午前三時。
という時刻は、昔々、そのまた昔、夜が明け人々が活動を始める時間とされていたという。暁という言葉にはほど遠く、空はまだまだ真っ暗で、暁の別れという言葉があるように、まだこんなに空が暗いうちに恋人元から去ろうとする男は現代の感覚でも情が薄いと思われるやろうなあ、って、あれ、なんで私こんなことを考えてるんやろう。などと思いながら、ぼんやりとした足取りで、けれど転んだりしないように、目をしぱしぱと瞬かせ、タブレットの光源を頼りに暗い廊下をひっそりと歩いて、お手洗いで用を済ませ、そして元来た道をゆっくりと戻っていく。二階なんかはじめて来るのに、ましてや真っ暗な中を一人でなんて、どんな肝試しやねん、と内心ビクビクしながら、けれどこの家は先祖代々徳を積んできたであろう北家の総本家。恐ろしいことなんかが起こるはずもなく、転ばないように気を付けて歩いてさえいれば、存外すぐにたどり着いた。
「………………」
転ばないように、音を立てないように、起こさないように、ゆっくりと、部屋の真ん中、ちゃんと設えられた寝床まで戻る。ぽっかりと人ひとり分のスペースが空いたそこへ、そうっと身体をおさめると、少し冷えた体温にまた、ぬくもりが戻る。小さく寝返りを打って、先ほどはとてもじゃないが直視できなかったその寝姿を見つめてみる。男性にしては大きくきれいな瞳は閉じられてまつ毛の流れがよくわかる。普段動くことの少ないキリっとした省エネの眉毛が今はやや下がっている。すっと通った鼻筋。よりシャープになった白い頬。薄くやわらかいくちびる。記憶の中よりもずっと大人びて精悍に、男性になったかれの寝顔は、記憶の中の男の子よりも幼く見えた。すうすうと静かな寝息も彼らしい。一階の奴らなんか、さっき通ったらイビキ聞こえてきたで。あれは多分尾白やな。赤木は絶対変な寝言とか言うとるタイプやろう絶対そうそうに決まってる。大耳に関しては、まあ、ちゃんと呼吸しとってくれたらそれでええわ……。そんなことよりももっぱら関心はすぐ目の前にいる北で。北信介で。私の恋人というやつで。ほんまやろうか。まだ夢見てない?とにもかくにも北信介。眠っている北。超が三つ付くほどのレアな姿。かわいい…………と見惚れときめいてしまう自分と、いやいやこんな姿に騙されたらあかん、ゆうべ、というか数時間前、この男に何されたかもう忘れたん、という自分が鍔迫り合いを始め出す。私の頭の中の話や。あれはもう、思い出すのも恥ずかしい、帰って来てからこんなことばっかりや、とにかくもう、北にもう、しっちゃかめっちゃかにされた。自分やない自分を引っ張り出されて、知らん感覚を叩き込まれて、何かはわからんけど、大事なもんを奪われてしまった気分やった。いまこんな、あどけない顔ですやすや眠るこのかわいい男と果たして同一人物なんやろうか。まさか夢やったんとちゃうやろうな。服着とるしな。でも北ん部屋で一緒に寝とる。けどまさか、おんなじ階に両親が、一階にお婆ちゃんと友人が寝ているのに、まさか北がそんなことをする?けどでも身体が、とかなんとか、起きた瞬間に考えたことがまた巡ってきて、でも目の前の寝顔を見ていると、またそんなもんはすぽーん!と抜け落ちてしまう。
くうっ!
かわいい…………っ!
ときめきに胸を震わせていると、不意に身じろぎをした北がこっちへもたれかかってきて、そのままぎゅうと腕を回された。び、びっくりした!?!?なにごと!?刺激がつよい!アウトです!!!パニックになって、離れようともがいても、すぐに抱え込まれてしまう。なんとか体勢をかえようとしていると、閉じられていたはずの双眼がこちらへ向いていてギョッとした。
「き、北」
「……具合は?」
「へ?」
「……どこもおかしくしてへん?」
「え、あ、ちょっと筋肉痛?かも?」
「……気分は?」
淡々と、でも寝起きのせいかのんびりとした口調でひとつひとつ確認するみたいに聞いてくる。
気分――気分やって?
