだ余裕たっぷりに画面を眺めている。
「うわぁ……この、リアル人狼で三人はやばいって、三人は……」
「構成出てますよ、みょうじさん」
「わっ。ちょっと、一時停止」
リモコンを操作して画面の映像をいったん停止する。パッと見えたその画面には、これまでよりもはるかに多く行数があるように見えたからだ。そして停止した画面をじっくり眺めるに、やはり複雑そうな振り分けが書かれている。人狼に村人、預言者と用心棒はこれまでに登場した。前回あった共有者は消えている。その代わり、見慣れない『霊媒師』と『狐』という役割が新たに出てきたようだ。
『狐』はこの映画のサブタイトルにでもある。
また違った出だしの演出の雰囲気も相まって、どんな話になるんだろうと胸がはやった。

「う、うわ〜っ。ひとり勝ちなんだ。せっかく、恋をしたのに……そんなんばっかりだ……」
「恋をするシチュエーションがおかしいけどね」
「原則的に、恋愛はうまくいかないんだね……悲しい……」
「もう悲しくなっちゃったの」とおかしそうに笑う声。
確かにまだ開始七分で、まだ誰も死んでいない。
悲しくなるには早すぎるのかもしれないけれど、ここまでシリーズを観てきてハッピーエンドで終わる恋愛関係がひとつもないのは、現在恋愛中の女子としては耐えがたい。その気持ちを少しは理解してほしいところだ。
「エ〜ッ。しかも、エッあの子、もう受け入れちゃってるよ!?恋しちゃってるよ!?ルンルン状態になってる!?あの状況で!?」
「ネ。まさにクレイジーフォックス」
「タイトル回収が早いよ」クレイジーすぎる。
話が進んでいく。
人狼経験者のひとりが、かなりテキパキと進行しているので、頑なにゲームを拒否している人がいるにもかかわらず早々に話をまとめあげて預言者のカミングアウトにチーム分けからの探索まで場面が進む。その間にも主人公らしき女の子は、意中の男の子と話す他の女の子に嫉妬するような、いやそれよりも強い感情を静かに蓄えているような表情を見せる。
ふわふわしていて、とらえどころのない、彼女の発言がどこか現実から乖離しているように感じるのは、恋に落ちたときの地に足つかないあの心地のせいだろうか。それとも、彼女が元々そういう性格なのだろうか。あの状況で、リーダーシップを見せる男の子とはまた違った意味で落ち着き払っている。その理由は少しして明らかになった。
「今回も二回目の子なんだ」
いわゆる『前半戦』で一緒だった女の子と密談をしている場面。相手はかなり強気な髪の長い女の子。初回は村人だったというので、狐の女の子が言及したように、二回目の人には何かしらしんどい役職が回されている可能性は高いと思う。一作目の人狼も二作目も二回目の人だった。今作ではじめて、村人側・人狼側以外の役職が出てきたが、これはこの人狼ゲーム全体の試合回数によるものなのだろうか。
そんなことを考えながら映像を眺めていたとき、彼女が言った。
――私の運命の人。
――彼とここを出て行けますように。
静かに、穏やかな声色でそんなことを願うので、とても歯がゆい気分になる。
初日の話し合いの場面。
明らかにゲーム玄人のような主張の述べ方と、追い詰め方に息をのむ。畳みかけるように展開し、そして投票が終わる。新たに今回からつけられた首輪がひとりでに作動して、作動して、作動して――
「く……首輪が締まるタイプになったんだ……」
「血しぶきはなくなったね」
「……ス、スムーズに……なったね……」
「そうだね。生々しくなったネ」
なんとか返事をしている、といった私を「みょうじさんや」のんびりした声が呼びかける。
「いつでも――空いていますよ」と、謎に溜めた言い方をして隣り合わせた方の腕を浮かす黒尾。
腕を取れ、と言わんばかりだったこれまでとは少し異なり、空けられたスペースはまるで、ひと一人がすっぽりと入りそうなほどの空間で。
私は少し迷って、考えて、悩んでから、結局そこへおさまった。

「あ。違う陣営の様子も映すようになってる」
「なんか探してるね」
「なんだ、やっぱりあの子人狼だったんじゃん」
「黒尾残念だったね」と見上げる。ん?と不思議そうに見下ろしてくる黒尾に、ああいう子タイプだったじゃんと言ってやる。
「俺タイプとか言ったっけ?」
「言ったよ。髪が長くてサラサラしてて、あとミニスカート」
「あ〜間違いではない。けど殺す気満々な人とはちょっと付き合えませんね」
「観ろよナイフギラギラさせてんじゃん」と、場面はちょうど夜更けの調理場でナイフを見つけて息を荒げているシーンだ。
「タイプじゃん」
「違います。俺どんなイメージ持たれてんのよ」

