八月某日。
大阪駅の地下フロア、ヨドバシの前で待ち合わせた相手は、取り付けた時刻の二分前にやって来た。
「エリリ――ン!」
「なまえ――!」
ひさしぶり――――!!とユニゾンが跳ねる。
あんた顔変わらんなあ!と快活に笑うこのきれいなお姉さん(二十四歳)は高校時代の友人のひとり、エリリンである。元々とても大人っぽく面倒見がよくて私はいつもお世話になっていたが、髪色やメイク、服装の好みがグレードアップして、見違えるほどに美しくきらびやかになっていた。
「こ、これがOLさんの魔力……!?」
「あんたなに言うてるん?」
そういうところも変わらへんなあ、と目を細める。くりんくりんなまつ毛が震えて見惚れてしまう。きょうは仕事の日だというのに、わざわざ半休を取ってくれて、私と遊んでくれるという。なんて優しいひとなんやろうか。頬を細くしなやかな手のひらに掴まれ、もにもにと揉まれながら、私はお仕事大丈夫なん?と尋ねたが、彼女は鷹揚に頷く。
「大丈夫や。新規の依頼はぜーんぶ課長に託してきた!」
「えぇ!それ大丈夫なん」
「ええねん。前もって言うてあるのに、振ってくる方が悪やわ」
「そういうもん……??」
「そんなことよりお腹空いたわ。なまえ何食べたい?」
「オムライス!」
「よっしゃーポム行くで!」
「はぁい!!」私の頬を揉むのをやめて、こっちや!と指揮をとる彼女にならって歩き出した。そっか、そういえばヨドバシの中にあったなあと学生時代の記憶を掘り起こす。
「ポムの樹久々や」
「ほんまに。ポム世界になかったん?」
「なかったぁ」
「そうか……あってもよさそうやけどなあ」
「そうやんなぁ。せめてニューヨークとベネチアには置いといてほしい」
などとまあ空腹のあまり適当なことを言い合いながら、エスカレーターに乗って降りてを繰り返し、あっという間に地上八階へ。リンクス内部のポムの樹は、在学時代彼女らとよく食べに行っていた思い出のお店である。エリリンが働いているグランフロントではなく、わざわざヨドバシを集合場所にしたのは、ひょっとしたらそれを覚えてくれていたからかもしれない。そう思うと、口端が上がる。
「ムフフ」
「あんたその笑い方はあかんで」
十分少々待つことにはなったがスムーズに店内へ案内される。
二人掛けのテーブル席へ着いて各々バッグをカゴへ移せば、向かいからは「はー。つっかれたぁ……」と息の漏れる。
「おつかれさま」
「ありがと〜」
「やっぱりお仕事、大変なん?」
「ん?ん〜、まあでも一年ちょい経つからな。多少は慣れたな」
「慣れたん?」
「あーでも仕事も一気に増えたな〜」
すぐ足むくむしなあ、と身を屈めてパンストに包まれたふくらみを撫でる彼女の仕草が新鮮だった。店員さんに渡されたメニューをテーブルに広げて二人一緒に見ながら、あれやこれやと話をしつつ、結局一番好きなデミソースのダブルチーズを、お腹がぺこぺこらしいエリリンはモッツァレラのトマトソースをランチセットを注文した。
「エリリン、サイドメニューも入るん凄いな」
「まあでもSSやで。あとでキルフェボン行くからな」
「え!?キルフェボンて……三条の?」
「なんと驚き、いまグランフロントにもあんねん」
「まじで!?!?」
「まじで。あんたが日本出てすぐかな」
グランフロントもそん頃やろ、とお冷やをひとくち。お水を飲む姿までなんだか大人っぽいんですけど……?ほんまに同い年??と思いつつ、投下された情報に目を剥く。あのきらきらしいフルーツを美しくあしらったあの芸術みたいなタルトの専門店が、まさかいま大阪にあろうとは。そんなん絶対に行かなければならない……。
「赤いフルーツのタルト……」
「あんた好きやったなあ」
「エリリンはルレクチェ毎回頼んどった」
「そんなんよう覚えてるわ」
「エリリンもやん!」
「ほんまや!」