身体中まさぐられてこねくり回されて、知らんかった感覚まで知覚させられて、まるで、北の手で別のもんにつくり変えられてしまったみたいな気分や。
そんなこと言えるわけない。
口を開けたり閉じたりを繰り返す私を、静かに見やる北。
「……どこ行ってたん」
「……起きてたん?」
「腕ほどくから」そんな前から起きてたん?
ちょっとお手洗いに、と言うと、北の目玉が、私の顔から、ゆっくりと下へ向けられた。
「そんな格好でか」
「うん?」
そんな格好て。
部屋着着てるやん。空港のターミナルに入ってたかわいいお店で買った、オシャカワなルームウェア。日本は高温多湿やから夏にぴったりの涼しいさらさらした薄い生地。お花がいっぱい描いてあって女らしいやろ北ドキッとするかな、と思って持って来たかわいいかわいいルームウェア。なんでか北に着るよう言われてしまったシャツはなんかどっか行って見当たらんけど、あ、タオルあんなところに落ちてる首筋のアレ晒して歩いてたわ恥ずかし、誰にも会わんでよかった……と自分の格好を見返していると、あれ?と思う。
そういえばなんか、
胸んところめっちゃ違和感ある。
違和感っていうか……開放感?
ぺたっと手を当ててみた。
「あっ!?」
し、してへん!ブラ!
めっちゃかわいい夜用のやつ!
発育を促す美乳キープのやつ!
なんで?
え、落とした?うそやろ?
え、ほんま誰にも会わへんでよかったな??
あやうく痴女になるところやった!
あっちこっち部屋中に視線を巡らせて、同様に落ちているであろうものをキョロキョロと探すが、なぜか見当たらない。もしかして、毛布の中とか?と思いまくってみたけれどそこにもなくて、あれ?あれ?と疑問符がポポポンッと出てくる中、北は平然と「まだ寝ぼけとるなあ」と頷く。いや寝ぼけてないわ、今の衝撃で眠気すっかり吹き飛んだわ!
「探してるんって、これ?」
なにくわぬ顔をして北がどこかから取り出したのは、まぎれもなく私が今探しているもので。
「な、なんで北がもってるん!?」
声にならない叫びをあげて奪い返そうとするも躱されて、そのままぎゅうっと抱きしめられた。うっすい生地しか隔たりのないそこが、北の胸板に押し付けられて、その感覚に震える。自覚したら、なんか、余計気になってきた……!
「ふ」
「!?」
「ハア、やわらか……」
「カンベンシテクダサイ……」
「なんや、俺はちゃんと聞いてんで?外してええかって……、お前はうんって言うてなあ。外し方まで教えてくれたなぁ」
「……そ、それは…………」
「なあ。お前、ゆうべのこと、どこまで覚えてるん?」
「………………」
ど、どこまでって……、
そんなん、口にできるわけないやん!?
………………、
……………………。
な、なんとなく。
うっすら。
全体の流れは、把握してますけど……。
口ごもる私を、北が見ている。
小首を傾げてじいと見ながら、静かに笑むその表情。
どういう心情をあらわしてる顔なんかはまだよくわからへんけど、その顔をしているときは、たいてい私(の主に心臓)がよくないことに陥る前ぶれみたいなところがあるので、つまりは前科持ちということや。挑発的というか、誘惑されてるみたいな感覚になるんよな。これ、普通男の人が陥る感覚なんとちゃうん?仮にも女性として生まれてる私より色気があるってどういうことなん?小悪魔ですか?……いや、そんなん考えてる場合とちゃう。
とにかく。
これ以上北を調子づかせるわけにはいかんのや。
私のためにも!
