「そんで?あんたらどこまでいったん」
午後四時過ぎ。
はじめて足を踏み入れる大阪のキルフェボンの店内で、ポットを傾けダージリンをカップに注ぎながらエリリンがドドンと踏み込んだ。私はフォークに刺したタルトからブルーベリーを皿に落としてしまった。
「なん。エ。ど、どこまでって……」
「付き合うまで八年半やで?あんたらのことやから、まーた亀みたいな歩みしとるんやろ。ん?」
「…………」
無意味に前後左右を見回してしまう私をニヤニヤと眺め、からかうように畳みかける。
「手ェは繋いだか?好きってちゃんと言うてもらったんやろうな?キスぐらいはしてもらわんと採算合わへんで」
「採算ってなに……」かっかと頬に熱が集まっていくのを感じながら、紅茶、いや体温もっと上がる、お冷やの入ったグラスを呷る。ぎゅうと握った指先がひんやりして気持ちのええ。
「ほら答ええ。安心し。あんたらが亀なんは私らよく知っとるから。昔みたいに、なんぞ助言でもしてやれるかもしれんで?」
「じ、助言……。なつかしいな……」
「やろ?ほらなまえ。今日は女子会や。あんたいっつも聞く側ばっかやったからなあ。今日は私が聞いちゃる」
なんとなつかしい。助言までしてくれるというエリリンは菩薩のような微笑みを浮かべている。女神のように優しいことばと古巣の思い出に背を押され、私はどっからどう切り出したもんかと少し考えた。お互いにタルトをひとくち、口に入れて咀嚼し飲み込むまで、つかの間の静寂が訪れる。
「んん……ええとその、エリリン……」
「ん?」
「あの、それがですね……」
ごにょごにょごにょ。
私にも恥じらいというものがあるので割愛するが、自分でも未だに摩訶不思議と思っている私と北に関するこれまでの一連の流れを、大雑把に(小声で)説明する。この経験豊富な女性の魅力全開の頼りになる友人ならば、なんぞお導きくださるかもしれんと思ったからや。ひととおり話を黙って聞き終えたエリリンは、カーン!と勢いよくカップを置いた。大人っぽいブラウンのグラデーションを乗せた瞼をカッと見開いている。よく見るとわなわな震えていた。心配になって、エリリン?と声を掛ける。
「……開通済みやと!?!?」
「その言い方やめてくれん!?」
「初日っから自宅に連れ込むとは……」
「その言い方も語弊が……」
「北信介、なかなかやりよる……」
そんなことを言いながらゴクリと喉を鳴らすエリリンであった。
「敵ながらあっぱれや……」
「敵なん?」驚愕から神妙な表情へと移ったあとは私を観察するみたいに上から下へと見つめてくる。エリリンにとってはそんなに衝撃的な解答やったんやろうか。私らそんなに進み遅いと思われとったん。まあ付き合うまでに盛大な片思い期間を経てきたわけですけども。ただ戻って来てからの出来事で言うならば、再会早々ひとことことばを交わす前に抱擁され、なんならちゃんと話の整う前にちゅうまでしとるしな……。そっからもなんや一緒に住む住まへんとか、車の中で……とか、色々と、色々と……。悶々と浮かんでくるあたまの中のアルバムを無理くり閉じる。こ、こんなん、昼間っから、こんな憩いの場で思い出すことやありません!!!
「えー、俄然興味湧いてきてんけど。あの北とどんなセックスしてるん?」
「北に性的な興味持たんといてくれます!?!?」
「安心し。これはあんた込みの北や」
「安心できませんけど!?」
なんでそれ聞いて私が安心できると思った???
目ん玉を剥いてエリリンを睨む私に気づいた彼女はため息を吐くと両手を軽くホールドアップする。
どうどう。いやどうどうやあらへん。
あんたそんな、馬でも宥めるみたいにして――
「なまえ……ええか?私は心配やねん。あんたのアホさと、惚れた弱みにつけこんで、北があんたを欲のはけ口にでもしようもんなら、私らはあの男をまじでしばきに行かなあかん」
「エリリン……」続けて聞かされた友情に篤いことばに、私は涙のひとつでもこぼれ落ちそうや。私は、ほんまにええ友達を持ったなあ……。大好きな友達に心配してもらえるのはうれしい。
ただしかし、北はそんな、私の弱いところにつけこんで、いやらしいことをするような男ではない。そんなことはされてへんよ、ということだけはしっかりと伝えておかねばならなかった。そう、私は北に、自分のアホさと、惚れた弱みにつけこまれてなんかいない……あれ?エリリンさっきアホって言うた?
「で。どんなセックスしとるん?」
「え、あぅ……」
「北って淡白そうやし、やっぱあっさりしとるん?痛くない?ちゃんと濡らしてもろとる??童貞こじらせた男は独りよがりなセックスしよるからな。気ぃつけんとあかんで」
「うわあああ」
あ、あ、あけすけすぎるんですけど!?!?
