「北信介くん。そこへなおりなさい」
またか。
「どうしたん、なまえちゃん?」
「にこにこしてられんのも、今のうちやで……」
なんやどうした物騒やな。
おどろおどろしい声(を本人は必死に出しているつもりでいる)で、いつの間にかお向かいに据えられた座椅子を指さすので、思うとおりにしてやる。前回はなんやかんやうやむやに終わって、冷静になったら、結局かのじょの不満の原因がなにひとつ改善されなかったことに気づいたんやろうな。かわええひとや。それでここ何日か、朝晩でじーっと観察するような目で俺を見とった。そんで、このたびはなんかええことでも思いついたんやろうか。
「北信介くん」
「北を取って、もう一回呼んでみ?」
「はあっ!?」
「くんもいらんよ」
「なっ、ば、ばかあ!」
ののしられてしまった。
前より言葉になっとらへんやん。
こんなんで大丈夫なんやろうか?と心配になる。
ほらなまえちゃん落ち着いて、と頭を撫でてやれば、かっと真っ赤に染まったのはそのままに、ふうふうと荒くなった呼吸を静めんとする。手を離せば物惜しそうな目でそれを追いかける。こんなかわええひとっておる?そんなことをされればこちらの頬だってそれはゆるんでしまうのも仕方ないやろうに。さきほどよりもいっそう険しく(しているつもりでいる表情に)なってしまったなまえちゃんは、声をとげとげさせ――たいんやろうなあ。
「ええか。前はええようにあしらわれてしまったけどな。今回はそうはいきません」
「そんなつもりはないよ」
「なんや!ひとの恋心をもてあそんで!その言いぐさは!」
「言い方ひどいな」
「ひどない!」
「俺はなまえちゃんをもてあそんだりせえへんよ」
「ほんならなに!これ!」
これ!!と見せつけてくるのは、またしてもうまそうな首筋である。
「ふえた!」
「うまそう……」
「こんな虫刺されがあるわけない!!」
畳の上に崩れ落ちたなまえちゃん。
感情表現が大胆なひとや。
「今度はどうやってごまかしたん?」とたずねてみれば、突っ伏した顔を上げぬまま弱弱しい声が返ってきた。そう、スカーフ巻いたん。たしかにこのようすは、見られたら何事かと思われてしまうかもしれへんな。元の白い柔肌の部分の方が面積少なくなっとるんちゃう?といった具合だ。それで肩や腕にもついつい、吸いついてしまう。なまえちゃん敏感やから、瞬間びくって震えるのがかわええんやんなあ、とゆうべの情事が脳裏によみがえる。
「ふふ」
「笑いごとちゃうねん!!」
「すまん。楽しくなってしもた」
「私はぜんぜんたのしくないんですけど……!?」
なおもなまえちゃんは何か言いたげに顔を上げたが、すぐにはっとしたような顔をして、両方の手のひらをぱあん!と打ち鳴らした。どうしたん急に。
「蚊おった?」
「ううん。なんでこの家こんな開けっぴろげやのに全然蚊おらへんの……ってちゃう!と、とにかく!今回の私はひとあじ違うねん!」
「ひとあじ違うん?」
そらええな。興味あるわ、食うてええ?
