けたたましい目覚まし時計のアラームで目を覚まし、目をこすりこすり身体を起こして起床する。今でメシを食って顔を洗い歯を磨いてジャージに着替えて、それからスポーツバッグにタオルやら何やらをギュウギュウ詰め込んで、オカンの作ってくれた弁当をひっ掴み自宅を後にする。バレーを始めた頃から変わらん朝のスケジュール。中学時代事あるごとに足を運んだ稲荷崎高校は、実際入学した今となってはすっかり通い慣れたもんで。頭が眠ったまんまでも目ェ瞑ってても行けそうやわとあくびを噛み殺しつつ、ほとんど乗客のおらんバスを降車する。田舎でも高校はそこそこ近くにバス停置いてくれるから便利よなあ。学校へ到着して、昇降口へは向かわんと、部活棟の方へ歩くこと五分ほど。男子バレーボール部と書かれたプレートの真下、ドアノブに手を掛けて押し回した。
「おはよう」
中の様子も窺わんうちから口にした挨拶はおおよそ体育会系のクラブのそれではないけれど。二三年の先輩はこの時間にはまだおらんので、最初っから気ィ入れる必要もない。この時間、ロッカーのずらりと並ぶ汗臭い部室にいるんは今日も、
「おはよう」
今日も、この男だけなんやから。
「今日も北は一番乗りか。早いなあ」
「俺もさっき来たところや」
自在箒で床掃除真っ最中の北の邪魔にならんよう、避けつつロッカーへたどり着く。さっきと言う割には、窓は既に開けられ換気されているし、ベンチも拭かれた後で、昨日自分のロッカーの扉に付いていた汚れは見当たらない。何を考えてるんか読めへんザ・無表情で淡々と箒を扱う北信介は高校入学と同時に知り合った部活仲間の同級生だ。毎朝誰よりも早く来るし放っておけば掃除を始めるんで、俺達男子高校生、練習はもちろん熱心に行うもののそれ以外のことになるとおろそかになりがちな部活男子の群衆は考えた。部室のカギ、北に預けてしまおうと。ほんの数日見かけただけでわかる生真面目な性分の男や、一年やから責任がとか、これを何かに悪用するとかそんな懸念は必要ない。どころかむさくるしい汗やゴミ溜まりのような空間を清潔に快適にしてくれる、お掃除ロボットのような存在やと部長も大げさに有難がった。バッグから練習着とサポーターと朝練で何枚も使用するタオルや飲み物を取り出して残りはロッカーへ突っ込む。そんで据え置いてるシューズを引っ張り出す。練習着へ履き替えて準備万端になってから、片隅にある掃除用具入れからちりとりを取り出して一角へごみをまとめ出した北のそばへ行く。
「ありがとう」
「どういたしまして〜」
まるで英会話の教科書やな。
必要最低限、というわけでもないけれど、物静かで無駄のない言動。隙のない立ち居振る舞いは、作業中の北に世間話という所謂無駄話というもんを投げ掛けるにはあまりにもハードルが高すぎる。黙々と箒でごみを運ぶ北の表情は、おはようを言う時もありがとうを言う時も全く変わらへん。どこか品のある所作。バレーボールをしているときもそう。目立ったパワーやスピードはないものの、毎日毎日ちゃんと真面目に取り組んでるんやろう、スタミナはあるし状況判断能力に優れて指示は的確。レシーブもかなりうまい。強豪稲荷崎で、中学では有名なプレイヤーも分厚い選手層に埋もれがちにはなるが、それでもこれといって話題性もなかったはずの北信介という男は、実際コートの中に入ることこそないものの、部内ではそれなりに存在感のある男となった。じっと箒の先を見つめちりとりへごみを入れていた北が不意にこちらへ視線を移す。それだけでギクリとしてしまう。
「何も考えてへんで!」
「なにがや」
うまく収まったごみや埃を落とさないように運んでゴミ箱へほかす。空になったちりとりは北がついでにしまってくれた。そうするともうええ時間になって、ちらほらと部員が集まり出す。さすがに一年が多いけど。