「なあみょうじ?」
どことなく楽しそうにも見えるのが気に食わなくて、「なんも!」と声をあげた。目を丸くして「なんも?」と繰り返す北に、少し気分がよくなる。
「なーんも!覚えとらんわ!」
あーんな恥ずかしいやりとりを、ちゃんと覚えていることが知れたら、何言われるかわからへん。酒が入ってしでかすことは、酒が抜けると忘れるから許されんねん。あんなことから、こんなことまで、言うた記憶も、自分からあんな、いやらしいことを、ねだるようなことを、した記憶なんかぜんぶ忘れさせてくれたらええのに、残念ながら優秀な私の頭はそれを許してはくれない様子で。ただそんなことも北は知るよしもないやろうから、とりあえず知らず存ぜずで通すしかない。北やって、ゆうべのあれこれの話持ち出して、あとあと私をからかうつもりやったに違いない。あてが外れてさぞかしつまらないとガッカリしたやろ。
「そうか、覚えてへんのか……」
「うんうん」
「そうか」
「うん」
「…………」
「うん?」
「そうかあ」
薄くやわらかい唇が、にいと歪んだ。
それを目にした瞬間、喉がヒュッと音を立てる。
アッこれあかんやつ。
「じゃあ、おさらいせんとなあ」
お婆ちゃんとの血縁を感じさせる、のんびりとした、やさしい声色で、そんなことを言う。引けた腰をそっと包む手のひらが次第にやんわり、撫でてきて、頭の中の警報が朝一番、いや朝ですらない午前三時に鳴り響く。この音が、現実になったらええのに、みんな、起きてしまえばええのに。
「お……おさらい……?」
「何事も大事やろ?予習、復習」
「予習復習……」
「普段からちゃんと反復しとったら、本番で忘れるいうこともないねん」
「反……ほん、本番…………」
なんか昔おんなじようなこと言うとったな。のんびりとした口調で、けれどしっかりと腕を掴まれて、肩を押されて、枕の上に頭を落とされた。仰向けになった視界が天井と北の顔を映す。いやいや。
「いやいやいや……」
「とりあえず、ゆうべのところまで」
「とりあえず!?」
とりあえずってなに!?
どんどん近付いてくる北の顔を避けようと可能な限り首を回す。そんな抵抗も首を吸われて無意味に終わった。いったん刺激を送られると、声、声が。はあ、と呼吸も乱れ始める。首筋から、鎖骨の方に降りてくる北の頭。昨日の朝はそこまでやったのに、夜にはもう、その下も暴かれてしまった。あ、あかんこれあかんやつ。めっちゃあかんやつ。
「あっあっ、ちょっと思い出してきたかも!」
「ちゃんと思い出させたる」
「ちゃんとの押し売り!!!」
ありがた迷惑やな!!!!!
叫ぼうとした声は、ルームウェアをまくり上げられ、つんっとつつかれた刺激で卑猥な声に変えられてしまうこととなる。


「…………つまみ食いしたんは、ここまで」
呼吸もろくにままならず、身体のどこにも力が入らなくて、布団の上で、ひんひん震えるしかできない私は、唇を舐める北をぼんやりと捉えて、律儀なんかなんなんもう、なんなん、「ごちそうさまでした」などと手を合わせる北を見上げて、思った。
これのどこがつまみ食いや……。
あんたの一口、どんだけでかいん…………?
ほんまは覚えてるのに、覚えてないことになってるからか、逐一説明を入れられて、ゆうべ不覚にも言わされたはずかしいことまでしっかり素面で言わされて、もう顔面から火ぃ吹きそうや。あ、あんないやらしいこと、二度も言わすなんて、それも、あんなに楽しそうに……やっぱり、北、最近うすうす思っとったけど、もしかして、ちょっと意地悪なんとちゃう!?
「安心し。中には手ぇ出してへんで」
「なっ!?」そんなことを言われたところで、これっぽっちも安心できるわけもないので、そんなことに言及せんでほしいほんまにまったく。
「褒めてや」
「ほっ……」
ほめ……ほめる、わけないやろっ!?
こんなん、こんなん…………いっそ生殺しやわ!!!!!
