「尾白くんか。……名前かっこええなあ!」
人見知りとはなんですか。
とでも言うような気安さで笑いかけてきたときのことを、俺は今でも覚えている。


四月上旬。
連日の雨でせっかく咲いた大輪の桜も大半が流れてしまい、三階の教室から見渡せる春盛りの景色はどことなく華やかさに欠ける。住居地区でくくられていた中学校とは違って、部活動や学力や制服や家の近さ、思い思いの理由で生徒一人一人が選んで受験したのが高等学校というもので、初日の教室内は軽く見回してみても緊張と期待に満ちているように見える。かくいう俺だって例外ではなくて。バレーで選んだ高校で、これからの三年間だってどうせ部活漬けになるんやろうけども、中学の頃何度も想像してみた高校生活というモンに今こうして一歩足を踏み入れているのだ思うとやっぱりソワソワしてしまう。
入学式は滞りなく行われ、体育館から再び教室へ戻ってきた今このタイミングで。生徒の主な関心は、黒板にデカデカと書かれている一大イベントに違いない。教師らしい大きく丁寧な字で書かれていたのは、あと十分もしないうちに始まるHRで行われるらしい『自己紹介』の文字。教卓の近くで何人か固まって、まじまじとそれを見ながら騒いでいるし、席を離れてはいないものの付近に座る者同士で話をしているところもチラチラとあちらに目をやっている姿を見かける。
自己紹介。
まあ定番と言えば定番やな。
俺はタッパも体格もあるし、初対面ではなかなか近寄りがたい容姿をしているのだから、ここでとっつきやすい、絡みやすい印象を残しておけば、怖がられるようなことはないだろうと頭の中で簡単に話す内容を組み立てておくことにする。バレーつながりの知り合いはあいにくこのクラスにはおらんので、ここでどれだけ居心地よく過ごせるかは、初っ端のこのイベントにかかってると言うても過言やない。そういう心持ちで、それもまあ考えることはみんな一緒で、高校になってもやっぱり小さく感じる机に頬杖をついて、自己紹介について思いを馳せるのだった。
「なあ」
ぼんやりと耳に入ってくる話し声や物音とは違った音が、不意に近くで聞こえた。
反射的に顔を上げるとすぐ、前の席に座っている女子、普通にかわいいな、女子がこっちに振り向いて俺を見ていた。目が合うとニコッと笑う。あ、人当たりのよさそうな子やなと思った。
「俺?」
「うん俺。自己紹介の練習、一緒にせえへん?」
「練習て」
自己紹介の練習。
という言い回しに思わず笑う。
「ええ〜。なんで笑うん〜」
「いやスマン、なんかちょっとツボに入って」
「俺くんのツボわからんわあ」
「俺くんて何?」
「名前知らんから」
せやからほら、自己紹介しようや。と身体を揺らすので、練習やないんかと返しつつ、知らず入っていたらしい肩の力がフッと抜けたことに気付く。
「尾白アランや」
「尾白くんか。……名前かっこええなあ!」
まるでどっかの小学四年生やな。
自分に向けられている高校一年生女子の目は記憶と違ってパッチリと大きく女子らしいそれやけど、キラキラしているそれは過去の記憶を強制的に甦らせた。
「え、名前カタカナ?漢字で書けるん?」
「カタカナやで」
「カタカナ……!すご!かっこええ!ええな〜!」
「え……そうか?」
何がそんなにええというのか。パアッと目を輝かせたかと思うと小さく拍手をされて、え、そんなに……?と言いつつ照れてしまい痒くもない頭を掻く。人の名前でここまで手放しに喜べるん、そっちがスゴいなあとまで思うけどな。
「尾白って呼んでもええ?」
「そこまで褒めて名前ちゃうんか!」
「オモロ!めっちゃツッコむやん!」
そしてブハーッと噴き出される。
えらくノリのええ女子や。
「ホラ俺は名前言うたで。自己紹介なんやろ」
「ハッ。せやった!」
「ほいドーゾ」
「どうも〜。みょうじなまえですぅ〜」
「誰のマネやねん」
「私渾身のタラちゃんやねんけど」
「三点やな」
「初対面でヒドない?」
私、初っ端ドSに声かけてもうたん??
