七月も初旬。
天気は快晴。
「こりゃ絶好の演習日和だねぇ」
雄英内バスターミナルにぽつんと設置された毎度お馴染み『リカバリーガール出張保健所』は怪我がつきもののヒーロー科行事には欠かせない。この簡易テントも随分と色褪せてきてしまった。そろそろ買い替えの時期かねぇ……。ベッド数台と応急器具、各演習施設に繋がったモニターと放送機器の調子も万全に整えて、すっかり準備が終わったところで表に『OPEN』の札を掲げた。
そろそろ早い組はステージに到着した頃かね。各チームごと、それぞれに異なった試験場を宛がっているもんだから移動時間がかさんで仕方がないね。例年、一年生の一学期期末演習には対ロボットの仮想戦闘をすることが多くなっていたが、襲撃事件や世俗の敵活性化の走りを受けて、今年はより早期から実践的な戦闘に重きをおき始めている。よって今からA組が相手にするのは各ヒーロー科講師陣だ。
二人一組、イレイザーが事前に行った調査内容をもとに生徒一人ひとりが抱える課題を突ける教師をぶつける。性格・個性・成績や動きの傾向・親密度……よくもまぁこれだけ調べられたもんだね。まめな男だこと。モニター前に据えたチェアに飛び乗った。クッション材は適度な高反発だよ!
「あ。開店してるーー!すごーい!!」
「おや」
ひょこ。とテントをまくり上げて顔を出したのは轟燐子。顔だけ覗かせてキョロキョロと珍しそうに見回しているのでこっちへお入りと手招きをすると素直に入って来る。
「あんた今までとこ行ってたんだい」
「ハンソーロボくん達と語らっていました。ザワ先生の鬼畜加減について」
「おやおや。物騒だねぇ」とは言うが、今回は私もこの子に同感だねぇ。
「だって酷いじゃないですか。いくら奇数で人数が余るからって。わたし一人置いてけぼりなんて」
そうそう。A組は今年二十一名。入学初日の体力測定で一人減らすつもりだったらしいが何だかんだでそうはならずにここまで来ているモンだから、二人一組じゃ確かに一人余ってしまう。
「先生はいつもわたしに厳しい」
「まぁオールマイトのところは三人にしても良かっただろうけどね」
「いやそれはそれであの空気に割り込むのはわたしとしては気まずいというか気が引けるというか」
「何だいそれは」
確かにあの二人は幼馴染という枠には治まりきらない感情が渦巻いている気配がするけどね。まあとにかく座りんしゃい。と引いてやったもう一つのチェアに腰掛けた轟は「わっ。ちょっと良いイスだ!」とはしゃぐ。腰にいいんだよ。と返してポケットから取り出したハリボーを渡すと嬉しそうに口へ放り込んだ。
「あまりふてくされるんじゃないよ。あんたの試験にはあんたなりの課題が込められてるんだから」
「わたしなりの課題、ですかぁ?」
「思い当たる節がないわけじゃないだろう?あんたは表面的な印象よりも色々と考えているだろうとイレイザーが言っていたよ」
「わぁ出た!先生の秘儀!買いかぶり!」
「……とにかく。観戦を許されたんだ、自分の参考にしろってことだろう」
「ですねぇ。ブラキン先生投入とかじゃなくて、エクトプラズム先生ですもんねぇ」

各生徒に宛がわれた教師達はこうだ。
轟と八百万チームにイレイザー・ヘッド。
緑谷と爆豪チームにオールマイト。
蛙吹と常闇チームにエクトプラズム。
耳郎と口田チームにプレゼント・マイク。
飯田と尾白チームにパワーローダー。
障子と葉隠チームにスナイプ。
麗日と青山チームに13号。
瀬呂と峰田チームにミッドナイト。
芦戸と上鳴チームに根津校長。
切島と砂藤チームにセメントス。
各チーム一斉スタートで、制限時間は三十分。
一人残ったこの子は、初戦が終わってから場所を変えてエクトプラズムと対戦することになるのだそうだ。事前のチームアップ会議には出席していないから詳しいことは知らないが、何か思惑があるんだろう。個性柄生徒側に有利が生じやすくなる他のチームでも、数の有利で不公平が生じにくいオールマイトのところでもなくて、わざわざ一人っきりで二戦目のエクトプラズムと戦わせたいワケってやつが。
「まぁ先生といる時間も濃いですからね。考えんとすることの想像はつきますが……」
座面ごとクルクルと回りながらそんなことを呟く。
口を開きかけたところで、各モニターに全チームが揃ったことに気付いて息を吐く。轟から身体を向け直すと「お。そろそろですかな」と回転を止めた。興味津々、とばかりにモニターを見上げている。自分の試験のことは頭から抜けてしまったのか、非常に楽しそうな顔をしている。
「さて……今日は激務になりそうだ」
「肩たたきくらいならできますよ!」


「あ!要救護者二名!はっけーん!」
「轟少女!」
「リカバリー先生!オールマイト先生も、なんだかオツカレです!」
「はいはい。わかったから退きんしゃい。ホラ二人をベッドへ!」
「ハイ」
「そっとだよ!!特に緑谷!!」
「ハイ!」
「うぅう……」
「わぁ二人とも疲労困憊〜」
「と、轟さん……」
「オツカレ!」
意識のある緑谷と気絶した爆豪が、オールマイトに抱えられてやって来た。今日最初の怪我人はこのチームかい。それぞれベッドへ誘導したあとは診察だ。超パワーとスピードをもつオールマイトにしこたまやられた様子は一部始終飛ばし飛ばし観ていたが、なんともまぁ限度ってもんがあるだろうよ!