ちゅうっとこめかみを吸われる。
そんなところ吸ってなにが楽しいん、と思うのに、本人は笑っている。それを見ると、胸がつまって、声が出なくなって、ずっと見てたいって思ってしまうから、やっぱり北はずるい。ずるいずるい昔っから。昨日の、車の中でされたみたいに、脚の間には北が潜り込んでいて、動かされて、ただでさえもう、いっぱいいっぱいやのに。
「なあ、もっとしてええ?」
酒抜けてからの方がええかな思て、我慢しててんで。なんてとんでもないことを言い始める。あかん、と言おうとして、最初の音を形づくった瞬間、それはぱくりと飲み込まれる。やわらかなところに手がやってきて。揉まれて、食べられながら、擦られて、いろんなところから刺激を送り込まれて、もう、もう、また、とける……っ!
「んっ……ん、ん、う、ん」
「うんって言うた」
言うてへんわ!!!!!!!
という声も音にならへん。
おなかのところを這ってた指先が、ショーツの端から滑り込んで、腰をそうっと撫でた。そろそろと何度か行き来したら、今度は一本じゃなくて、手が、入ってくる。ゆっくりと撫でられて、ぞわぞわする。身体の中心にじわじわと熱が溜まっていく。もどかしい。じいっと私を眺めて、さわる北は、いまどこまで進んでええのかを、少しずつ確認して、試しているような気がした。
「き、北…………」
「うん?」
「………………ッ」
何してるんやろう。
まっとうな昔の人は、もう、起きて、炊事やら畑仕事やらに精を出すような時間に。私は。男女が別れを告げる時間に。みんな寝静まってるのに。お婆ちゃんおるのに。ご両親だっておんなじ階におって、尾白とか、大耳とか、赤木までおるのに。私と北は。こんなことして。時間が経つにつてれ、いっそう深くなっていく快感に、脳みそはとっくにとけている。一度睡眠を挟んで落ち着いたはずの身体だって、もう熱をぶり返していて。
北の視線が。
ゆびが。
手のひらが。
唇が。
声が。
吐息が。
衣擦れの音が。
触れ合う肌が。
のっかる重みが。
こっそりと押し付けられる部分が。
それ以上の快感を期待している。
もう、辛抱たまらんくなって、ぎゅうっと力を込めて、がんばって腰を浮かせる。こすりつけてしまう形になって、恥ずかしさと、気持ちよさで、声をあげてしまう。
そうすると北はうれしそうに笑って。
「もっと、気持ちようなりたいなあ」
腰を撫でていた手が、正面へ回ってくる。今からどこを触られるのか、本能的にわかって、ビクビクする身体を、無意識に北へあてがう。気持ちいい。気持ちええのに、今から。もっと。自分でもめったにさわらないところを北の指がさわって、悲鳴が出る。いやらしい水音と、ぬるぬる滑るゆびさきが、大事な、はずかしいところをなでて、声がとまらない。さっきまでとは比べものにならない直接的な刺激を与えられて、あっけなく達してしまった。
「気持ちええとこ、教えてな?俺、はじめてやから、教えてくれなわからへんよ」
熱に浮かされたあたまの中で、
北のこえがよくひびく。
「教えてくれたら、もっと気持ちようできるよ」
やさしく、おだやかなのに、私を追いつめる。
ああ。
拓かれていく。
どんどん北に拓かれてしまう。
もっと、拓いてほしい。
自分じゃできないこと、北にしてほしい。
「……なか…………」
両手で口をふさいだ。
「うん?」うっそりと北が笑う。
やさしい声でうながされて、
もう、
もう、あかん。
「な、なか……中に……」
「中に?どうしてほしい?」
「………………」
「うん」
「…………い、れて、ほしい……」
ああ、こんなん。
こんなん。
はずかしい。
どうしよう、はずかしい。
涙があふれる。
ひくっと喉が鳴った。
「…………うん」
よう言えたなあ。
ずーっと胸をいじくってた片っぽの手のひらで、慰めるようにやさしく頭を撫でられて。
そして、指が、入ってきた。

とろとろになったそこへ、侵入してくる感覚。
入ってきた瞬間の、掻き分けるようにして中へ進むそれにそこはぎゅうぎゅうと抱きついて、ビクビクと震える。一瞬何をされたのかわからなかった。すぐにグチャグチャと動き回って、それがようやく北の指だとわかって。