「はよー」
「おお。なんやお前今日は珍しく早いやん」
「いっつも時間ギリギリに飛び込んで来よるんに」
「雨降るんとちゃう?」
「やめろや傘持って来てへんねんから」
「うっさ!こいつらマジうっさ!」
多少は打ち解けてきた同級生達と挨拶を交わすと、流れるように会話が続いていく。何も置かれとらんかったきれいなベンチがあっという間に脱いだジャージやら荷物やらが被さって見えんようになる。じきに先輩達も来るやろうから、話をしながらも手足はてきぱきと動いている。すでに準備を終えている俺は、たまたま会話の切れた断って先に部室を出る。体育館へ向かう途中、ジャージを着た女子生徒の後ろ姿が前を走っていることに気が付いた。あずき色の部活ジャージに袖を通す小さな背中。
「みょうじ!」
「あっ!尾白!」
「ハヨー」
「おはよ!」
振り返った小さな背中は俺を見てニッコリと笑う。今日もえらい人好きのする笑顔やと思いながら、近づいていく。スーパーで見かけるようなでっかい買い物カゴの中に、ボトルがギッチリ入ったのを片手で持ち、もう片方は身体も使ってジャグまで抱えている。「いっぺんに持つなアホ」思わずそう言ってジャグをぶんどった。
「うわ、しかもお前コレもう水入れとんな!?」
「バッチリ!」
「バッチリちゃうわ!重い!んなモン片手で持つな!」
「落とさんから大丈夫やって。部の備品壊したりしません〜」
「転ぶときは私が盾になりますよって〜」ケロッとした顔でお前、仮にも女子が、なんちゅう……と思いながら、連れ立って同じ道を進む。
「どや、部活は。慣れてきたか?」
みょうじなまえ。
わが男子バレーボール部のマネージャー。
図書館で借りてから、わざわざ自分で買い直したという彼女のバイブル『アホでもわかる!バレーボール入門』を毎日引っ提げて、監督や先輩問わず積極的に質問を投げかけ、よく知りもしないバレーボールについて日々勉強しながら、サポートという名の肉体業務をこなす女子高生である。中学では美術部やったというが、なかなかよう動く……としばらくは目を丸くして見ていた記憶がある。俺の知っとる美術部員と違う。そう呟くとえらいドヤ顔かましてきよったな。
「うーん多分?筋肉痛はやっと治まってきた」
「そうか〜みょうじのガニ股歩きはもう見れんのやな〜」
「みょうじは女子なんでそんなんしません〜」
「部員全員が目撃しとるけどな」
「生まれたてのか弱い小鹿やったやろ!」
「いーやガニ股やった」
「ちゃいます〜!」
「ちゃうくないです〜!」
体育館へ到着してそれぞれ抱えてるもんを置いてシューズを履く。それを再び持って、ベンチへ置くとようやく一息つけた。十リットルジャグってそこそこ重いんよなあ。と言うと「ムッチムチの赤ちゃんぐらいの重さやな〜」のんびりした声。
「ほんなら今、俺は赤ん坊抱えてきたっちゅうことか……?」
「ええパパになるわあ」
「止めて!どんな反応してええかわからん!」
「そこはさらっと『ありがとさん』ちゃうん?」
「恥ずかしいです!!」
ワッと両手で顔を覆い隠すと「あっ尾白がアラン子ちゃんになった〜」とからかいの声。ぞろぞろと入ってきた部員達がなんやなんやと群がってくる。みょうじおはよう、朝っぱらから仲ええな、なんやアラン子ちゃんて、えらい厳つい女子やな、ゴリ子ちゃんちゃう?え〜アラン子ちゃんがええよかわええし、いや可愛くはないやろ尾白やで。オイオイ好き勝手言うてくれるな。
「じゃあアラン子とゴリ子で人気投票や!」
「嫌やそんな人気投票」
「勝手に呼び捨てすんなや!」
「本人気になるんそこ?」
