釣果に餌  H.26/08/11


(銀沖)log(小話)にある冷たいあなたシリーズの続編4作目です。





「釣果に餌」

このところ、右こぶしがじくじくと痛む。
まるで怪我をしたところがこの暑さで化膿してしまったのをもうずっと放ったらかしにしたような、そんな痛みだ。
どうなっているのかと右手を調べるがなんともない。
左手で右こぶしを包むようにすると、まるで指の付け根の関節が心臓にでもなったように熱くなる。
まさか関節リュウマチではないかしらと思うほどだが、実は理由は解っている。

もうひと月も前だが、俺は沖田君のことをこの右手で殴ってしまったのだ。


*  *  *  *


あれは沖田君が悪かった。それにわざとじゃない。
まず沖田君は俺のものでありながら、職場の糞野郎土方と寝やがった。そしてそれをケロリと認めた。
思わず手が出たが、決して殴ろうと思ったわけじゃない。気が付けば沖田君がふっとんでいただけ。

壁に叩きつけられて蹲った沖田君を見て俺が一番最初に思ったことは、
「沖田君は男の子なんだから、別に殴ったって良いはずだ」
だった。

俺は悪くない。
浮気したのは沖田君だし手を上げるつもりはなかったし、それに何より女じゃないんだからそれくらいなんでもないはずなのだ。

けれども俺はよくよく優しくできているものだから、罪の意識がその後の俺を苛んだ。
俺の右手が俺を責める。
あんな子供を何故殴ったと。


沖田君が、悪いからだ。




「さかたっ・・・さん」

俺の部屋のベッドの中で、沖田君が切な気な声を上げる。
俺が開いて俺が開発したこの身体。みっともなく足を開いて俺を受け入れている。
俺は、土方に種付けされた汚い穴に俺自身を突っ込んでいるのだ。

「ウッ、ウッ、ウッ・・」
コナクソと突き上げる度に食いしばった歯の間から声が漏れる。
俺も、沖田くんも。

沖田君は今何を考えて俺に抱かれているのだろう。
あの時・・・俺が土方との関係を白状させた時、沖田君は反抗的な目で俺を見た。
何を勘違いしているのか知らないけれど、沖田君は他の男に身体中を舐めまわさせて今みたいに声を上げて雄を受け入れて悶えまくった。
俺が余所で遊んでくるのとはまるで違う。それなのに自分も同じことをやっただけだと言う。
殴られて当然だ。殴られて当然なのだ。


沖田君の中で果てて、ゴムを付け忘れたことに気付いた。
沖田君ははあはあと荒い息のまま俺を見上げてキスをねだったが、俺はそれに応えず沖田君の上から退いて背を向けた。
ナマでやられたことに文句もつけず、健気に見せるつもりなのだろうか。背中でむくりと起き上がる気配がして、足音は浴室に向かう。
ざあざあという単調なシャワーの音が、俺を更に苛々とさせた。

沖田くんはあの時のことについて何も言わない。
手を上げた俺に文句をつける訳でもなく痛いと言うわけでもない。
ただ頬が赤く腫れ上がってそれが残っている間は沖田君のかわりにその痕が俺を責めた。
それがだんだんと薄くなってすっかり元のきれいな顔になってしまっても、たびたび俺の脳裏に蘇っては俺を苦しめる。
俺はそれがどうしたって沖田君のせいだとしか思えなかった。
俺だけが苦しい。

沖田君を飼っているから苦しいのならばいっそ捨ててしまおうかとも思うが、逆にこんな想いまでさせられているのだからセックスくらいしたって釣りは出るだろう。
俺はざあざあというシャワーの音を聞きながらそんなことをふつふつと考えていた。



*  *  *  *



沖田君が走っている。

いつもはたいして無駄に体力を使うような動きをしないのだけれど、なんでだか今日は俺に背を向けて駆けている。
面倒だったが、なんとなく俺は追いかけなければならないような気がした。
追いかけなければ、今まで我慢して沖田君の機嫌をとってきたのがすべて無駄になるような気がしたのだ。

「おきたくうん」

俺は走りながら、セックスの前の猫なで声で名前を呼んだ。
前を走る子供は後ろを振り向き「ひっ」と息を飲んで、それから前よりももっと速度をあげて駆けだした。
なんだ、どうした?
まさか、俺がまた殴ると思って俺から逃げようとしているのか?