「ごめんなあ。中も気持ちようなりたかったよな」
「あ、あっ、っく」
「ちゃんと言えて、みょうじはほんまにええ子やな」
笑いかけられて、ささやかれて、キスをされて、さわられて、北になにかされるたんびに、ぎゅうぎゅうしてること、これでもうばれてしまった。出たり入ったり、曲げたり伸ばしたり、ぐるっと回したり、壁を掻くみたいにこすられて、どんどん、どんどん、昇りつめていく。
こんなんあかんと思うのに。
どんどん快感が、強くなってきて。
どんどん北に暴かれていく。
喚声とも悲鳴ともわからない声をあげる私を、やさしげに眺めて、でも指先はぜんぜん容赦なくて。
どんどんどんどん、
わけがわからなくなっていって。
すぐにまっしろになった。
身体が――私の身体、
もう、自分のものやないみたいや。
声は抑えられんし、
ぜんぶに反応してしまうし、
ふるえが、とまらんし、
なのに、まだ、からだはうずくし。
呼吸もままならない。
それなのに北が笑う。
すき。
北が好き。
またぎゅうっとなる。
――そんな矢先、指が増えた。
また、押し入ってくる。
バラバラに動いてかき乱して、快感を増やしてくると思ったら、揃ってより太いそれになって、ゆっくりと深めていく。波が引き始めたと思ったらまたやってきて、まだ鎮まってないのに、こんな、こんなん、あかん、あかん、またきてしまう、だめ、ほんまに、あかん、うわごとのように言葉をこぼす私を、北がやさしくつつんで、あやしてくれるのに、ぜんぜんちっともやめてくれへん、ほんまにきてしまうのに、また、またくる、あかん、ゆび、ぬいて、あかん、もう、もう、ーーーー……

これでもう何回目なのかわからへん、
けど回数を重ねるたびに、
どんどんきもちよくなってる。
脱力しきった私のうえから、退いてくれない北は、
「俺も、気持ちようなりたいなあ」
うっそりとささやく。
耳から再度快楽がはしって、
北に焦点をあてると、
頬を真っ赤にして、
とろけた目をした北がいる。
張りつく汗を、シャツでぬぐい、そのシャツもすこし乱暴にぬいで、そのへんにやるので、あわてて目をつむる。一瞬、見えてしまった。
「みょうじ?」
「な、なに、ぬぐん……」
「……ふはは!」
「なに……!?」
「脱ぐんって、おまえ。別に上ははじめて見るわけでもないやろ?マネージャーやってんから」
「なっ!み、見んようにしてたわ!極力!」
「はははっ」
「わ、笑わんで!」
そりゃ確かに、マネージャーやってんから、大会んときとかは、そこらで着替えとったけど……、でもそんなんわざわざ、見んし!いくら北が好きやからって、そんな、それは、なんかちゃうやんか!……それに、昔といまは、ちがうし。いろいろ。いろいろとな。ほんまに真っ暗になった視界の中、弾むような北の声にむきになって、すこしドキドキがほぐれた、と息を吐く。
「それに、脱がんとなんもできんからなあ、男は」
「ヒ」ュッと息を飲んだ。
再び、衣擦れの音が聞こえてきて、脈うつ心臓がすごいことになってきてる。音、音で、二枚脱いだのがわかって「ひゃああああ」しまった。
「みょうじ、目ぇ開けや」
「む、むり…………」
「おまえとおんなじ格好しとるだけやで」
「お、おんなじ?」
「おんなじ」
「いつのまに…………?」
「それも知らんかった?」
知らんかった…………、
たしかにさわられとったけど。
「かわええなあ」
いまさら隠そうと動かした手は手首からあついものに掴まれてしまう。
目あけて、と再度、耳元でささやかれて身体が跳ねあがる。
そのうち、耳のふちを、ぬるっとあついものが這って、悲鳴をあげる。
危機感から、思わず目を開くと、暗闇から急に北が現れて、その近さにまた縮みあがる。