「アラン子ちゃんでもゴリ子ちゃんでも、どっちでもええけども」
ヒヤリ。
沸いた体育館が一瞬で静まり返る。
人だかりに切り込みが入ったみたいにパカッと割れて、そこから北が姿を現した。磨かれたピカピカのボールがぎょうさん詰まったカゴを掴んでおり、体育倉庫から運んで来たところのようだ。パッチリ開かれた双眼でじいっと視線を向けられる。
「そろそろ始まるで」
ウッス!と腹から出た声がみんなと重なる。
気付けば先輩達も監督もおって別の緊張もしたけど「なんや北だけ一年とちゃうみたいやな」面白そうに笑っているのでホッとする。それでも朝の短い練習時間。俺らはすぐさままばらになって、それぞれポールを運んだりネットを用意したりと準備に走り出す。
「モーゼの奇跡……!」
一度だけ後ろを振り返ると、みょうじがポケッとした顔でまたワケのわからんことを言うて、監督に頭大丈夫かとツッコまれていた。

「尾白、ちょっとコッチで合わせてみい」
高校一年生現在、身長は百八十センチを超えた。食えば食うほど、鍛えれば鍛えるほど素直に成長してくれる肉体に恵まれ、小学生の頃から同級生の中では背の高い方から数えて一番か二番目を譲らない。高さが何よりも有利になるバレーボールというスポーツにのめり込む俺にとっては幸運も幸運。稲荷崎のように競合で部員数も多い部であれば、入って間もない一年生がレギュラー陣と合わせる機会はそうそう訪れることもない筈が、こうしてお声が掛かるようになった一年が数人おる。ユニフォームももらった。練習試合でも、時折交代で入れてもらえるようになった。間もなくIH予選も始まる。目に見えたチャンスは一個も逃さん。ふわりと高く上げられたトス。弾丸のように速いトス。セッターが俺に上げてくれたトスは、なにがなんでも打ち抜く。そのために跳ぶんや。は。何べんも、何べんでも。
「ナイスキー!」
「もういっぽーん!」
「ブロック入れ!」
「もう一回!」
高く。
もっと高く跳べ。
もっともっと強く。
叩き落そうという意思をもって伸ばされる腕を、塞がれた道をこじ開けろ。振り抜け。一球一球歯を食いしばって振り下ろせ。コンマ一センチでも高く、コンマ一秒でも速く長く到達点に。 流れる汗。張り詰める筋肉。溜まる疲労に乱れる呼吸。ゼロコンマを追い求める上で障害となるすべてのもんが、一瞬だけ、意識の外へ追いやられることがたまにあった。その感覚を引きずり出す。そのためにまた、何度でも跳ぶ。

「尾白のスパイクはえげつない音すんなあ」
あれちょっと受けてみたいわぁとドリンクを差し出すみょうじが笑う。やめときやめとき腕もげんでと周りから茶々が入る。ええーと言いながら乞うように俺を見てくる。
「いや俺も女子相手にそんなことしたないし」
「知らんの尾白。今やバレーボールはジェンダーレスやねんで?」
「お前がバレーの何を語るんや」
「みょうじはアレやろ、ジェンダーレスって言うてみたかっただけやろ」
「そんなことないし!」
「現社で言うてたな、そういえば」
「何にしても、やめとき。あんなん食ろたら女子の腕なんかポッキリや」
「みょうじはかろうじて女子やから青痣で済むやろ」
「かろうじて女子ってなに!?」
「かろうじて女子の括りに入れとるってことや」
「うそやろ!?うそやと言うてや尾白!」
「みょうじ……、堪忍やで…………」
「えっ尾白……、そんな……、そんなこと……」
みょうじはガックリとうなだれ――――つつも手はさっきまで計測していたデータの集計を書き込んでいるが、すぐにケロッとした顔で「まあアラン子ちゃんと比べるとな!」とか言い出すので、周りはどっと賑わった。オイ、いっぺん通り過ぎた話題持ってくんのやめえや!