と首をひねる姿に、今度は俺が噴き出した。
「ドSちゃうで。優しさのカタマリや」
「じゃあ体調すぐれん時は頼りにしてるで〜」
「いやバファリンかい!」
「そこは任せてって言うてえや」
「ほな任せや。すぐれん時は五点って言うたる」
「そうかあ。尾白の優しさは二点かあ……」
「そう聞くと何やヒドい奴やな」
「せやろ?なんと驚き、自分のことやねん」
ポンポンとテンポよく進む会話の応酬に、初対面の女子やからと抱いていた緊張や遠慮はすっかり消え失せていた。中学では滅多なことがないと女子と会話なんてせんかったけど、これが女子高生の力ってヤツなんか。周りに他の話しかけやすそうな人が居ろうに、わざわざ俺に声を掛けてきて、なんやめっちゃ話弾むし、けらけらと笑うみょうじは非常に楽しそうで、こっちもつられて笑ってまう。スゴいな、これが高校ってところかと感動を覚えながら、教師が来るまでの時間、ずーっと話をしていたのだった。


入学式。
と、同日にあった教材販売。
そして今日のこれで三度目になる体育館で行われた在校生による部活動紹介の後。教室へ戻りようやく出席番号順の二列から解放されて自分の席へ戻る。やっと終わったわ。この身長で一時間も身体縮こめて体育座りで身動き取れんのはのはさすがに堪える。部活紹介言うても、俺は入る部活とっくに決まってるのに。着席してふうと一つ息を吐き、ほどなくして引かれた前の椅子に顔を上げる。
「尾白めっちゃ窮屈そうやったなあ」
「疲れたわ」
「身体動かさんで逆に疲れるって何なんやんな〜」
私も肩凝った〜、と肩を回すみょうじやけども、コイツはちゃっかりブランケット持って行って割とぬくぬく寛いでたんやということを俺は知っている。隣の列の女子誘って一緒に包まって、仲良さそうに話をしていた。人見知りという言葉を知らんねんやろなあと思いながら身体ごとこっちへ向ける様子をぼんやり眺めた。
「尾白は確か、男バレ入るんやっけ」
「おお。せやで」
「ちぇ。尾白は男バスや思たんやけどなあ」
「ソレ外見だけで物言うとるやろ。色黒みんなジョーダンとちゃうからな?」
「へへ」
「照れるトコ今あったか??」と首を傾げるものの、たった二日の付き合いではわかる筈もない。ふわーっと感覚で動くところがある奴やということは、この短い期間でも十分わかったけども。
「みょうじはなんか部活入るん?」
「それなー。まあ今のところ帰宅部かなっと」
「中学はなんもやってなかったんか?」
「一応美術部やったよ」
「美術部!」
意外な単語が出てきて驚いた。
「大人しく絵描いてるようには見えんけどな」
「尾白も大概外見で物言うとるよな」
言い返されてしまった。
「まあ、本気で絵描く人間が大人しくしてるように見えるんなら、尾白もまだまだよな」
フフン。とそんな効果音が付きそうな、上から目線の得意げな笑みにイラッとしたので、静かに手刀を構える。
「なんで上からやねん!」
「あ痛!」
二日ですっかりこんなやり取りもできるようになったのだった。
高校スゴいな。
「それで、美術部には入らんの?」
「紹介見たやろ?あんま絵画に力入れてへん」
他の部活なんて薄らとしか記憶にないが、確かに壇上に現れた美術部は数人の部員が作品を持って登場してたけど、言い方悪いけどどんな作品やったかも既に朧気やった。
「まあ知ってたから、ハナから入るつもりなかってんけど〜」
「それで帰宅部か。なんか興味出たやつもなかったん?」
「ん〜家庭科部、食べ専やったら興味ある……」
「なかってんな……」
せやねん……。と人の机にうなだれたみょうじのつむじを見下ろして考える。帰宅部なら帰宅部でええやろうけど、確か今日から一週間はいわゆる仮入部期間で、最終的に帰宅部になるか否かは置いといて、この期間内はどっかしらの部活へ行かんとアカンと言うようなことを担任が言っていたので、興味があろうとなかろうと、どこかに顔出す必要があるはずや。
「……どっこも興味ないんやったら、バレーはどや?」
きょとん。
「バレーボール?高校から?」
「マネとかどうかなーて。男バレな」
「マネージャー!」