「ねえ、なんか、あの子どんどん怖くなってくんだけど」
がっしりした、安定感のありそうな銅に巻きついて映像を直視する。
「やばいね〜夜久のタイプの子」
「えっ。夜久くん、そうなの?」
「昔な。ショートヘアが好きって言ってた」
「へえ!そうなんだ。それ言ってよかったの?」
「どうだろうね。蹴られるかも。怒んないとは思うけど」
「怒んないのに蹴るんだ……?」じゃあやっぱり蹴られてばっかじゃん。大丈夫か、と思いつつも大木にしがみつくようにしっかりと腕を回す。コアラにでもなった気分だ。安心感にしがみついて、スリラー映画を鑑賞する。
画面は新たな展開を迎えていた。
「アッ!やばいよ黒尾、タイプの子が!」
「人狼ってバレちゃった!」おそらくは本物の預言者であろう男の子に占い結果を出され、窮地に立たされた人狼の女の子。緊迫したその場面に気になる頭上を見上げる。さっきはノったくせに、険のある笑顔で見下ろす黒尾は「タイプタイプってうるさいね、お前は」と、ひとが脇に避難しているのをいいことに、腕に力を入れてギリギリと締め上げてきてたまらず悲鳴を上げる。
「いたたたたたい、ちょっと、つよい!」
「僕は悲しい。全然伝わってないみたいで」
「悲しいって、なにが……」コレ絶対プロレス技だろうという締め上げの最中、くすぐるように耳をさわられてびくっとなる。ふちをゆっくりと指がなぞり、そして耳たぶに触れたかと思うとスピネルを這う。ぞわぞわと上がってくる妙な感覚に思わず閉口して耐え忍ぶ。
なんだこれは。
視覚的にも触覚的にも聴覚的にも色々無理が生じて、かろうじてどうにかなりそうな視覚だけひとまずシャットダウンして切り離すことにした。
いつの間にやら一時停止の操作をされているようで、人狼の女の子が堂々と持論を展開するシーンで映像は止まっている。
手癖がわるいな。
そう毒づいたのを読んだわけでもないだろうに、また違った感触が耳を襲って悲鳴が上がる。
見れない。
これは絶対に見れない。
今耳をなぞったものがなんなのか、知っただけでまともな顔ができなくなる。
羞恥に震えながらじっと耐える。
その間、まさしく手を変え品を変えといった風に代わる代わる襲い来る謎の感覚に心中ひどく取り乱しながら、それでもしばし硬直を保った。
じっとりと、何秒くらい経っただろうか。
「こーら」と、降ってくるやわらかい声。
悪戯の止んで恐る恐る瞼を上げると、嘘っぽくない方の笑みを浮かべて見下ろす黒尾が一番に映った。
――なんでこんなに優しく笑うの。
「…………」
「ちょっとは抵抗しなさい」
「お父サンは心配です」謎キャラの皮をかぶってそう言い、完全にやられたままだった体勢から引っ張り上げられ、元の位置に戻された。背中がマットレスにぶつかる感触。安定のもたれ心地だ。
放心している私を眺め、また髪を耳にかける。にっと笑って、それから黒尾は動きの止まったタイプの子へ目を向けた。
「ハイ続きを観ますよっと」
人狼の男の子に『黒出し』された主人公は、とっさに預言者から霊媒師COに切り替えた。
そして真実預言者らしき男の子から『黒出し』された、人狼の女の子。
この二つの展開で、物語は新たな局面を迎える。
「は――……」
静かな室内、ため息のような感嘆のような声が漏れる。
ビニールの袋を開封する音、空になったお皿に中身がカラカラと転がり出る音を聞きながら、私はベッドに寝転んでいた。
めまぐるしい。
三作目を観終わって今、自分の中が『怖い』とか『えぐい』とかよりも、『すごい』が勝っているのがわかる。
起き上がってすぐ、黒尾が背中を丸め、せっせとお菓子をお皿に詰めているのを眺める。すぐに気配に気づいた黒尾が「ん?」とこっちを見た。
「回復したかい」
「ねえ黒尾」
「うん?」
「このシリーズ、おもしろいね」
そう言うと、黒尾はちょっと目を瞠って。
「な〜に〜?みょうじハマってきちゃったの?」またカードやる?とニヤニヤしながら近寄ってきた黒尾のトサカをぺしっと叩く。
「映画としてのだよ!黒尾とはやんないからね」
昨夜立てた誓いを思い出して釘をさしておく。
「まぁリアクション変わってきたよな」と今度は記憶を探るような仕草をする黒尾。
「私の?そう?」
「うん。さっきなんか『ワー!タイプの子ぉー!!ワーッ!』って歓声あげてましたよ」
「なんで声マネすんの!そ、そんなの私言ってないし……」
「言ってましたあ。『ワーッ!』って。ちいかわかじゃんって思って見てた」
「なんで思うだけなの……そういう時こそツッコみなよ……」
「後から指摘されて恥ずかしくなっちゃうみょうじがちいかわだから二度楽しめる」
「黒尾って意地が悪いんだよね……」
「真っ赤っかで言われてもご褒美なんだよネ」
「それは絶対に間違ってる」立ち上がって、ラウンドテーブルへ向かう。
黒尾が声高に叫ぶ『ヒロインの中で一番カワイイ子』が主人公だという次作『プリズン・ブレイク』。そのディスクは黒尾が差し入れに寄越してくれたビニール袋の中に入っていた。昨夜本当に借りに行ったらしい。そこまでしてヒロインを見てほしいのかよ、と私はちょっと引いていたりする。
そのディスクをプレーヤーへ挿入し、自分の席に落ち着いた。
黒尾もお皿を満たすと満足げに隣に戻ってきた。
「黒尾もナントカちゃん観んの」
「リリアちゃんね。観ますとも」
「ふーん。あっそ」返る声は可愛らしさに欠く。
「まあまあみょうじさん」
「なんですか〜」
「まあまあ。コレも面白いですよ」
「ピュアピュアなんだってね〜すごいね〜」
「まあまあまあ」なだめるような黒尾の声をBGMに、新作映画の予告ムービーをぼうっと眺める。
スリリングなアクションが迫力のある洋モノや、それこそ恋人や好きな人なんかと見るのがよっぽど似合うおあつらえむきの恋愛邦画、はたまた下町の日常風景を切り取ったような絵面のヒューマン映画が次々と流れ、まあまあまあまあ、となんでか床に放置した手に黒尾のそれが触れて意識が逸れたり、なんですか、まあまあまあまあまあ、なんてやりとりが長引いているうちに、ふっと暗転がかかる。
重ねられた手をそのままに、視線を前へ。


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