「よーし終わった!監督コーチ終わりました〜」
「おう、ごくろうさん」
「……うん、ちゃんと書けてんな」
「やった!じゃあ褒めてください!」
「えらいなーみょうじ。ちゃんと電卓使えたな〜」
「算数できたんやなあ〜スゴイな〜」
「思たんと違う!!!」
「ハハハ!」やっぱり女子がおるとこう、違うな。なんや華やかやな、と思いながら笑いを誘うやりとりを耳にドリンクを流し込む。マネのおらん部活は、中学ん頃みたいに一年が雑用を担うことになるけど、マネが一人おるだけで部員が打ち込める練習時間が変わってくる。最初はちょっと距離を置いて様子を窺うようにしていた先輩達も、ひと月も経つ頃には「尾白、よう見つけてきてくれたな」と肩を叩き喜んでくれたのが記憶に新しい。
『バレーの面白さを学びにきました!』
『沢山働くんでそん代わり教えてください!』初心者丸出しのアホ全開な自己紹介を部員全員の前で晒したみょうじはいざ動かしてみると存外物覚えがよく、好奇心から色んな人にしょっちゅう質問をしているがおんなじ質問を繰り返すことはなく、指示されたことは丁寧にこなそうとする様子が新鮮やった。そして何を頼んでも『任して!』『承知〜!』『ハイ喜んでー!』と笑顔であっちこっち走り回るので、頼みやすいし気持ちええ。いや最後のは居酒屋の店員やろ、オトン前言うとったで。思てたより体力あるし、言葉通りバレーに興味津々な様子で、手の空いたわずかな時間、アホでもわかる入門書を片手に難しい顔をして首をひねり練習をじいっと見つめるみょうじには手すきの部員が集って解説したり実演したり。構いたくなる人柄というヤツやろうか。まあとにかくみょうじがおるから俺ら部員はより練習に身が入るし、みょうじも楽しそうにしとるし、男バレ、うまいこと稼働してきたなという空気を肌で感じていた。

「絵?うん、描いとるよ今も。家で」
なんの話しとった時やったっけな。
不意に気になり彼女に尋ねたことがあった。
朝は早うから学校で朝練。終わったら授業。放課後は夜まで部活。帰宅する頃にはもう八時、遅けりゃ九時過ぎることだってある。ヘトヘトになって帰った後にできることなんて、風呂入って食って寝るぐらいしかないやろ。そう思って、知り合ってすぐに言うてた『絵を描く』というのがふと気にかかって聞いたんやった。本格的にマネとして入部しようという時に、ほんまにええんかと言う俺に「ええねん。絵はいつでも描けるから」それより今部活でしかできんことすんねん、と笑うて、意外にきれいな字で入部届にサインしとった。
「描けてるん?週六で部活てしんどいやろ」
「描けてるよ。週七で描いてるわ」
「週……え、毎日?」
「言うたやろ?いつでも描けんねん」
「せやけど」なんともないという顔で言ってのけたみょうじに目を剥く。
「え、何、夜帰ってから描いてるん?」
「三時間くらいは描けんで」
「三……え?ちょお待って、計算合わへん」
「せやからー、家着くんが遅くて九時とかやろ?お風呂入って洗濯かけて、ごはん作って食べて、ちょこっと掃除して、だいたい十一時ぐらい?そっから二時ぐらいまでは描けるやん?四時まで寝て、身支度して五時半までに家出て朝練が六時からや」
「…………九、十一、二……四、で……」
「…………睡眠二時間?」思わず指折り数えてしまった。ちょいちょい気になる単語が出て来たけど、まずまず第一にツッコミたいのはそれやった。「うん多分それぐらい」事もなげにそう返すみょうじに俺は頭を抱えた。
「どうしたん尾白。頭痛いん?それとも悪いん?」
「ウーン後者の方……ってなんでやねん!」
「ウェーイ。ツッコミいただきました〜」
「え。え。それってどうなん?寝たうちに入らんやろそんなん……」
俺なんか帰って一時間も経たんうちにオチてんで……。育ち盛りの十代後半に、そんな睡眠のとり方が存在してええんか。
