せっかくこの辺りまで降りて来たんやからと帰りの道すがら、くじで引き当てることのできなかった花火を買いに、少しばかり寄り道をすることになった。行きしなとおんなじように、三人で手をつないで。ただ今度はばあちゃんが俺とかのじょの間に入る形で歩いている。しばらくぶりの日本の祭りを思う存分に楽しんですっかり満足そうなみょうじが『しゃあないから北もお婆ちゃんとつながしてあげるわ』と俺に情けをかけてくれた(その割には自分もしっかりと逆隣をキープしとる)ために、こうしてこちらも随分と久方ぶりにばあちゃんの手を握っている。
毎日近くで目にしている祖母の姿も、こうして触れればその小ささとか弱さが明確になって驚きを隠せない。高齢ではあるがまだ腰もまっすぐにしゃんと隣を歩く、ばあちゃんの手は記憶の中のそれよりも縮んでしわくちゃになっていた。
なんや恥ずかしいわあ。
なあ信ちゃん、とばあちゃんがはにかんだ。
それを見下ろして、笑みを返す。
せやなちょっと照れるなあ。
などと言い合いながら、遠い記憶の彼方、信ちゃんおいでと差し伸べてくれていたばあちゃんの、手のひらの大きさと心強さを思い出すと、胸がやさしく締め付けられる心地がした。
「……ふふ…………」
隣から、吐息のような、ささやかな笑みのこぼれる音が聞こえる。
ばあちゃんの向こうにいるかのじょの横顔が、前を向いたまんま、口角をきゅうっと上げて目を細めている。俺よりは小さくばあちゃんよりは背の高いかのじょのたのしそうな表情は、横を向くとことさらきれいに視界に入ってきた。
「みょうじ」
「んー?なにー……?」
「なんや、楽しそうやな」
「んー、うん。ふふっ」
なんでかこっちを向くとさらに笑う。
なんで笑うんやろう。と首をかしげた。
含みのある笑顔はそれ以上なんにも教えてくれそうにない。そのため、俺はその笑顔に目を奪われながらも、なんやふしぎなひとやなあと思いながら、ペースに気をつけながら足を動かすしかないのだった。
山にほど近い夜の田舎町を、大切な家族と、めかした姿のかのじょとを連れてともに歩く。
かつこつと響く下駄の音。
どこからともなく鳴いている虫の声。
そしてうっすらと聞こえてくる、鼻歌。
「なまえちゃん。それは、なんのお歌?」
「これはなあ、お祭りの歌」
「お祭りの歌?」
「そう。この炎が絶えるまで、お手々つないで踊りましょうってお歌やで」
ばあちゃんにそう告げて、再び紡がれる聞き慣れない旋律。
きれいなよく通るかのじょの声。
教室でも廊下でも体育館でも、かのじょの声はよく通った。笑ったり、はしゃいだり、怒ったりと、感情の鮮やかなかのじょの声は、聴いていてとても耳になじんだことを、なんでか今ふと思い出した。
昔はことあるごとに耳に入ってきたその声が今、全く知らない歌をそらぶくのだ。
きれいなお歌、とばあちゃんが笑う。
愛情に満ちた顔でそれを見下ろし、やがて二人でうたうあやふやな音楽に聞き入りながら、幸福感と、なつかしさと、いとしさと、かすかな苦しみ。不思議な心境を抱えたまま、歩き続けてどれくらい経ったやろうか。
やがてかのじょが「あれちゃう?あそこ!」とはしゃいで駆け出すまで、あたまの中も足の裏もまったくふわふわと宙に浮いたような感覚でおったために、ばあちゃんと絡んだ手をほどいて離れていったかのじょをつかまえることができなかった。
あ、と声が出る。
少しの灯りで鮮明に光る、白い大輪を咲かせた浴衣。俺が選んだ浴衣を身にまとったかのじょがどんどんと駆けていく。息が詰まって声が出ない。小さくなっていくかのじょの背中。
――それが突然、くるっとこちらを振り返る。
「北あ!おばあちゃーん!」
笑顔がまぶしい。
たのしそうに両腕を、気にも留めず、めいっぱいに振るから袂の揺れる。
ひとのことを置いていって、走って、なにがそんなにたのしいんや。
かのじょは時折、無邪気に、子どもみたいに、残酷なことをする。
ひどいひとや。
こころの中でちいさく恨んでいると、
「信ちゃん」
と左手が軽く引っぱられた。
見ると、片方の手がまだつながったままのばあちゃんが見上げている。
「なに?ばあちゃん」
「なまえちゃん、呼んどるよ」
「うん……」
「行ってあげ」
おだやかやけど強い。
ばあちゃんのほほ笑みが昔っから背中を押してくれる。そっと離される手のひらを、少し眺めて、かのじょを眺め、ちいさく駆けた。
小走りではあるがどんどんと近くなる距離にかのじょはわあっと声を上げてよろこんだ。手を伸ばせばたやすく触れられる距離まで、ひといきに駆けて、勢いのままそのからだをめいっぱいにつかまえると、かのじょは今度、ひゃあっとさけんだ。
「び、びっくりしたな!?」
「勝手に手をほどいたらあかんよ」
「はぁい」
「急に走るんもあかん」
「なんや私赤ちゃんみたいやな?」
「返事」
「はい」
「ほんなら戻るで」手を離したところで立ち止まって、やさしいまなざしでこちらの様子を見守っている、ばあちゃんのところまでふたりで手をつないで戻ると、ばあちゃんは「せっかく行ったのに、なんで戻ってくるん」とおかしそうに言った。
「ばあちゃんも一緒に行くんや」
「うん?」
「あっ、そうそう!私さっきお婆ちゃんも呼んだで?」
「なまえちゃんは、いきなり走り出したらあかんで?」
「ふたりとも、叱り方そっくりや」
「お返事は?」
「はぁい」
二回叱られたな……と残念そうに呟いたかのじょは「またおばあちゃんとお手手つなぐ」と空いた手をばあちゃんへ伸ばそうとする。ばあちゃんも自然とそれに応じようとしている。普段なら何も言わずに見ているだけのそれを、この時ばかりは見逃せずにとがめてしまった。
「あかん」
「えっ?」
「俺もばあちゃんとつなぐねん」
「……信ちゃん?」
「みょうじはさっきまで散々つないだやろ。しかも離した」
「ウッ…………」
「俺だけで我慢し」
「うー…………」口を突き出すも、文句は言わずに手をひっこめて片側へ回るみょうじ。
ばあちゃんもほら、と手を差し出すと、目をまるくして驚いた表情が、ふにゃっと溶けたみたいに笑顔へ変わる。乗せられたちいさな手を掴む。とんっと軽く肩がぶつかって、ふわっとやわらかな髪のひとふさが腕をくすぐった。
「ええなあ北。両手に花やん」
自分で言うんかそれ。
暗い暗い夜の道にほんのりと佇む店明かりを目がけて、ゆっくりと、一歩ずつ確かに進んでいく。
下駄が地面にぶつかる音と、
四方八方から届く虫の声と、
知らない異国のハミングが。
不思議なことに。
ひどく調和していると思った。



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