予想もしていなかったんやろうな、ポカンと口まで一緒に丸くする表情が面白くて笑ってしまう。声を上げて笑う俺を見て「えっ冗談?本気?」と慌てるので、収まらないまま本気やと答えると、再度マネージャーと、今度は呟いた。
「それは……考えたことなかったな……!」
「えらい衝撃受けたようなカオすんなぁ」
「せや!晴天の霹靂や」
「ほんま大げさやな!」とまた笑ってしまう。
「んー。でもバレーか〜」けども、どうやらマネージャーよりもバレーの方に引っかかりがあるらしく、その表情はやや曇る。
「何や、バレー嫌いなん?」
「別に嫌いやないんやけど〜……て、バレー部入る人に言うことちゃうか」
「ええよ。聞こうやないか」
「おっ男前〜」
茶化す声は何のその。
居ずまいを正してホイどーぞと手の平を広げてやると、コホンとわざとらしく咳ばらいを一つ。
「私なあ、別に運動神経よくないけど、球技って結構好きやねんか」
「そうなんや」
「うん。ドッジとかキックから始まって、バスケとかサッカーとか野球とかソフトとか。体育でやる時とかテンション上がるしな」
「想像に難ないな」
「けどバレーだけは苦手でなあ」
「なんで?」
「なんかな〜、ゲームん時とか、シラーッとしてんねん。誰もボール追いかけんしな。チームも適当に組まされるからかもしれんけど。あの狭いコートで六人ほぼ棒立ちでサーブの入れ合いみたいな時間な、めっちゃ白けんねん。苦痛やってん〜」
ギュッとしかめっ面をしてかぶりを振るみょうじ。確かにドッジやサッカーやバスケは終始動き回ってるし、キックとか野球とかソフトは守備のポジションあるけど、獲れんかったら自分が走り回らなあかんやつやから獲ろう思って頑張るわな。其れで言うとバレーボール言うんはボールが地面に落ちた時点で点が入るから、やる気ないならサーブ見送っとけばすぐ勝敗つくんか。体育でバレーをやった時、嫌そうにしていた女子達がよく『腕痛い』言うて文句言うとったけど、みょうじの言う空気感みたいなモンに対する苦手意識もあったんかもしれんな。小さい頃からバレーやって来た人間には考えたこともない意見だった。こういう意見もあるんやな。けれども。
アカン、と思った。
「アカン!」
無意識に声を上げてしまった。
「みょうじ、それはアカン!人生損しとんで!」
「尾白?」
「みょうじあんな、みょうじは知らんやろけどな……」
「う、うん……?」
「ほんまもんのバレーボールは、スゴいねん」
特段、これまで布教だの勧誘だのしたことなんてないんやけど、なぜだかこの時ばっかりは力入れてしまったなあといつ思い出しても笑てまう。別に誰がバレーを好きでも嫌いでも、自分が好きでやってんねんから構わんのに。友達やからって、自分がやってるモン無理に好きになってもらおうとも思うたことないし。なのになんやろ、みょうじのなにがそうさせたんやろ、分からんけど、あの時、頭に浮かんだんはただひたすらに『勿体ない』という強い思いで。

「ホンモンのバレーボール知らんまま、つまらん思うたまんまなんて、そんなつまらんことってないで!」

強く強く、言葉を切った。
言い切ってから、ふと我に返るとみょうじはおろか近くにいたクラスメイトまでもがこっちを見ていて一瞬で頭が冷えた。ウワ、叫んでしもた。何やってんねん二日目から女子相手に。凄んだつもりはないが怖がらせてしまったかもしれん。思いっきり熱入れてもうた。頬に熱が集まって、それ以上なんも言えずにシンとした教室の空気を心地悪く思った。
意図せず作り出してしまった静寂を、壊したのは小さな、けれどもなんや明るい声。
「……尾白、めっちゃ楽しそうな顔するやん……」
いつのまにか目をキラッキラに輝かせているみょうじにピンとくる。
これ、このカオは。
食いついたっちゅーカオや。
どこぞの小四とおんなじカオ。
「ちょっとー、見てみたいかも〜……」
「お!なら一緒に行こうや」
「ええの?」
「ええよ!仮入部どっかで入らなアカンねんし、他行かんねんやったらマネの仮入でええやろ?」
「ええともー!」
なあ初心者やけど大丈夫?
大丈夫大丈夫!なーんも心配いらん!
