いとぐるま 20130617




たしか前回はそこいらに寝ころぶ泥まみれの犬ころだったはずだ。

ただでさえ人間に生まれ変わる率はまったく高くないのに、沖田が物言える身体の時にあちらはただの木であったりどぶに住むねずみだったりして、次はずいぶん待たないと同じ時代に生きることができなかったしその逆だったりもした。
その上に向こうが沖田のことを全く覚えていないときているのだからどうやっても約束を果たしてもらえることはないだろう。

ずいぶん久しぶりに人間同士になってこうやって肩を並べているのにともどかしく思って隣の男を見ると、土方はうるさそうに沖田を見下ろした。
「なんだ、文句があるってのか。俺たちは警察だ、休日だろうがなんだろうが事件があれば出動するのはあたりまえだ」
こちらの気持ちを知らないものだから、まったく的外れの説教を始める土方。

女を腰砕けにさせる色気を、隊務の間は気味の悪いほどストイックな仮面で覆うこの男を半ば憎しみを込めて見上げるが、どうせ不平たらしい顔をしやがってと言われるのが落ちだろう。

このつぎ会った時は、かならず強く抱いてくれると言ったのに。


面倒な事件を片付けての帰り路。沖田が浪士と一緒にパトカーを爆破してしまい、山崎が車を回しますというのを断り、ぶつぶつと土方に小言を言われながら連れだって歩く。

変わらない横顔。
もうさいしょに出会ったのはいつだったかわからないほど昔だったなと、沖田は懐かしく記憶を辿った。



一等はじめは多分、この地が倭の国と呼ばれていた頃だった。
多分というのはそれ以前の記憶が無いからだけれども、遠い遠い地の「都」というところで天子さまがお隠れになったとうわさで聞いたことがあったから、少なくとも天皇制が始まってからのことだろう。

食える時でさえ稗や粟、酷い時は木の根のみの夕餉の為に日の出前から働いて、くたくたになってそれでも会いたい男がいた。
村長の息子でやたらと女に騒がれていたし、十二を過ぎた村の女でこの男の夜這いを受けていない者はいなかった。

名はなんと言ったか忘たが黒曜石の瞳は今と同じで、そのうつくしい夜のような黒目を揺るがさずじっと見つめられた。
「どの女子よりもお前が良い」
うっすらとした汗の匂いのする熱い身体に抱きこまれ、同じ女と二度寝ることの無かった男に何度も求められる。

毎晩、小川の水を水田に流す薄暗い引き込み小屋で逢引きした。
藁の上で抱き合い、動物の様に繋がって愛し合った。
けれどもその年ばかに過ごしやすい夏が来たと思っていたら村の稲がのきなみ冷害で枯れてしまい、深刻な凶作となる。
わずかばかり収穫された米は年貢に消え、赤子や老人など弱い物からばたばたと倒れた。
村の寄合で人柱を出すことになり、白羽の矢が姉に当たった。

いよいよ明日姉が人柱として土に埋められるとなった夜。
「俺ァ姉さんを連れてこの村を出まさあ」
男の首に縋りながら言った。

「俺もお前たちと行く」
当然のように男が言うのを、
「アンタはこの村の長になる人でさァ。だからといってどうというわけじゃありやせんが、そんな人間が村を出てみなせえ、俺達だけが逃げるよりももっと必死で追手を仕向けられやす。姉さんだけはどうしたって逃がしてやりてえんだ。なるべく逃げ切れるように目立たねえように二人で行きてえ」
と制した。

「姉さんが逃げれば他のだれかが人柱にされるのァ百も承知。姉さんはまだ自分が人柱になることを知らねえ。知らねえうちに俺が鬼になりやす。明日迎えが来る前になんだかんだと理由をつけてこの村を抜けるつもりでさ」

だからお願いです、つぎの世ではかならず俺と添い遂げるって、約束してくだせえ。

最後まで納得していなかった男もようやっと己の手を取って誓ってくれた。
つぎの世では必ず一緒になると言った。
そんなものはただの気休めだとわかっていたけれども、それでも嬉しかった。

その晩のうちに出奔して男とはそれっきり。
男がいつまで生きてどんな死に方をしたのかは知らないけれど己の事は覚えている。
逃げ出した晩、朝日を見るまでに姉が追手に掴まり、姉を盾にされれば碌な抵抗もできないまま斧やら鎌やらで打ち殺された。