「がんばってたねぇ二人とも」
「轟、あんた暇なら武器外してやんな!」
「はーい。じゃあ緑谷くん、顎あげて〜」
「あっ!?イヤッ、ぼ、僕はいいからっ、かっちゃんを……」
「えーそう?じゃあバクゴーくんの膝殺しから脱着〜」
「緑谷少年……君ってヤツは……」あんな戦闘の後だってのに、轟が背を向けたところでニヤニヤと緑谷の頬を突くオールマイト。ふざけてる場合じゃないんだよまったく。爆豪は全身打撲、特に最初っから戦闘に入っていたから、迎撃をモロに食らい続けて消耗してる。コレを相手に最後まで闘志が潰えないのは流石の一言だね。轟が膝と腰のパーツを外しにかかっている間に手早く個性を使い治癒を行った。お次は緑谷だ。確か思いっきり乗っかられていたね!全体重に加えて体重の半分の重りをつけたオールマイトに!腰から!
「あ……ありがとうございます……リカバリーガール……」
「あんた本当加減を知らないね!もう少し強く打ってたら、取り返しのつかん事になってたよ!特に緑谷の腰、コレギリギリだったよ!」
「勢いやばかったよ。腰椎折れてないのが驚きだよ……」
「爆豪の方はしばらく目覚めないだろう。とりあえず二人共校舎内のベッドで寝かしておきな。治癒後は消耗激しいからね!轟たちもそっちで休んでもらってる」
「あの……リカバリーガール、僕……ここで見てちゃダメですか?」
「フラフラだろう。しっかり寝とかんと……」
「あ、いや……!でもっ……その、大丈夫です!こんなじっくりプロや皆との戦い見れる機会、あまりないので……」
「勤勉すぎるよ緑谷くん」
「ん――……まァ駄目とは言わんが無茶なさんな。ていうか機会はわりとあるだろ」
「ありがとうございます!もうアレです、半分趣味で……」
「では私は爆豪少年を運ぶよ!」
「頼んだよ。あんたもそのまま休みんしゃい」
「あ。オールマイト先生。これバクゴーくんの」
「ありがとう、轟少女!君もこの後頑張ってね!」
「はーい」
しっかりと抱きかかえたのを確認して見送る。緑谷はそのまま残ったが、大きいのがいなくなったから一気に広くなったね。モニターの様子が気になるということで、うつ伏せのまま見上げていたら今度は首がアレになるからチェアをもう一つ引っぱって来る。簡易のやつだね。
「緑谷くんこっちの椅子座ったら?リクライニングだよ!腰にやさしいよ〜」
「え、でも轟さん、いいの?」
「わたしはまだ無傷だからねぇ。ホラホラこっちよく見えるよ〜」
「ありがとう!じゃあ……。あの……今回テストと言いつつも意図的に各々の課題をぶつけてるんですよね?」モニター中央に陣取った緑谷がこちらを窺うようにして尋ねてきた。
「そうさね」
「何となくわかる組もあるんですが……。中には『何が課題なんだろう』って組も……、あっ!轟さんに聞かれたらダメなやつですか?」言いかけて、途中でハッとしたように両手で口を塞ぐ緑谷。
「んっ?」急に名前を出されて驚く轟。コラちゃんと見とくんだよ。
「ここで待機しているように指示したのはイレイザーだからね。まぁ大丈夫だろうよ」
「良かった。例えばその……常闇くんと蛙吹さんとか……。エクトプラズム先生の個性が二人に天敵だとも思えないし……」
「いや……天敵さ。常闇踏陰にとってはね」
「あぁ〜芦戸っちそっち行ったらダメ〜」
「轟!あんた次当たるんだろ!友達ばかり見てるんじゃないよ!」
「常闇くんの、天敵……?」
「常闇くんの強みは、間合いに入らせないこと。伸縮自在の黒影による射程範囲と素早い攻撃。でも裏を返せば、間合いにさえ入れば脆い……。飯田くんとは、バクゴーくんや焦凍と違った意味で相性悪めじゃん。この間蹴り飛ばされてたよ〜」
「あんた、急に真面目になるね……」
「なる程、それで数と神出鬼没のエクトプラズムか……。ほとんど無敵だと思ってた……」
「……一方で、蛙吹梅雨。課題らしい課題のない優等生さね」
「さっすがA組のアイドル!僕たち私たちの梅雨ちゃん!イエーッ」
「うるさいよ」確かにマスコット的な愛くるしさのある外見をしているがね。
「故に、あんたが今言ったように強力な仲間の『わずかな弱点』をもサポート出来るか否か。あの子の冷静さは、人々の精神的支柱となりうる器さね」