なんや尾白にそう言われたら安心やわあ。
「高校生なったら、なんか新しいこと始めたいと思っててん」
教室の中はほどよいザワザワを取り戻していて。
尾白ありがとう!踊るように弾む声が喧騒の中よく届いた。


「四度目の体育館ー、やっぱ広!」
「な。コート四面使えんねん」
「え、全部男バレ使うん?」
「ウチの男バレ強いねんで?」
「えっインハイとか行くやつ?」
「行くやつ」
「マジで!」
昼休み、図書室で借りた『アホでもわかる!バレーボール入門』を大事そうに抱えたみょうじと体育館へ到着する。六限が体育だったおかげで、着替える手間が省けた分、随分早く着いてしまったようで中にはまだ誰もおらんかった。女子と並んで歩くのだからと気を遣ってゆっくり進もうとしたところ、よっぽど楽しみだったのか、駆け出しそうな勢いでみょうじが歩くものだから俺までつられて競歩になったのが原因かもしれんな。二三年生のひとりさえおらんのやから、どっかで大人しく待っとくんがええんかな。入部、というか仮入部も初日やしな。自前のシューズを出して手招きするとみょうじも神妙な面持ちで体育館シューズを取り出した。
「私の場違い感やばない……?」
「大丈夫大丈夫」
シューズに履き替えて一歩踏み入れる。
「なめとんかワレとか言われたりせん?」
「誰もマネ候補にそんなん言うたりせんよ」
「ちんたらすんなって竹刀で床バシッてせん?」
「会った事ない監督イジんのやめたげ」
「尾白もボール持ったら人変わったりせん?」
「俺んコト何やと思ってんねん」
「古代バレーボール界のファラオに憑りつかれてたりせん?」
「オイオイオイ雑やなボケが、元ネタわからんわ」
「闇のゲームを始めるぜ、相棒!とか言うたりせん?」
「説明を重ねんな、あと微妙に古いな!少年マンガ読むん?」
「中学んとき借りて読んでてん〜」小気味のよいやりとりを交わしながら、体育館も端の方へ寄って、部員や監督を待つ間、時間つぶしにも丁度いいのでみょうじが持つ本を開き二人でのぞき込む。
「バレーボールは、ボールを使うスポーツです。ふむ」
「フムちゃうわ。それは知ってるやろ」
「ボールを落としてはいけません」
「体育でやってんやろ」
「ボールを持ってはいけません」
「体育でやったんやんな?」
「同じ人が二回続けてボールを触れません」
「体育でやったと言うてくれ」
「ボールはネットの下を通ってはいけない、へえ!」
「なめとんかワレ!」
「尾白がファラオ化した〜闇アランや〜」なんやその語呂悪い呼び方は、とツッコミを挟みながら、初歩も初歩の導入のページで一つ一つ反応するみょうじに呆れつつも人が来るまではとしばらくの間付き合っていた。数分ほど経った頃か。「サーブ、レシーブ、トス、アタック、レシーブ、トス、アタック、レシーブ、トス、アタック、レシーブ、トス、アタック、レシーブ……」オイオイオイ。その仮想プレーえらい鬼畜やな。とまたツッコミを、あれ俺ツッコミしかしてへん?とそろそろ疑問に思ってきた頃。キュッと床の鳴る音が耳に入ってきて、みょうじとアホのイラストが描かれた本から視線を動かした。
「…………」
男子がひとり、静かにたたずんでいた。
俺らと同じジャージを着ているから同級生だろう、この第一体育館を使うのは男バレやから、バレー部の新入部員なんやろな。誰もいない体育館の舞台に向かってまっすぐ礼をするその男子生徒は、どっかで見たことあるような気がする。ただ記憶にはない。中学ん時かな。試合したことあるトコやろか。などと考えていると隣から小さく「たのもう〜」と聞こえ、反射的にひとつ分低いところにある小さな頭を軽く叩いた。みょうじは上から降ってきた平手を避けられるわけもなくグラッと傾いて呻いた。
「女子の頭を叩くなんて」
「お前……知らん相手によく道場破りのアテレコかます気ィなるな?」
「道場破りかと思って……」
「なんでや!」
「あっコッチ見た」
「ギャア!?」
「悲鳴すご」
なんで俺が悲鳴あげてんねん、いや笑てる場合ちゃうぞ、とか色々言いたいことはあったけど、フイとこっちに首を回して近付いてくるスピードの方が速く、すぐに俺の正面まで来たと思ったらそこで足を止めた。いや俺ちゃうねん。コイツですコイツ、あっお前なに隠れてんねん、ジャージを引っぱんな!