「なんかなあ、昔っから絵描くと時間忘れるんよな。正味、寝んでもいける」
「それはアカン!」
「せやろ?親にも怒られてな〜……決まった時間寝ろて。ただ眠りが浅いんか、すぐ起きるし、そんで二時間は確保することにしてん」
中学ん頃からやな、と付け加えられたところで驚愕の事実は和らがへん。しかもその後詮索したところによると、共働きの両親は帰宅が真夜中やったり、出張が多くて帰らんことも多いというので基本的におおよそ家事と呼ばれるものは自分で行っているのだという。「ごはんは自分のだけやし洗濯はついでやし、掃除は基本使うた水回りだけやからそんなにやで」イヤイヤあっけらかんとそんな。
「意外と苦労してんねんな、お前……」
「苦労なんかしとらん。普通や普通」
「いや、それでも睡眠二時間はエグいわ」
「寝たいより描きたいの方が強いだけやん」
「描きたいと思ううちは描かんとな。死んでしまうんよ」時間がないとか疲れたとか眠たいから描けへんとか、そんなんないねん。そんなことを当然のことのように言ってのけるみょうじ。彼女にとって描くことはそんなに大事なことなんか。三代欲求より優先されることとかこの世にあるん?そこまでして描く絵ってどんなんやろう。もしかしたら俺は、とんでもないアホをバレー部に引き込んでしもうたんかもしれん。ポンポンと出てくるまとまりのない思考の中、まず第一に言っておきたいことは。
「身体、絶対壊しなや」
「うん」
それは気ぃ付けてる、前授業中ぶっ倒れてオカーサンめーっちゃ怒って、一か月描かせてもらえんくなったからなあ。ウンウン頷きながらそんなことを言うもんやから「次倒れたらどんな手を使っても二か月描かせんようにしたるからな」と言えば「絶対壊しません!!!」ビシッと敬礼付きで宣言された。
「あ。でも尾白、他の人にこういう話せんでな」
「うん?あー、どっからせん方がええ?」
「んー。絵〜描くとこから?」
「まあエエけど……」
「こういう話すると心配されるからな〜」眉を下げるところからして、別に本意ではないんやろうけど、確かにそんな話を聞かされると、大丈夫かコイツ……部活中倒れたりせん?と不安になってしまう。絵を描くのが好きですと言うてしまえば、じゃあなんで美術部入らんかったん?と当然疑問に思うんやろうし。わかったと頷けば「尾白ってほんまええ奴やな」とか調子のええことを言い出すので、なんか気恥ずかしくて、自分より大分低い位置にある小さな頭をついつい叩いた。

「みょうじと尾白おるー?」
あくる日の中休み。
廊下に面した窓からひょこっと顔を出したのはウチの主将。廊下側のすぐ側で着席して友達と喋っとったクラスメイトが驚いてしまって軽く謝っとる。俺らもちょうど自分の席でダラダラしとったので、顔を見合わせて首を傾げつつ席を立つ。
「なんやろ」
「ウチんクラス来るん初やな?」
みょうじと二人連れ立って廊下へ出ると、主将が気付いて駆け寄ってきた。「スマンな部活外で」と申し訳なさそうな顔に二人して首を振る。どうしたんですか?と尋ねると、手に持っていたもんをみょうじへ差し出してくる。規格サイズのクリアファイルに、何やら紙の束が挟まっているようだ。
「コレなぁ、朝練で渡すの忘れとってな」
「ああ、今日休みですもんね」
「せやねん!一年に配っといてほしいんやけど、頼まれてくれんやろか」
「全然ええですよ!任してください!」
「ホンマか!助かるわ〜!俺今日移動教室ばっかやねん!」
気のええ返答にパアッと表情を明るくしてそれを手渡す主将と受け取るみょうじ。アレこれ俺呼ばれたんなんで?と首を傾げると、顔に出てたんか「三年男子が一年女子だけ呼び出すとアレでしょうが」そのように返されて、少し間をおいて理解した。ハア〜。主将ってなんやスゴイな。そんなことにまで気ィ回せるん。これが年の功ってやつやろうか。