そう尋ねれば、かのじょはどもってたじろいでことばを切ってしまう。
「ひとあじ違うなまえちゃん、うまそう」
「ヒッ!」
「悲鳴て」恋人に対する反応ひどいな。
「ええい、つべこべ言わんと!北信介、ここへ首を出し!」
「うん?」
「神妙に!くびを出せ!」
はあ、と疑問に思いながらも真剣な表情で出せと言うので、もう出とる首、というか頭ごとかのじょのほうへ近づけた。すると、ふたつのちいさな手のひらががしっと両側を掴まれる。
「なまえちゃん?」
わずかに下に傾いた視界にあったかのじょのひざがにじり寄り、自分のひざにぴたっとひっついたところで止まる。顔さえ見えないものの、からだはかなり近づいていることがわかった。
なまえちゃん。
もう一度声を掛けようとして、息を止める。
首に、とてつもなくやわらかいものがふにゃっとひっついた。そして、ちゅうっとやわく吸われる。
突然のつつましい刺激に驚いて顔を上げると、俺が急に顔を上げたことにかのじょも驚いたが、やがてふふんっと勝ち誇ったような笑みを浮かべて俺を見下ろした。
「たまには北も困ったらええねん」
「うん?」
「今日は私が北の首、真っ赤にしてやるわ……」
ふふん、とまた息まいたなまえちゃん。
それを見ながら俺は、こんひとは、ほんまにかわええことばっかり考えるあたまやなあ……、と考えるのだった。ふうん、なるほど。今回は、そういう考えか。
「そんなら、つけてもらおうかな」
見えやすいように首を傾けてやると、かのじょは「ええっ!?」とわかりやすく狼狽した。
「えっ北……ええん!?」
「ええよ。つけてや」
「キッ……マークってあれやで、これやで!?」自分の真っ赤なくびを指さすなまえちゃん。
「だれかに見られたら、どうするん!?」
とても報復しようという人間の言うことやないな。
だれかに見られたら、なんて。
そら決まっとるやん。
うちのとんでもなくかわええひとがつけてくれましたって、胸張って言うたるわ。
なんてことを伝えてしまえば途端に話はご破算になってしまうだろうから言わずにおくが、その光景を想像すると、こちらは困るどころか、なんだか愉快な気持ちですらある。
「え……ほんまにええん……!?」
まじまじと見つめてくるかのじょを安心させてやろうとほほ笑んでやると、胸をおさえて少しうずくまってから、ゆっくりと再び身体を起こし、自らになにかを言い聞かせるようにうんうんと頷いたのち、ふんっと鼻息をひとつついてから、こちらへ近づく。意気込んだかわええお顔と距離がほど近くなってひそかに照れてしまう。
「なまえちゃん、ずっとその体勢はしんどいやろ。俺の膝に乗り」
「ええの!?わぁい!!」

そして数分後。
「…………」
「んっ……んん〜……」
「…………」
ちゅっ、ちゅっとかわいらしい音が部屋に響く。
腕に抱えたなまえちゃんが、さっきっから首筋に顔を埋めくちびるを押し当て吸いついてくる、やわい刺激が心地よくもありじれったくもある。夢中でキスを繰り返し、呼吸がおろそかになっているのか、んん、と少し苦しげな悩ましい声を漏らしつつ、やわらかい身体を押しつけて、ふわふわの髪の毛で俺の頬をくすぐりながら、ちゅうちゅうと薄い皮膚を吸う。これはこれで生殺しやな、と思いながらも必死に自分の痕跡を残そうとするかのじょのあたまを撫でつける。
ちゅーっちゅちゅっちゅちゅっちゅっちゅ……、
はあ……と息がこぼれる。
すでにむくむくと起き上がってしまったこれの存在になまえちゃんは気づいていないらしい。そんならちょっと借りようかな、とほんの少し身体を動かしてかのじょのおしりに擦りつけてみる。ちゅっちゅと吸いつくのに忙しいなまえちゃんは、それでもぴくんと反応したものの、特になにも言わなかった。こんなことをされるんはもう慣れっこやからかもしれん。いつものあれやと思とるんやろうか。とにもかくにも、怒られへんのやったら大丈夫。おさまりのよいからだを抱きしめて、まるいあたまをときおり撫でて、かのじょのくちびるを受け入れつつ、こちらもたのしませてやろうと、かのじょの腰へそっと手を伸ばした。
「あれぇ……?」
かのじょがへんぴな声を上げたのは、それからさらに何分過ぎたころやろうか。
「ン。どうしたん、なまえちゃん……」
かのじょの顔をのぞき込むと、またもや不満げな表情をしている。
「色つかへん……」
「そうなん?」自分では見えへんもんやから、首の状態がとんとわからない。