「精神的支柱……!」
「さすがはわたしたちのフロッピーだね」
「轟さん、あす……梅雨ちゃん好きだもんね」
「ふふ。梅雨ちゃんめっちゃ可愛いからね……ケロケロ」
そんな会話を挟みつつ、画面に映る二人の動きを観ている二人。蛙吹と常闇が挑むのは分身の個性をもつエクトプラズム。一度に三十人ほどの人数を出せる上に、その正体はエクトプラズム。攻撃を食らっても消えるだけでダメージは本体に与えられない。しかも分身は自分からある程度離れた場所に出すことができる。まさに神出鬼没。
「轟。あんたに何か策があるかは知らんがね。このチームの立ち回りは突破口の一つであることは間違いない。ちゃんと見ておきんしゃい」
「策ですか。策なんてありません。わたしに策なんて上等なもの、あったことないですけどね」どこまで本心で言っているのかわからない返答に息を吐く。
「でも、エクトプラズム先生の手の内を暴く時間が省けるのはありがたいですよね〜」
二人が戦っているフィールドは円形、ドーム型になっていて、吹き抜けになっている中心のステージへ続く出入り口の一つが脱出ゲートになっている。根津の顔が描かれたポップな看板が目立つね。その前で行く手を阻むエクトプラズム。試験開始と同時に数十体の分身を生徒に差し向けていた。
「そうさね、省ける時間は今省いときな。あんたは試験時間、半分だからね」
「え」
一度上階へ避難し、撃破した先から瞬時に復活する分身を迎撃し続け、徐々に階数を詰めたり内部の通路から遠回りに近づいてみたりと試行錯誤していた二人が、ついに本体とゲートを目視したようだった。
「それはちょっと初耳なんですけど、先生?」
横から入る声を聞き流し、モニターを注視する。それまで無数に出していた分身を引っ込めて、新たなエクトプラズムを吐き出す姿。それは雲のようにどんどん溜まっていき、やがて巨大な奴の分身に形づくられていく。そろそろケリをつける気らしい。
「ねぇひどいよ緑谷くん。リカバリー先生が、衝撃発言をした上で無視だよ」
「出た!エクトプラズムの『強制収容・ジャイアントバイツ』!!」
「コッチも無視だよ、このヒーローオタク!」
子ども二人なんてあっさり飲み込んでしまう程の大口を開け、巨大な頭をそのまま突っ込ませたエクトプラズム。はっきりした実体のない分身の性質を利用して、あっという間に二人を捕えてしまった。ご丁寧に、四肢を使えないようにしっかりと埋め込んでいる。なんだか綿菓子に埋まってるみたいだねぇと思いながら、さてどうするのかと見守る。
「半分?半分ってことは、十五分?」
常闇は個性『黒影』を動かして、ゲートへ向かわせる。こういうときでも発動・操作できる個性ってのは便利だね。けれどエクトプラズム本体に阻まれる。あれでいて奴は直接戦闘にも対応できるからね。足を失っても、その実力は健在だ。あの義足だって、足を軸とした軽快な立ち回りを可能にしているのさ。だから、いくら物理攻撃無効の黒影といえどアレを出し抜いてゲートを通過するのは並大抵じゃあない。蛙吹の方は完全に拘束されているから動けまいし、あの長い舌も、あれだけ距離があると射程範囲外だろう。さあ。どう転ぶにせよ、そろそろ勝敗がつく頃だ。
「一人なのに?人数も半分なのに、時間も半分?」
攻撃がことごとく弾かれる中、ふと拳を握った黒影がエクトプラズムに勢いよく突っ込んだ。『トリャアァ!!!』気合の入った声がテント内に響き渡った。足で応戦したエクトプラズムの動きが止まった。振り上げた戦闘用の軽量義足に、しっかりと掛けられていたのは確保用のハンドカフス。どういうことだい、と首をひねる。隣で観ていた緑谷が「さすが!」と声を弾ませた。蛙吹は拘束される間際、ハンドカフスを呑んでいたのだという。そしてそのカフス入り胃袋は『蛙』の個性によって出し入れが可能だと。
「カフスは掛けることさえ出来ればクリアだ!『黒影』と『蛙』、双方の個性をうまく使い合った!」
「先生って……先生って、やっぱり、どう考えてもわたしに厳しくない……?」
そんな呟きに返せる言葉があるワケもない。今私がすることは一つだけだよ。
