ゆく年  H.26/12/31


(えんぽに)
厭魅銀×ぽにそごがもうブームすぎてどうしようもない。ので、エロもなんにもないただ鍋食うだけのふたりです。
真選組復活してます。でもまだなんにも解決してなくて潜伏してる銀ちゃん。みたいな設定でおねがいしまっす。





「ゆく年」







緩慢な動作で、男の指が沖田の頭を撫でた。


薄茶色の脳天に手を置いてうしろに向かって撫でつけると、トンと小指の付け根が結い紐に当たって止まる。ぴくりとも動かない男の、ただ手だけが結い紐を越えてまたゆっくりと髪を伝い沖田の腰へと流れた。
再び結い上げた根元に戻って今度は緩く髪を掴んで撫でおろす。
何度かそうやって髪を愛でているが、男の口からおよそ言葉というものは発せられない。

「旦那」

大人しく髪を撫でられていた沖田が、男を振り返る。
男の頬から顎にかけて、薄墨のような灰色の梵字がしっとりと浮き上がっていた。

「旦那」
旦那と呼ばれた男は、感情の無いくすんだ臙脂の瞳で沖田を見下ろした。
小さな炬燵に二人、隣り合った面に座っている。長い事火を入れた炬燵はじんわりと足の先が温い。が、沖田はどうあれ生活感あふれる炬燵にまるで似合わない猫背の銀髪。
小さなカセットガスコンロに乗った土鍋の中に、白い豆腐とねぎ、ぶつ切りの鶏肉やらえのき、春菊と白菜にもち巾着などが所狭しと並んでいた。
ふいに、沖田が照れ隠しのように二つ重ねられたとんすい小鉢を取り上げて鍋の中身をぐちゃぐちゃと移した。

「どうぞ、旦那」

どうぞと言っても沖田は取り分けただけで、先程男が味付けした鍋だった。
男はじっと沖田の目を見て動かない。
お前が食えと言わんばかりにゆっくりと一度瞬きをした。
それでもことりと男の前に沖田が椀を置く。
高い位置で結った髪がさらりと肩に流れて、その美しさに男が苦しげに眉を寄せた。

間が持たない沖田が、自分の取り皿にも春菊ともち巾着を乱暴にぶち込んで、ふうふうと息を吹きかけ口に入れた。思ったよりも熱い巾着を無理に噛み砕いて嚥下すると、燃えるような塊が喉を通り食道へと下ってゆく。
はふはふと続けて食べて、鍋の湯気を頬に受けながらおかわりをよそい豆腐を割ってまた食べる。
男はその間やはりまんじりともせず、沖田が三杯も食べてからゆっくりと箸を取った。
沖田は、男が物を食べるのを見るのがすきだった。
食べるという行為は生への本能だから、男が口を動かしていればじんわりと胸が暖かくなった。

ゆっくりと口を動かす男。男の顎が動くたびに入墨のように肌にはりついた文字も、静かにうねった。

小さなテレビがひとつ。
最初から馬鹿馬鹿しい年末のバラエティを流している。
音は小さく、二人とも画面を見ていなければ音も聞いていない。
ただ、そのテレビが、何も話さない沈黙だけを消していた。

男が食べ終わると沖田が新しく具材をよそって与える。
できればずっと食べていてほしいと考えながら沖田は炬燵を出て台所から小さなボールと卵、冷や飯のタッパーを取って来た。
「旦那・・・雑炊・・」
男が黙って鍋に残った具材を上げた。冷や飯をざらりと鍋に入れ、死でも見つめるような目でふつふつと沸騰するのを待った。
ボールに卵をふたつ割り入れて菜箸で器用に混ぜる。
その箸を持つ手が白く大きい。艶めかしく美しい手だなと沖田は思った。

つ、と卵が流し入れられてすぐに蓋を乗せる。
沖田が手際の良さにほうと息をつくと、男がのそりと立ち上がって台所へ消えた。
トントンとなにか刻む音がして、小鉢を持って戻ってくる。
小鉢の中には青ねぎと三つ葉が少し入っていた。

かちりと火を消して、男は鍋のふちを見つめている。
「食わねえんですかい」
沖田が聞くとゆっくりと首を沖田に向けた。
「開けてもいいですか」
もう一度声をかけるとやはりゆっくりと一度だけ首を横に振った。

五年前まだ昔の姿だった銀時が
「沖田くん、雑炊は火をとめて蒸らしながら卵に熱を通すんだよ」
と言っていたのを思い出す。
沖田は黙って雑炊が出来上がるのを待った。

ふと、沖田が窓を見る。
雪が降り始めていた。
外気が冷たいので窓は完全に曇っている。それでもなにかうすぐらい影が真っ黒の夜をときたま横切るのでそれが雪なのだとわかった。

「だんな」

ぽつりと呼ぶと、男がまたこちらを見た。
「俺ァ・・・アンタにばっかり、つらいことが起こるのが嫌でしかたねえです」

言うつもりのない言葉がするりと出た。

「平等だ」

男が小さく応える。

「だれにも、みな同じだけの哀しみがある」
「だれにも・・・」
沖田が繰り返したが、男はもう何も言わない。

どうして自分だけがこんなに苦しいのかと、沖田は男にそう言って欲しかった。

「旦那の言ってることはいつも正しい。だけども、だけども俺ァ、アンタが正しいことばっか言うのがなんだか寂しいんです」

誰にたとえることができないほど優しいこの男が死病の病原菌となって、それでも毒だけを世界中に振り撒いたまま逝くこともできない。

自分の心の中身をさらけ出さない男だからこそ、愚痴を聞きたかった。

「我慢しねえで。死にたいと、思っちゃだめだって、思わねえでほしいです。・・・でも、でも死にてえって、それも思わねえで・・・・」
死という単語を音に出したくはなかった。
けれども、沖田の意思とは関係ないところで、なにかが沖田の喉を突き動かした。