ばかな。

お前は俺がこんなにもやさしくしているのに、たった一度軽く撫でただけで俺をまるで暴力男のように誤解するのか。

俺はなんとしても沖田君の間違いを正そうと躍起になった。奴を捕まえて俺と言う男がどれだけ出来た人間か滔々と聞かせなければ我慢がならなかった。
俺が本気を出せば、すぐに子供の首根っこをまえることが出来る。
沖田君は俺の目を見て小さい悲鳴を上げた。

かっと頭が燃え上がった。

気が付けば沖田君の頬を思いきり張って馬乗りになってはあはあと息を上げている。
だめだいけないと頭の奥で警鐘が鳴っていたが、俺はそれに構わず目の前の白く細い首を両手で掴んで激情のままに思いきり力を込めた。

沖田君の大きな瞳が更に見開かれ、中心の光彩がぱっと花開いた。
小さな口が、「あ」と言いたげに開いて震える。ひく、ひく、と空気を求めて唇が開閉されるが、望んだものは喉に入ってこないらしい。
かわいそうな獲物の綺麗に咲いた瞳孔は、きゅうと縮んだりまた咲いたりしている。
やがて俺の両手にすがるように添えられた沖田君の両手がずるりと下に落ちて、身体全体が大きく痙攣を始めた。

俺は、沖田君のいのちを両手に握ってそれを潰そうとしていることに、快感を得た。

沖田くんは俺のものなのだから、俺に逆らう沖田君は殴られても苦しい思いをしても仕方が無い。
この苦しさを覚えれば、俺の思うとおりに動くだろう。

だけれども、俺がもうひと押しと両掌に力をこめようとしたところで、突然甘い香りが鼻をくすぐった。


「さかたさん」

「さかたさん」

「さかたさん」

ぎゅうと髪をひっぱられたのでようやっと俺は目を覚ました。
「うん・・・・なに・・・」
閉じよう閉じようとする瞼を無理に開いて部屋の灯りの眩しさにまた目を閉じる。
誰かの指がぐいと瞼を押し上げた。
「イタっ・・・痛いよ、なに!」
無理に開かれた瞳が、目の前にいる無表情の少年を捉える。
沖田君は、つるりとした薄い髪色の下のいつもどおり何を考えているのかわからない顔で俺を見ていた。

「痛いって」
細い手首を取って俺の瞼を押し広げているのを外すと、俺に握られたそこをじっと見ている。
「知らねえうちに寝てたわ、ごめんね沖田くん」
沖田君はすっかり身体を洗ってうちのシャンプーまで使って髪を乾かしてきちんと元の服を着ていた。
俺が乱暴に脱がせた服を。
行為の後は我が物顔でうちの風呂など使わずにできればさっさと帰ってほしいのだが、中出ししてしまった俺としては言い出しにくい。
そんな俺の心を読んだかのように沖田君がボソリと口を開いた。
「俺、そろそろかえりやす」

「ああ・・・・」

無性に頭が重くなって俺は両手で眉間を激しく擦ったあとその指を脳天までつっこんでガシガシと頭皮を掻いた。

「飯でも食ってく?」
俺は、さっき見た夢の償いのような気持ちでそう言ってしまった。
俺が悪いわけでもないのにこんな風に気を使ってあげるなんて、俺はなんて優しいのだろう。

「へい」
沖田君はそれを断るわけでなく図々しく頷いてテーブルを拭き始めた。
どうやらなにか飯を作ってくれていたらしい。
女ならそんなことされると余計面倒だが、沖田君でもやっぱりめんどくさい。とくに沖田君は他の女の子みたいに俺に気に入られようとする感情が丸見えじゃないから余計ややこしいのだ。

重い身体を起こしてベッド脇のテーブル横に座ると、ことんと皿一杯の茶色いぶよぶよした物体が置かれた。
「なにこれ」
「やきそばでさあ」
「え、これインスタントじゃないの?」
「インスタントです」
「てか具がなんもないけど。肉とは言わないからせめてキャベツとか入れない?普通」
「やきそばなら二袋入れやした」
「こんなぶよぶよの麺ばっか2食分も食えるわけないよね」
沖田君はきょとんとした顔で俺を見て、それからキッチンに戻ってトコトコと帰って来た。
「冷凍庫にあったコーンですけど」
ぱらぱらぱらとやきそばの上にコーンの粒が撒かれた。
茶色と黄色のコンビネーションは、ぶよぶよやきそばをよりいけなくしている。
「うんまあこれ冷凍のままだよね」
「まえに坂田さんが果物凍らせて食べたもんでお好きなのかと思って」