「それに一人で他のクラス行くん気引けるとかあるやろ?尾白連れて行き」
「わ〜ブチョーやさし〜」
「ワハハ!せやろせやろ!」
「この場合優しいん俺では?」
「尾白も優しい!やさしいで〜!」
「ならエエわ!」
「わ〜!平和な世界〜!」パチパチ楽しそうに手を叩くみょうじと主将はひとしきり盛り上がって、じゃあ頼むな〜!と走り出す主将を二人で見送った。そのまま渡されたもんに目を通すと、そこには『全国高等学校総合体育大会バレーボール競技大会』の文字が。
「名前長!大会が重複しとるやん」
「要するにIHの事な」
「これが世に名高いインハイ……!」
内容的には八月にあるIHのスケジュールとトーナメント表のコピー、それと泊まりになるため親の同意書がホチキス留めされたものが部員数分。先日の試合で予選全ての試合が終了し、稲荷崎高校は無事にIH参加の切符を得ることが出来た。今年の開催地は、と文字を追っていく。
「沖縄やー!」
「おおー!行ったことない!」
「海?海行くかな?」
「どうやろ、え、どうやろ?」
「これ国内線使うやつやろ!」
「飛行機か!じゃあ海見えるやん!」
まさかの開催地にテンションが一気に上がる。話しながら、隣の五組へ移動する。後ろのドアから中の様子を窺う。すぐにみょうじが「あっ」と声を上げた。ネクタイを引っ張られる。オイ首締まるやろ。
「尾白、おった。おった北くん」
「お?あ、ホンマや。席変わっとる」
みょうじの指をさした方向を見る。北のクラス、前行った時は四月のまま出席番号順やったけど、見慣れた後ろ頭の座る場所が真ん中より窓側寄りの席になっとるから、席替えしたんやろうな。みょうじパッと見てわかるんスゴいなあと思いつつ、引っ張られるまま五組へ足を踏み入れる。席が近くなると、途端に歩幅の狭くなるみょうじを追い抜かして、「北」しゃんとした姿勢の後ろ姿に声を掛けた。振り返った静かな面立ちが「尾白」と名前を呼ぶ。
「オウ」
「と、みょうじさん」まぁた俺の背中を壁にしとるようやけど、今回は後ろにおるみょうじもしっかり見つかった。「うん」さっきの主将みたいに顔だけ出して北と目を合わせた。
「どうしたん」
「北くん、今大丈夫?」
「ええよ」
「今そこで、プリント渡されて」
「プリント」
「主将が……部活の。インハイのやつ」
「ああ、親に見せるやつ?」
「うん。そう。どうぞ」
「ありがとう」
けったいな言動をするみょうじと表情の微動だにしない北が交わす、どっかたどたどしいやりとりを首を傾げて見守る。最近よく思うんやけど……みょうじこいつ、いっつも何をそない緊張しとるんやろ。チラチラと北を見たり目を逸らしたりと忙しない。顔もちょっとこわばっとる。いや北は正直まだ俺もちょっと気使うけど。でもそんなビビるほどやなくない?たしかに冗談通じなさそうな奴やけど。でも北別に怒ったりせえへんしな。ピシャッと空気締めることはあるけど温厚な奴やと思う。それやのに、先輩や監督にすらひときわ人懐こく絡んでいくみょうじにしては、随分と怖がっとる? 指いじる癖なんかお前なかったやろ。
「………………」
まあ何にせよ。
とにかくこれで北への用事は終わった。
のに、なぜか場を切り上げる言葉もなくその場から動く素ぶりもないみょうじは、何が楽しいんかさっきっから指先同士を絡めてもぞもぞもぞもぞ。北はただ不思議そうにその様子を眺めている。
なんやこっちまでもぞもぞすんな。
みょうじの指みたいにもぞもぞもぞもぞ。
…………いや、いじいじ?
………………もじもじ?
あれ?
みょうじこいつ、モジモジしとる?
「……………………なんで?」


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