男はなにも答えずに鍋の蓋を開けてねぎと三つ葉を散らした。
男がよそってくれた茶碗を受け取り、ほかほかと黄金色に輝く雑炊から立ち上る湯気で、沖田はなんとか滲んだ涙を隠した。

それから、熱い雑炊を二人で食べた。
男はもう食べる気が無かったようだったが、めしを食ってくれねえと俺は心配でしかたねえですと言われて、ただもくもくと箸を取った。我儘を通して、沖田は表情薄く、しかし満足そうにズルズルと雑炊を食べた。

しばらく満腹でただごろりと横になった。
眠気が静かな波のように襲ってきたが、眠ってしまってはいけない。
睡魔と闘っていると、男がゆっくりと沖田に覆いかぶさって来た。
男の身体は熱い。ひとごろしのウイルスをその身体に飼っているからか。

「俺には、うつらねえです」
そう言って男に抱きついた夜を思い出した。
しかし今日は帰らなければならない。
自由な右手で床を探り、指先に触れた赤い襟巻を握って息を吸った。

「旦那、重いからのいてくだせえ」
じっと待つと、眠っているのかと思うほど動かなかった男がのそりと身体を起こした。
どけと言っておきながら、沖田が身動きできないほどに床に縫い付け続けてほしかったと心の端で考えて、言い訳のような言葉が口を突いて出る。
「年越しは・・屯所でって言われているんでさあ」

男が、白というより生気の無い色の手で、沖田の頬を薄く撫でる。

「すいやせん・・・。年明けに屯所で形だけ乾杯して、そのあと俺ァ夜番と交代で仕事に入るんです」
年始は毎年、組でお神酒を回すのだが、なぜかそれが沖田にとって参加しなければならない家族行事になっていた。
いつも近藤が明けましておめでとうとデカい声を出して皆に酒を注ぎ、きっと土方が杯を持ちぶっきらぼうに「・・おめでとうよ」と言うのだ。きまって沖田に。

本当はアンタといてえけど。という言葉を飲みこんで、俺は組を取りますと腹の中で呪文のように付け足した。

男は止めなかった。
潜伏している長屋の玄関まで沖田を送って出て来た。
がらりと木戸を開けて一歩外に出ると沖田もついて出るのを待つ。

真っ暗な空から重たい雪が落ちてくるのを見て、男は沖田の赤い襟巻をもう一重ぐるりと巻いた。隣の部屋に立てかけてあるぼろぼろの番傘を勝手に拝借して広げると、沖田の手をとって持たせる。
大衆傘は意外に重く、洋傘の普及した今頃では沖田が持ち慣れていないだろうと、一瞬ふらついたのを肩に手を添えてしっかり立たせた。

危なっかしく傘をさしながら名残惜しそうに振り向いたが、帰れとでもいうように、男が沖田の背中をトンと押した。



サクサクサクと雪を踏んだ。
足音以外なにも聞こえない。しんしんと雪が降り続き、ここいらでは年越しに向けて皆家で団欒しているのだろう。

降るとは思わなかったので、綿入れの足袋と草履のみだった。
足の指先に雪が滲みて痛い。先程の炬燵の温もりを思い出して鼻の奥がツンとした。

ほんとうは男の側にいたいのに、何故か組を選んでしまう。解体してまた元に戻ったから愛おしいのか、近藤に着いて行くと決めたからなのか。それは自分でも解らないけれど、組の大事でもなくただの年中行事でさえ蹴りきれなかった。

せめてもう少しだけ一緒にいたいと長屋を振り向いたが男の姿は無い。
たっぷり一分、もしや部屋の窓から覗いてくれないかしらと待っていたが、身体の芯まで冷えるだけだ。あきらめてきびすを返すと、目の前に黒いマントに身を包んだ男がいた。
闇にまぎれるように目立つ服装はしていないが、それでも沖田にはこの男が静寂の世界にひとり浮いているように見える。

「屯所の前まではまずいんで」
黙って沖田から番傘を奪うと、沖田と並んで歩いた。男は何も言わないが、沖田に歩数を合わせている。
刺すような冷気が沖田の頬を撫でる。沖田は男の顔を見れないで、ずっと下を向いて歩いた。

結局なにも話さないまま屯所の手前の角まで来た。
まだ雪が降っているのでこの傘は旦那が持って行ってくだせえと言ったが、男は黙って沖田に傘を持たせ、たったひと辻歩く沖田を雪から守った。

ふたたび男と別れて屯所の手前まで歩き、振り向くとまだ男はこちらを見ていた。
胸が熱くなった時、ごんごんと寺の鐘の音が聞こえた。
はやく入らないとまた土方にどやされるなと思いながら、それでもこの年を越すまで、鐘の音を一緒に聞いていたいと沖田は思った。


(了)
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