「君ら、バレー部やな」
静かな。
穏やかで抑揚の少ない声だった。
真顔。という単語がこれほどピッタリくる表情を初めて見たと思った。まっすぐに人の目を見て話すその男は、自分よりも小さく細身であるのに、一瞬声が出んかった。じいと見つめてくるので頷いて、肺に溜まっていた空気を一度抜く。せやで、と音を乗せる。
「入部希望や。ここで待ってんねんけど、まだ誰も来てへんねん」
「早よ来すぎたな。まあ遅れるよりええわ」
「せやな、……ええと」
「五組の北信介。笛根久中学出身や」
箱根久中か。グループ校とは違うし、公式戦では当たったことないけど、三年間通して数回ほど練習試合を行ったことのある学校やった。そん時に見かけたんやな。レギュラーやったら、さすがにすぐ分かってたんやろうから、そうではないんかもしれん。
「北な」
「そっちは尾白君やろ」
「ああ、うん。せやけど」
「知っとるよ。中総体出とったな」
よく覚えてる。サーブもスパイクも頭一つ抜けてたな。
表情も抑揚にも乏しいのに、さらりと出てきたその言葉は世辞とも嫌味とも違うと分かる、純粋な称賛にくすぐったくなって頭を掻く。
「俺六組、隣やな」
「体育ん時見たわ」
そうか、隣のクラスやから、体育のあと着替える必要なかったんも一緒なんやな。
「呼び捨てでええよ」と返して、しばし雑談を交わす。話してる間も一切表情の変わらん様子を見て、ああこれで通常運転なんやなと判じた。受け答えは簡潔で、過不足なく丁寧。堂々としたたたずまいから感じるのは自信、とは少し違うような、自分のソレとは似て非なるナニカ。ホンマに同い年なんやろか、と首をひねる程に、貫禄みたいなモンを感じてしまう奴だ。さっき声が出んかったんも、もしかして気圧されたっちゅうやつやろか。嘘やろ同級生相手に。相変わらずじいと目の奥まで覗くみたいな深さの視線からさりげなさを装ってずらす。そうやって話をしていると、ちょいっとジャージが引っ張られるような感覚がして、後ろにすっかり引っ込んでしまっていたみょうじの存在を思い出した。なんやえらい静かやから、忘れてしもうたやんと振り返る。するとみょうじまで背中側に回ろうとするので、一体何の遊びやねんと思いながら逃げ遅れていた腕を掴んで軽く引っぱると、女子の小さな身体は難なく北の前へ到着した。
「北や。よろしく」
「…………」
「オイみょうじ、どうしたん」
「…………」
また隠れた。
そんなみょうじに気を悪くした様子もなく、眉すらピクリとも動かんまま「人見知りやな」淡々と北が言う。人見知りやと?嘘やろ、と思いながらも、まさかあの人懐っこいみょうじがと思うけれど、もしかしてもしかすると、俺でも一瞬言葉を奪われた北の雰囲気に呑まれたんかもしれん。そう思って、向き合っている北の位置へ回り込み、その表情を窺った。ゴクリとつばを飲み込んだ。
「――――い」
一瞬の沈黙のあと、溢された小さな声。
よく聞こえんかったので耳を澄ませた。
「六組のみょうじです。よろしく北くん」
静かに静かに、とびきり丁寧にというような調子の声色で、紡いだんは自分の名前やった。へらりといつものようにゆるく笑って北に向かう。北は、北も最初の声は拾えんかったようで、続きはっきりと聞こえた自己紹介に頷き「みょうじさんか。よろしくな」と静かに返した。

ふたりがようやく言葉を交わしたところで、何人かの足音が重なって、入口の方を見て、部員らしき数名がバタバタと入ってくるので、挨拶をして、それから続々と部員や入部希望者がやって来ては、挨拶と、整列して簡単に再び自己紹介、その後は部員の指示を仰ぎ練習のための準備をするために適当な数名ずつに分けられて、若干慌ただしく部活動の時間が始まった。そこからはいつもの、昔からよく知る空気感、音、声、熱気に身体がペースを取り戻していく。みょうじはマネージャー志望という括りで何人か来ている女子生徒達と一緒に部員から説明や指示を受けているのを最初の方にチラッと確認できたものの、やっぱり練習になると意識もバレーボールにしか向かず、それからのことは全然わからんかった。わからんかったけども、数人おった女子生徒が、日を追うごとに減っていき、仮入部の最終日になるとなぜかアホみたいな本を携えた未経験者のみょうじしか残らず、先輩達も監督も最終的にまあええやろとかなんとか言い頷いたので、晴れてみょうじは伝統ある稲荷崎高校男子バレーボール部のマネージャーに就任することとなったのだった。
「こわい人おらんかった!」
「そらそうや。よかったな」
「なめとんかワレって言うたの尾白だけやったわ」
「それはアレやん、そういうネタやん」
「女子の頭を叩いたんも尾白だけやった」
「アイスおごったるわ」
「優しさのカタマリですなあ」


なあみょうじよ。
高一春の第一体育館で、お前は北に出会ったな。
ひときわ好奇心の強いその目ん玉が北んことを見据えて、とびきりキラキラと輝いた瞬間を、俺は今でもよく覚えとるよ。


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