名前は何と言ったか定かではない。
だが死の瞬間、その名を呼んで「つぎの世で待っていやす」と心で呟いたところまで覚えている。


次に生まれたのはやはり人間でしかしあの男には会えなかった。会っていたがわからなかっただけかもしれないが、その次に生まれた世では自分よりもずっと小さな子供で生まれ変わっていた男をすぐに見つけた。
だが向こうは己をまったく覚えておらず、しかも今度は男が流行り病であっという間に夭折してしまったものだからどうにもならない。
それからは擦れ違いばかりで、こちらが人間なら向こうは牛や馬、向こうが武士や商人ならばこちらはただの虫けらだったりしてそれでもずっと記憶があるのは自分だけ。
一度など、お互いに逞しい若者と年回りも悪くない女に生まれ変わったことがあったが、見付けた時はすでに他の女の旦那で向こうはこちらを知りもしなかった。
奪ってやろうかと思ったが、これだけ待ったのだからどうせならもっと近くにいられる時代を待とうと袖を噛んで耐えた。

それからも信じては裏切られ待っては先に逝かれ、人として会えれば運が良い世を何度も生きてようやく今、己のとなりに土方がいる。
手を延ばせば届く。
なのに触れられない。


生まれたときから記憶を持っていることもあるが、今生ははじめなにも覚えておらずだんだんに記憶が蘇って来た。
江戸へ出て来てから前世・・・もうずっと先からの記憶が少しずつ蘇って隣の男への恋慕も募りに募った。
憎いほどストイックな記憶の無いこの男にどうやって愛を思い出させようと頭を悩ませたが、もともと出来の良くない脳みそなのだから良い案など浮かぶはずも無く。
まさかこれほどの好機を何の関係も持たず、またつぎの生へと生まれ変わってしまうのかと肝を冷やしたが、ある晩とつぜんにこの長い輪廻の渇望が土方の手によって断ち切られた。

沖田が自室で一人寝の寂しさに悶々としているといきなり襖が乱暴に開けられて土方が入ってきた。
お前は知らないかもしれないが、もうずっと先からお前を抱くと決めていたと言う。

「総悟」
と、焦がれ続けた唇で己の名を呼ばれると、いきなりの展開にこれが夢なのか現実なのか今生なのか前世なのか来世なのか何もわからなくなってしまった。
熱く抱かれて悶えて泣いてようやっと一千年の約束を果たしてもらったと愛しい身体にしがみついていると、土方が訝しむように、
「えらく燃えていたがお前はじめてじゃあないのか」
などとすべてを壊す無神経さで尋ねてきた。

腹が立って思わず言い返す。
「アンタね。ほんとに記憶ねえんですかぃ。俺なんて鉄面皮のアンタに早くもあきらめモードでもう今生は捨て牌にしてさっさと次へ行くためにアンタを殺してやろうと毎日狙ってたくらいなんですぜ」
「なにをわけのわからねえことを。俺の首狙ってんのは昔からだろうが」
「早くアンタが死ねば早く来世になるでしょう」
「馬鹿馬鹿しい。生まれ変わりなぞあるものか」
「それがあるんでさ」
「馬鹿野郎。この一生だけで精いっぱいやれることをやるから生というのは美しいのじゃないか。そんなこともわからねえのか」
「まったくお話になりやせんね」
そうは言ったが幸せには違いなかった。ここ数百年ずっと実らなかった愛が突然に実ったのだ。
贅沢は言わないが、睦言の代わりにこれまでの恨み言を聞いてほしかったのに輪廻などばからしいと相手にされない。
今更ではあるが、沖田は自分ばかり記憶があるのは損だなと思った。


それにしてもやはり幸せには違いないので、鼻歌でも出そうな自分を抑えながら歌舞伎町を流していると銀髪の男に団子屋へ行こうと誘われた。
いつも口説かれているので、土方と懇ろになったと言うと、「見ていたから知っています」と天井裏の住人である山崎がどこからともなく現れる。

「てめえデバガメなんかやってねえで仕事しろィ」
「君の事を覚えていない野郎なんてやめて、俺にしときなよ沖田くん」
「俺は今山崎と話してんでさァ旦那・・・・・、なんですって?」

「閨の中ではっきり言ってましたよ、生まれ変わりなんぞ無いって、ね」

ゆっくりと二人の顔を見比べる。

「前世の記憶があるのは自分だけだと思ってた?」
「どういうことですかィ」
「沖田くんは覚えていないかもしれないけれど、ついこの前の世では、俺と沖田くんは愛人どうしだったんだよ」
「その前は俺です。まあお互いその辺に寝転がっているわんころでしたけれどもね。番い合ったもんです」
「・・・」
どうやら前世だと思っていたのはもう少し前の話で、沖田が覚えていない過去もあるようだ。

「今生はあの男にやってもいいけれど、次は俺とだ。約束だよ」
「じゃあその次は俺と。今度は人間同士がいいですね」

しれっとした二人を前ににべもなく断っても良かったが、忘れられた寂しさを骨身に沁みて知っているものだから、つい邪険に断れないで沖田は奇妙なコンビの万事屋と監察をただじっと見返し続けた。


(了)


















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