少し身体を起こしたりするから、余計にいま、どんなことになってるのか、見えてしまう。あまりに卑猥な光景に言葉を失う。ずっとずっと当てられてきたそれを、はじめて目にして、これからそれをどうするのか、わからんほどに子どもでもなく、すでに拓ききった身体がいっそうじわじわとうずいて、あんなんむり、と思うのに、はやくと思う自分もいて、もう自分がわからへん。頬をあついてのひらが覆った。つうっと唇を這う親指。むにむにとひとの身体であそんで、たのしそうに唇をおとす。そのひとつひとつに、いちいち反応して、ばかみたい。あたまはとっくにばかになってる。からだも、もう。さっきまでぐずぐずに溶かされたところへ、北のそれがくっつけられて、あてられて、ちゅっちゅって、されてるみたいで、また、ばかみたいな声をだしてしまう。もう、もう、あかんのに。これからもっとあかんのに。
「き、きた」
「は……、うん、ええ?」
ええって、言うて。
北から漏れる息と、余裕も平静もない声に、あたまのなかがぐちゃぐちゃになって。
すっかりばかになっってしまった私は、何度も何度もかぶりを振った。
まっかになった北が、ゆっくりとわらって、私のなかにはいる。


「…………十時……」
寝過ごした………………。
チュンチュンとかわいい鳴き声が外から聴こえて、窓から入る光はすっかりまぶしく部屋を照らす。クシャクシャになった毛布と敷布団の上に座り込む私は、一応ちゃんと、ルームウェアを着ていた。着た記憶もないんやけどな……、と余計なところへ行き着きそうな思考を躱すためにぐるりと視線を回してみる。北はいなかった。まあ、この時間やしな。一回うっすら起きたときは、おったけど。その北の代わりに、枕元にはメモ用紙が、私のタブレットを文鎮代わりにして置かれている。拾い上げてみると、北らしい丁寧な、けれども男のひとの字で、色々と書き置かれていた。寝起きのぼんやりした頭でそれに目を通して、頭をかかえる。横目で寝具の脇を見てみれば、たぶん北が引っぺがした(全然気付かんかった)タオルやらシャツやらがきちんと畳まれており、シャツを広げると、その折り目から、私のかわいい美乳ブラがポロッと出て来る。こ、こういう……こういう気遣い、男のくせに、ほんま、もう、な、なんなん!?恥ずかしいわ!だいたい、なんやねん!ショーツは履かせるくせに、なんでブラはここに隠されるん!?なに!?恥ずかしいん!?ブラは付けるん恥ずかしかったってこと!?なに!?ゆうべも、今朝も、今朝?いや今朝はいまで、あれ?とにかく、あんときも、こんときも、さんざん、さんざんいじくり回して!なに、あれ!?こんなにうぶな彼女に、あんな、あんなこと、次から次へとしてきたくせに……!
「――部屋から出るときは、これらを身につけること。風呂にはいること。めしをちゃんと食うこと。……起きたんが昼に近ければ、いっしょに食べたい。シーツは取り替えたので、ベランダ干しといてください。からだ、動かしづらかったり、痛かったりしたら、それはごめん……」
ごめんってなんやオイかわいいな。
色々とツッコミたいことはあるはずやのに、全部この最後の一文に持ってかれてしまったやんけ。北、これどんな顔して書いたんやろ。真顔かな。いや照れたやろ。これ絶対、頬まっかっかにして書いたやろ。…………くぅ!見たい。ぜひとも見たかった。はじめての北からの私信や。私あてのお手紙や。それも直筆。こんなんはじめて……。内容はともあれ、テンション上がる。やばい。胸キュンってした……あーもう何千回目やねん、うんざりする……好き…………。折れ曲がってしまわないように、気を付けて、タブレットのケースに差し込んでおく。
ふふ、と笑みがこぼれた。
やばい、めっちゃ予想外に嬉しい。
からだはめっちゃ痛いし、腰も重いし、例のところは非常にひりひりするけど。ここに、あの北の、あんなところが、出たり入ったり……、指だけじゃあきたらず、あんな…………、はじめては、痛いって昔ちーちゃんが言うてたのに、ちゃんと気持ちよくなったし……、しかもそれ言わされたし……………………、やけど。
かすれた声で、
へたくそな鼻歌をうたって、
きちんと留め具の留められているブラジャーに手を伸ばす。
「……こういうとこやで!」


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