い、いやこれは、エリリンなりに私を心配してくれとって……、
「まさかあんた!前戯ナシでいきなり突っ込まれたなんてことは――」
「そ、そんなことされてへんからっ!」
「ほんならちゃんとしてもろてるん?」
「ん、うん、してもろてる。ちゃんと……」
「ひどいことされてへん?」
「ん。きたは、そんなこと、せえへんもん」
ちゃんと、してもろてる。き、きもちよく……。
どんどん声は小さくなって、最後は吐息のような音ではあったもののどうにか伝えることができた。ふうん、そんならよかったと返すエリリンの顔を見上げることができなくて、私は目下、きらきらと輝くベリー系タルトを食すことに専念しようとする。
「ところで北って見るからに性欲なさそうで、男として枯れてそうやん?」
「はあっ!?」聞き捨てならない言葉の数々に思わず顔を上げた。うん?と首をかしげるエリリンは美しくて目の保養だが、さすがにこんな失礼なことを言われて恋人の私が退くわけにはいかない。
「なあになまえちゃん」
「そ、そんなこと、ないもん!」
「そんなことないん?」
「き、北は、北はっ、あるもん、セイヨクめっちゃあるもんっ!」
「えぇ〜そうなん〜??とてもやないけど、そんなふうには見えへんわあ〜。ほんまにめっちゃあるん〜???」
「あります!めーっちゃありますから!私は、私はいっつも、気ぃやるまで、いっぱいされて、いっぱい、いっぱい、わけわからんぐらい、ことあるごとに、いっぱいされて、もうわけわからへんもん!」
「ほお〜?」
「かわいいとか好きとか、いまどこがどうとか、めっちゃ言うし、めっちゃセクハラするし、めっちゃちゅうするし、ギューッてして、声も手つきもあまあまで、私もう、しんぞう溶けそうや……!」
「へえ〜そうなんやあ〜それは大変やなあ〜」
「たいへんやねん!私はいっつも!なんか北めっちゃわらうしかっこいいすき!どうしよう!もう好き!やばいねん!あかん!ほれる!まいにいまいにち北ばっかり!こんなんでひとり暮らしどうしよう!さみしなってまう……!」
こんなところで北とのあれこれを強制的に思い出させられているからか、まだ引っ越しもしてへんのに、あのぬくもりが恋しくって仕方がない。さんざんからだにたたき込まれたあの熱がほしくなってくる。わたしはちじょや。ちじょになってしまった!北のせいや!あほ!
「一人暮らしやめたら?」
北家に取り込まれそうなんやろ?と優雅にダージリンとクリームチーズのタルト(おかわり)のハーモニーを楽しむエリリン。
「それはあかん!北とは、ジリツした大人の暮らしとお付き合いをするんや!」
「自立した大人の暮らしとお付き合い(笑)」
「かっこ笑いやめて!」
「まあまあなまえちゃん落ち着き」ほらタルト一口あげるから、とフォークを差し出されたので嬉々として噛みつく。ん、この、もったりとした、クリームチーズと、しっとりめの生地がよう合う。ここのタルトはフルーツやクリームに合わせて生地を変えているので、私のタルトとは味が全然違う。
「うまいか?」
「うま〜い!」
「ふふ。なあそれも一口ちょうだい」
「ええよぉ!あーん!」
自立した大人の暮らしと付き合い……。
なぜかエリリンはもう一度繰り返してから、やっぱりふふっと笑うのだった。
「なまえ」
「ん?」かしこまった声で名前を呼ばれる。大人の色気の詰まった美女は、私をわずかに見下ろし、とてもきれいな笑みを浮かべた。
「見事恋を実らせたあんたに、私からのお祝いや。今日は円滑な男女の営みについて色々教えたるから、タイミングみて実践していき。うちらのなまえをマンネリやなんて絶対に言わせん」
「な…………」
なんて頼もしいひとやろう!
私はフォークを握りしめたまま感動に打ち震えた。『はじめてのおつきあい』に右往左往している私に降り立った女神!経験豊富なこんひとがおったら百人力や!
「おねがいします!」
「うむ」
寛容に頷き、そして最後のひと切れを口へ放り込む。タルトを食し終えたエリリンは口元にナプキンを押し当て、しずかにこちらを見据えた。
「ほんなら、なまえ」
「はい」
「カラオケ行くで!」
「はい!」
………………え?

「イエ――イ!君をぉー好きでよかったァー。このままずうっとぉ――ずうっとぉ――死ぬまでハッピ――!」
「バンザァ――イ!君にぃーい会えてよかったァ――。このままずうっとぉ――ずうっとぉ――」
ララーラァふたぁりでえ〜♪


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -