「お百度の愛」 H.26/07/08




(銀沖)2014沖誕の二つ目です。うじうじうじうじ沖田さん。





「お百度の愛」


沖田君の姉であるミツバが、実は沖田くんの母親で出産後の肥立ちが元で身体を悪くした為に終いには亡くなってしまったのだという事実を知っているのは、真選組のトップとサブと一番隊隊長、それと俺だけ。

確かに産後の肥立ちが悪かったと当時の産婆がしたり顔で語ったのは幹部三人連れ立っての凱旋帰郷での出来事。
歳は九つ違いと思っていたが、実は姉とは十二離れていて、沖田家存続の為に若くして嫁いだ先の旦那との間にすぐに子が生まれたという。
しかし生まれてすぐにミツバの旦那が、勤めていた奉行所で不祥事を起こし、石高召上げの上切腹となった。
たった十三のミツバと嬰児の沖田くんが残されたが、家督をすぐにでも継げるわけがなく、親戚筋の元服済み次男坊を養子に据えられれば居場所も無かった。
用済みとばかりに沖田家に返されて、乳呑児を抱えて困り果てたミツバに沖田家の両親が我が子として育てようと申し出た。
奉行所で裏稼業者と通じ藩財に手を着け切腹した男の落し子よりも、沖田家の嫡男として育てた方が幸せだろうとそれを了承し、沖田くん自身にもそう教えた。

後に近藤道場に通う事になったが、そこでほんとうのことを知っている者はだれもおらず、のびのびと育った。
育って実は母である「姉」を置いて上京し、姉の死を経てその数か月後に帰郷した。
帰郷と言っても幹部連の出身地で隊士募集をした方が士気の高い者が集まるだろうと考えてのこと。

そんなわけで近藤と土方と沖田くんが村に帰ってきたのだが、村長宅の酒席で偶然来ていた沖田くんの産婆が口を滑らせた。
産婆は、昨晩村長の娘が産気づいた為にやってきたのだが二人目にしては難産で翌日の夕方までお産が長引いたのを、労をねぎらう意味で帰郷の宴に席を用意した。
もう八十を越えているので半分ボケていたのか、沖田くんを目の前にして「あの時は大変だった」と懐かしがった。
「まだ肥立ちの良くないミツバに動いちゃならねえと儂は言ったが、産まれたばかりのお前を抱えて実家に帰ったのだ」
と言った。
「きちんと身体を治してから帰ればあの娘は悪くならなかっただろう」
とも言った。

その時誰も沖田くんの顔を見られなかったらしい。
だから沖田くんがどれほどショックを受けていたか知らないが、20年近く秘密を守り続けた老いぼれ婆を誰も責めることもできず、ただただ告げられた真実に打ちのめされていた。



江戸に戻って沖田くんはまっすぐ俺のところへ来た。
「俺は旦那にもう会えないかもしれねえ」
なんて言うもんだから、どうしたのって何度も聞いて、そしたらぼつぼつと話し出した。
正直沖田くんのあずかり知らぬところで母親を違えられて育てられたのが沖田くんに責任などあるわけもなく、俺にすればそんなことで沈まれても面倒なのだが、沖田くんはわりと本気で真面目な顔をしていたのであまり冷たいことは言えない。

「俺に会わないでどうするの。お姉さんに遠慮でもするの」
「姉さんじゃなくて母上でした」
「そのミツバちゃんがお母さんだって解って何がどうだっていうの。愛されて育てられた事実が何か変わった?」

沖田くんはくるんとした瞳を俺の方に向けて何を考えているのかわからないいつもの顔に戻って口を開いた。
「俺ァ、姉上の命を食い破って出て来たのに、それも知らずになんの孝行もしねえでのうのうと生きていた」
「そんな自分をおそろしい化け物みたいに言うんじゃないよ」
「姉上みてえに綺麗で優しいひとが幸せになれねえで、なんで俺が」
沖田くんは、白い両手で己の顔を覆った。

「幸せじゃなかったっての?かわいい息子が元気に育って真選組で活躍して仕送りまでしてくれて。じゃあなに、沖田くんはお姉さんがかわいそうだから俺に会わないっての?お姉さんが幸せになれなかったから自分も恋をしないの」
言いながら、隊服のまま万事屋に来ている沖田くんの肩をつかんで何かを言い聞かせるようにゆっくり揺すった。
沖田くんは、何にも興味の無いような冷めた顔で横を向く。