「うん、めっちゃうっすい……」
「もっと思いっきり吸うたらええんちゃう?」
「ええ?でも、痛いやろ?」
「いや、こそばい」
「えっ!?」
「もっと強くしてもええよ?」
「うそやろ!?」
「ひとおもいに、やってんで!?」
いや、ひと思いにはやらんでほしいけども。
うそやろ、と再度言いながら、ちゅーっと吸いつくなまえちゃん。
「こそばい」
「うそやろ!?」
「鋼鉄の皮膚しとる!?」目をまんまるにして驚くかのじょを見て、少考する。
「ほんなら、なまえちゃん」
「うん?」
「お手本、見したろうか?」
「お手本??」
「うん。首やと、なまえちゃん見えへんから、腕かな。腕でやったるわ。ほら、なまえちゃん腕貸して」
「う、うん……」言われるがまま片腕を差し出したかのじょの無防備に口角が上がる。
こちらの告げた建前通り、お手本とやらを見て勉強するつもりなんやろう。じーっと自分の腕をもう凝視している。
「いまからお手本するからな?ええか?なまえちゃんちゃんと見てな?」
「うん!」ええ返事や。
威勢のええ返事にうんと頷いて、肌の白いかのじょのさらに白い部分、二の腕の内側の部分に指を沈める。やらかい。揉み心地のよさそうな柔肌を前に、まあそれは今我慢するとして、かのじょが真剣に観察するなか、くちびるで触れた。こちらの凹凸の隙間を埋めるように、やわこい肌がよく沈む。しばらく触れるだけを堪能してもよかったが、それではかのじょの求めるものにならへんやろうと考え直し、うっすらと開いた口から舌を出して少し舐めた。
「ひゃっ!?」
「なまえちゃん、ここにつけるで?」
「う、うん!わかった!」
わかったて。
一体なにがわかったんやろうか?
ふふっと息を吐いて、また少し舌を這わせる。「んっ……」舌先の感覚にかのじょが声を漏らした。そうやな、なまえちゃん舐められるん好きやもんなあ?先っぽで滅多と触れられることのないところをつっつかれたら、気持ちようなってしまうな?
「なまえちゃん見とる?」
「ん、んんっ……」
ぎゅっと目をつぶってしまったかのじょに声をかければ、うるんだ瞳で見つめてくる。ぬるぬると自分の唾液で湿ったそこへくちびるをつけて、その肌を吸い上げる。
ぢゅうっと下品な音がした。
「ひんっ!?」とかのじょはその場で跳ねる。
「ほらなまえちゃん、ちゃんと見いや?」
言いながら、ぢゅっぢゅっと短く、たくさん、おんなじところや、そうでないところを吸っていく。
「んん……いっ、う……いた、ぃ……」
なまえちゃんは触れられることに感じながらも、吸われたことに対しては痛い、と珍しい反応をする。普段はこれだけせえへんもんなあ、と直近の様子を思い浮かべる。ほかに意識の集中することをしながらしていることなので、いつもはこの痛みから意識が逸れるのかもしれない。それどころやない、というやつやな。とにもかくにも、これがなまえちゃんの望んだものの完成や。
「ほら。できたで?」
「……ん…………」
「できる?」
「…………」
ぼんやりとしたまんま熱っぽく見つめてくるかのじょに尋ねると、眉を下げてしまう。
「どうしたん」
「……できひん……」
「できひんの?」
「やって……これ……きたが、いたいやん……」
「…………」ああもう、ほんまにうちのこは。
もうこれええよな。
こんなん、ええやんな?
「なまえちゃん」
「え……わっ!?」
短い悲鳴と、畳の鳴る音。
みずからに覆いかぶさった男を唖然と見上げるかわええひとのくちびるに有無をいわさずかぶりつく。さっきまであやすように回していた手が服の裾からうすい腹をまさぐる。
「き、き、きたっ?」
熱をもったかのじょのからだと、融け落ちそうなほどにすっかり熱いおのれのからだがかぶさって、いまからふたりでもっとあつくなる。
せやなあ、せっかくやし、やっぱりしっかりと痕をつけてもらうことにしよう。かのじょの非力な力では、噛まれでもせん限りさほど痛くはならへんと思うんやけど。なまえちゃんが俺が痛くならへんか心配やと言うのなら、とんでもなく気持ちええことをして、痛みとやらから守ってもらうとしよう。まるい目玉をさらにまんまるにして、なまえちゃんが俺を呼ぶ。ええよ、ええから、いっぱいつけてくれてええから、ひとまずそのくちびるを食わせてくれ。


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