つっこみどころの多さに俺は辟易して仕方なくゆで時間も多すぎたやきそばをずるずるとすすった。
こういうとき女子なら自慢の手作り飯などを押し付けてくるので、あるいはこっちの方が良いのかもしれない。

「沖田君は食べないの?」
「ゆですぎ麺は好かねえんで」
「まさかこれ失敗したから自分の分も足したんじゃないよね」
じろっと睨むと、ぱちぱちと大きな目を二度瞬きする。
顔だけは本当にかわいいから簡単に捨てたくなくなってしまうから困る。

「ひとくち、食う?」
「いらねえです」
「冷蔵庫にプリンあるけど」
「食っていいんですかい」
「いいよ」
ぽそりと立ち上がって再びキッチンに消えた沖田君が、プリンといちご牛乳を持って帰って来た。
「いちご牛乳も飲むの?」
「いえ、これは坂田さんに」
「コップは」
「やきそばにかけるかな、と」
「かけるわけないでしょ」
いちご牛乳をとりあげて直接口を付けて飲むと、俺の喉仏をじっと見ていた沖田君は、ふと思い出したようにプリンをぺりりと開けてもちもち食べ出した。

「おいしい?」
「はい」

その変わらず変わらない表情の中に少しだけうれしそうな雰囲気を感じ取ってうっかり照れた。
プリンごときで喜ぶのかしらと思って、それから俺は考えてもいなかったことをこれまたうっかり口走ってしまった。

「沖田君、あそこ、行く?」
「え」

「えーと、まえ沖田君が行きたいって言ってた」
「・・・」
「行かない?」
はやくも言ってしまったことを後悔して訂正しようとすると、沖田君が今度ははっきりわかるくらい頬を薄桃色に染めて頷いた。

えらいことを言い出してしまったなと思ったが、沖田君のうれしそうな顔とさっきの夢の罪悪感、それに前に一度テーマパークに連れて行けと言った沖田君を、そこいらの公園歩かせてごまかしたこともあったから、1日くらい無駄にするのも仕方ないかと思った。

とはいえやはり面倒なので、その後はテーマパークの話題に触れないようにしていたが、その間も沖田君を夢の中で俺は何度も打った。土方の汚えチン○を悦んで受け入れて擦られまくった沖田君が悪いのだが、もう問題はそんなことではなかった。
俺は、暴力を振るえば沖田君が俺のいう事をちゃんと聞いて他の男に股を開くことなどなくなるような気がしてならなかった。



*  *  *  *




「いつ行くんですかい」
と沖田君が言った時、おれはすぐにあああの事だなとは思った。

往生際悪く「なんのこと」と返すと
「あの、行くって・・・・」
と、めずらしく言いよどんだので、かわいそうになって俺はスケジュール帳を開いた。

「来週なら空いてるけど」
「じゃあ来週いきやしょう」
ほんとうは来週沖田君のバイトが入っているのを知っていたのだけど、まあサボる気だろう。
土方にヘルプを押し付けるのかなと思ってざまを見ろという気持ちと土方などに頼りやがってという気持ちが同時に俺の胸に湧いた。
それを隠して俺はいつもの面倒そうな顔で沖田君に応える。

「いいけど俺しがないバイトリーダーだから金ないんだよね」
さすがに申し訳なくてはっきりとは言えないから続きを沖田君に委ねた。

「俺、自分の分のチケ代は出しますんで」
「あ、そう?悪いね」

いくらなんでも俺の分まで出してくれることはないか、まあそれは仕方ない。
でも沖田君の為に連れてくのに俺が散財しないといけないのかと思うともやもやするのも当然だろう。



*  *  *  *




当日俺はものすごく早起きさせられて、ついでに昨晩もきっちり例の夢を見て気分が悪かった。
加えてもうなんだか「なんでこんなとこ来たいんだ」というくらい混んでいて、沖田君なんなのここと不機嫌全開でぐずり続けてやった。
その度に沖田君は小さな口で「ディズ○ーラン○です」とぽそりと答える。

暑い疲れたと訴えるが沖田君はとことこと歩いてゆく。アトラクションはどれをとっても鬼のように並んでいて入る気がしなかった。それからショーなんかもあったけれど、この炎天下で場所取りなんぞ俺には想像もできなくて、背伸びをすればまあなんとかキャラクターの背中がちょとだけ見えるかな、という物陰に位置取って、でかい山車みたいなのが通り過ぎるのを見送った。