「蛙吹・常闇チーム、条件達成!」


「フィールドも変わるの!?」
驚愕の事実!!と声を上げる轟に眉一つ動かさず両耳を塞ぐイレイザー。テントが震えるほどの声量にうるさいと怒鳴れば素直に謝られた。コッチは治癒で忙しいんだよ!特に耳郎の負傷箇所は耳だ。治癒を施したばかりで鼓膜に負担をかけるのはよくない。体力を持っていかれてグッタリしている耳郎を、大きな体躯を折り曲げて様子を窺う口田は心配そうな表情を崩さない。気弱な性格らしいが、試験では勇気を出してよく頑張ったね。パートナーの耳郎を抱きかかえて連れて駆け込んできた姿はまさしくヒーローのそれだったね。
「何で全く同じ条件でやれると思ってんだ」
「だって観戦させてくれたじゃん〜」
「俺がそんなに甘いわけないだろ」
「そんなことないよ〜。あまあまの先生でいこうよぉ」
「甘ったれんな」
「オニー!」
「最初に言っただろ。諸々踏まえて、独断で組ませてもらったって」
「それはチームアップと対戦相手にかかっていたはずのー!」
「地団太を踏むな。行くぞ、エクトプラズムはもう到着してる」
「おかしい……。わたしみたいな、可憐でかよわい少女が、一体どうしてこんな仕打ちを受けるのか……?」ひとしきり騒いだ後は、本当に疑問そうに首を傾げながらイレイザーに引きずられてテントと出て行った轟。おかしい、おかしい……と続く言葉が、徐々に小さくなっていく。これはバスに乗ってもしばらく続くだろうね。やっと静かになったテント内で大きく息を吐いた。移動に多少時間はかかるだろうから、その間に残った生徒を治療し終えないといかんね。
「チユ――――」
「だるい…………」
「大丈夫かな、轟さん……」
「うぅ……ありがとうございます、リカバリーガール……」
「そうだよね、一人ってヤバいよねー!」
「それに制限時間も縮まっちゃうって」
「瀬呂いつ起きんのコレ?」
「轟ィ!頑張れよ!!何としても林間合宿で入浴を」
「アンタたち!騒ぐなら出て行きな!!」
せっかく人一倍、いや人の五倍うるさい轟がいなくなったってのに、まるで穴埋めでもするように試験を終えたA組の一部の生徒が出張保健所に留まって、思い思いにしゃべっている。叱りつけると一瞬で静まり返ったのはさすがイレイザーのクラスだけど。コリャ耳郎には耳栓だね。と口田に箱から取り出した新品のそれを渡す。普段ならクラスメイトの様子にもうちょっと気を配りそうなもんだけどね。まぁ試験直後で興奮冷めやらぬ内は仕方ないのかね。アドレナリンも出てるだろうしね。どいつも緑谷と同様、試験の様子を見て行きたいと申し出た子だ。とは言っても既に轟以外の全試合が終了してるんだけどね。
「でも燐子ちゃんの試合って見るの楽しみだぁ」
「試験だし、いくら轟さんでも真剣にやるだろうね」
「でも逃げるのアリってのは一緒でしょ?」
「いやでも常闇くん達の試験を見る限り、戦闘は避けられそうにないよ。分身相手のエクトプラズムに、一人で立ち向かうんだから。どのフィールドでも、先生はゲート前に構えてるだろうし、それが常套手段だ……」
「デクくん元気やなぁ……」
「それぞれが元気すぎるんだよ」轟と緑谷だけの時はそう感じなかったがさほど広くもないテント内。校舎内で休んでる組と、クリアできずに別場所で落ち込んでる組を除いても、いくらこれ以上怪我人が増えないからって人数超過だよコレは。でもそうだね。
「あの子だけ条件が厳しいのは、轟燐子の課題はあんた達と違うところにあるとイレイザーが判断したからだよ。職場体験前から何だかんだ、直接接する時間が長い分、どうしてもね……。あの子も問題が多いからね。厳しくもなるさ」
一対一で指導する機会が多い分、生じやすい他の生徒との不平等を埋めるためでもあるだろうね。それにしては対戦相手を発表してからの時間的猶予と他チームの観戦を許してるあたり、均衡を図ろうとしてはいるんだろう。終始あんな様子だったけどね。
「いずれにしても、ここがあの子の正念場だよ」

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