ミサミサは、ふうちゃんは、なんて思い出話に花を咲かせているうちに運ばれてきたオムライスのふわとろ卵に舌つづみを打つ。そう。この。このデミソースとチーズ。この組み合わせがたまらんのよな。チーズをのびーっとしながら恍惚としてオムライスをモリモリ食べる。向かいではモッツァレラをムチムチと頬張る美女。
「ん?なんや。一口ほしいん?」
「ほしい!」
「ほな口開け。あーん」
「あーん」
ちゃんとモッツァレラまで入れてくれる優しさがたまんない……。ムッチムチのモッツァレラを噛みしめながら自分のデミチーズオムをスプーンにひとすくいして差し出すと、ふふっと笑ってぱくついた。か、かわええ……。
「なにおっぱいおさえとん」
「ときめいとった……」
「北にせえ」
「常にしとる……」
「常に」
あんたほんまに相変わらずやな。と呆れたように言いながら付け合わせのサラダをもしゃもしゃと頬張るエリリンに、少しして「で。どうなん」と上目で私を見る。ドキッとするのでやめてほしい。
「どうって、なに?」
「世界旅して、北んこと薄れたりせんかったん」
「んー、どうやろ」
「どうやろて。そこは『せえへん!!!』て言い切るとこやろ」
エリリンの指摘には笑った。
いかにも私が言いそうなことや。
「やって。現実、まったく会わへんやん。目に映るもん捉えることに精一杯やったし」
「そら、そんだけあちこち移っとったらな……」
「けど、それでも思い出しとったよ。忘れることはなかった。気持ちがバタついたときとか、なんやもう泣きたくなるときとか、あったけど」
「あったんか」
「北んこと思い出したら、しゃんとした。すわりがよくなるっていうか。気持ちが落ち着いた」
「……こっちにおる頃は、あんたの心乱すんはもっぱら北やったけどな。今は精神安定剤かい」
「いや…………実際会うとあかんな。むっちゃ乱されとる」
なんやねん!めんどくさいままか!」
とエリリンが笑う。
そうや!めんどくさいままや!
私は言い切って胸を張った。
恋する女はめんどくさいもんやねん!
「やってさあ〜。これでもちょっとは大人になって、兵庫着いた途端に北が育てたお米やで?これもう運命!てならん?会いに行っちゃわん???」
「ま〜そん行動力は成長やわな〜」
「なんでニヤニヤするん!」
「いや〜えらいえらい。えらいなあなまえちゃん」
「ひとりでは北に話しかけることもできひんかった乙女がなあ……」ちょい!それ一年生のころの話や!そこと比較されてはたまらん!と慌てて意義を申し立てる。
「二年も三年も似たようなもんやろ」
「似たようなもんとちゃう!」
「なんでえ。元々最後の大会終わったら告るって話を、蹴っ飛ばしたんあんたやで?」
「ウッ」思わぬ反撃に野太い悲鳴がせり出た。
「そんで卒業式まで延期になったと思たら、あんた式まですっぽかすやん?」
「あ、あれは……チケットが……」
「聞いたわ。オトンが日にち間違えたんやろ。娘の門出の日ィ間違えるとかふざけた話やわ。一世一代の告白チャンス潰しよったんやで。一発ぐらいしばいたった方がええよ」
「え、いやそんな……」日付こそ一日ずれとったけれど、そもそも彼らも卒業式に出ようと日本に滞在してくれとったし、ツテで格安チケットを用意してもらった恩があるので、あんまり強くは出られなかったのである。よしんば今さらしばこうとしたところで、家も人に貸し出したいま、次にいつ会うんかもわからんのやけども。
「まあ父親としては娘の告白阻止できて万々歳かもしれんけどな。あんた計画漏らしたりした?」
「おそろしい可能性を示唆せんといてくれます!?漏らしてへんし、ないから!」
「ほんま勘弁してほしいわ。そのせいで私ら、見送りもなーんもできんかったんやから」
「エリリン…………!」
「当たって砕けたあんたを慰めて、やっと吹っ切れたあんたはアモーレの国でセレブなええ男捕まえて、私らにそのコネクションをやな……」
「その計画は私知らんのですけど???」


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