「見える?沖田君」
「はあ」

俺より背が低いから人の頭しか見えてないかもしれないが、まあいいだろう。
結局そのほかはただパーク内をだらだら歩き回っただけだった。
土産屋もたくさんあったが、うっかり入って沖田君に何かねだられたらどうしようと思うとそれもできない。
時たま屋台のようなところで立ち止まって、ねずみだか猫だかの耳がついたカチューシャを手に取っていた。欲しいのかなと思っていると、坂田さんと俺を呼んでこちらの頭にそれをブッ刺した。
「いてっ、耳の後ろガリってなったよ!」
すぐに外して元に戻したら、沖田君はそのカチューシャを目で追った。
「似合ってたのに」
「いいから、行くよ」
それこそ買わされてはたまらない。

「沖田君お腹すいた?」
「へい」
どこか入りやすか、と続けたけれど俺はそれを手で制して、「見て」とディパックの口を開いた。
保冷剤と一緒にくるまれた銀紙の包みを沖田君は不思議そうに見ている。

「おむすび握ってきたんだよね」

パークの入場料のみならず、園内のレストランなどに入ったら俺の今月の生活費はパーだ。飲食物持ち込みは駄目かもしれないが、こっそり食べれば問題ないだろう。
少し涼しい木陰を見付けて沖田君の分の包みを渡す。
かりかりと音を立てて銀紙を開いて、真っ白い艶のあるおむすびをしなやかな手が取り出した。
米の水分を吸ってしっとりとした味海苔。たっぷり巻いてあって沖田君の指に少し海苔がくっついた。

あんぐ。と口を開けてかぶりつく。
爆弾サイズのおむすびには、シンプルな塩鮭と梅干、昨日の残りの唐揚げにもらい物の松茸昆布を配置してある。
もしゃもしゃと無表情で食べつくし指をぺろぺろと舐めているのを見て、俺もおむすびにかぶりついた。

「おいしかった?」
「はい」

短く応えた沖田君。
本当はパークのレストランに入りたかったのだろうなと思いながら、入りたければ土方と来いと胸の中で悪態を吐いた。


とにかくこれで俺は沖田君を殴ってしまった(プラス夢の中で首を絞めた)贖罪が済んだわけだ。
せめて何かひとつだけでもアトラクションに入って引き上げようかと沖田君に提案すると、いいですと断られた。
なんだじゃあこんなところまで何しに来たんだと喉まで出かかったがなんとか飲みこんでまた園内をブラブラしてから出口に向かった。
あんまり暑いと俺溶けちゃうんだと言うと、じゃあ早く帰らねえとあぶねえですねと俺の手を引いて歩き出した。

ひょっとしたら手を繋ぎたかったのかもしれない。
俺は無下に振り払うこともできなくてそのままにしていた。沖田君の白い手からはこの熱気をさらに暑くする体温が流れ込んできたけれど、不思議に嫌な気はしなかった。



ことこと電車に乗って、俺はここでもしんどい疲れたダルい眠いと文句を言い続けたが、沖田君は特に何も言わず外の景色を見ていた。
楽しかったのかなどうかなと一応気にしながら俺のアパートに帰って来ると、沖田君もぽてぽてと上がり込んできた。
帰ってくれないのと思ったが、今日は一日奉仕の日だと我慢してベッドに突っ伏した。
突っ伏したまま枕に向かって
「おぎだぐーーーん・・・お腹すいた?」
と聞くと、
「すごく」
と答えが帰って来た。

これは、何か・・・作らなければならないのだろうか。
この間沖田君が最後のインスタントやきそばを使ってしまったので手軽にできるようなものは何もない。
出前など出費がかさむのでこれもバツ。

「ん〜〜〜〜〜〜〜、うち、なーんにもないけど、どーする?」
「・・・米もねえですか」
「ん?」

「俺、おむすびがいいです」


沖田君の言葉が脳みそに入ってくるまで時間がかかった。

ともすれば閉じそうな瞼を無理に開けて沖田君を振り返ると、普段俺には我儘を言わない沖田君が、まるでお願いをするかのような遠慮がちな目をして俺を見ていた。

ただのおむすびのリクエストなのに。

その恥らうような顔を見て俺は、今日一日で一番沖田君がうれしかったのはきっと俺が作ったあのおむすびだったのだなと確信した。

俺は、沖田君がこの顔を俺に向けてくれる限り、二度と再び沖田君に手を上げることはないだろうと安心しておむすびも握らずに深い眠りに落ちてしまった。


(了)






















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