「沖田くんが自分のせいでお姉さんが不幸になったとか亡くなってしまったとか思ってるんなら、」
「実際そうですから」
「いや、それはお姉さんに対して失礼なんじゃないの?」
「・・・・・・」
「お姉さんは、沖田くんに悪いって思ってほしくて産んだの?申し訳なく思ってほしくて貧乏しても育てたの?ワケわかんねーわ、子供なんかそんな簡単に育てられねえっつの、俺にもお前にも誰にもわかんねえような苦労してなんでいらねえもの育てんだよ。かわいそうだ申し訳ない俺のせいで死んでしまったって、そんなことお姉さんに失礼だって思わないの?沖田くん」

横を向いた沖田くんの頬はやわらかそうな美しい曲線で思わず触れたくなるけれど、触れてしまえば最後、冷たい氷にくっついた指が離れないように凍傷を起こして終いにはもげてしまいそうなほどの拒絶を感じる。

「・・・・ねえです・・・」
「なに」

「旦那の言葉も・・・誰の言葉も、俺の胸にはなんにも響いてこねえんです」
「・・・」
「何か大事なことを言ってくれているんだってのは解るんですけれども、俺の胸の中はからっぽになってしまって、どんな言葉もなんの意味もねえ。ただ、ただ姉上が生き返って幸せになってくれねえと、この胸は空洞のままなんです」

「だから、俺と会うのをやめるってのか」
「違いやす」

沖田くんは首を俺の方へ向けてきっちりと見返してきた。
その瞳には、知りたいけれどやはり聞きたくないようななにかを決意した炎が宿っている。

ゆっくりと俺の腕を押し返して、緩慢な動きで立ち上がると、何も言わないで万事屋の玄関に向かって歩きはじめる。
「帰るの、沖田くん」
「・・・・・・」
「もう来ないつもりじゃないよね」
靴を履き、からりと引き戸を開けて沖田くんは首だけで振り向いて乾いた唇を開く。

「・・・俺たちの田舎にね、お不動さんがありまして、そこにこんな伝説があるんです。もう何百年も昔、源平の時代に信心深い村の女が愛しい男と死に別れちまって毎日泣いて暮らしていたんですけれど、ある晩お不動様が枕元に立って
「我が子よ、男を現世に戻したければ願いを叶えてやる」
と言うんです。
「しかしあの世にも席というものがあってどうにも空けておくわけにはいかないからお前が代わりに行くのであれば男を戻そう」
ってね、かみさまにしちゃあえれえケチくせえ話ですけれども、とにかく次の朝女は目覚めてすぐにお不動様に行ってお参りをしやした。それからは毎日毎日飽きもせずに日付が変わる頃にお百度参りをした。そうしたらちょうど百日目にお参りに行ったはずの女が帰ってこなかった。けれどもその代りどこからやってきたか知らねえけれど女の恋人だった男が呆けたようにお不動様の石段に座っていたらしいんでさ」

話が長くなったからか、沖田君は一旦玄関の戸をからりと閉めた。
けれど背後の俺からは目を逸らして引き戸をじっと見つめたまま。

「まさか、故郷に帰ってお百度をやろうっていうの」
「姉さんが帰ってくるなら」
「・・・沖田くん」

哀れでならなかった。

そんな伝説を信じているの。
冷静な頭で考えたらそんなのほんとうのわけがない。
そんなことで死んだ人間が生き返るというのならば、誰だって、誰だってもう一度会いたい人がいるだろう。
そんなこともわからないのか、わからなくなってしまったのか。
どんなに理不尽でも、どんなにやり直したい過去があっても、時は戻らないし戻せない。
たとえ命よりも大切な人が蘇っても、歪んだ歴史の上にまた別の悲劇が起こるかもしれない。

それでも、そんな馬鹿馬鹿しい理由で田舎に帰って百日もお参りして、それで沖田くんが満足するならいいかという気もしていた。

「・・・・いつからいくの」
「今からでさあ」

「百日も沖田くんに会えないなんて、さみしいね」
なるべく穏やかな顔をして言う。本当ならつきあっていられないほど仕様も無い話だ。

「・・・俺がこっちに出てくる前・・・十三かそこいらの歳にね。近所の俺と同じくれえの歳の餓鬼が、こんな汚ねえ犬コロを飼ってやしてね。それが畑を耕していた牛に踏まれて死んじまいやして。泣いて泣いて泣くもんだから、お不動さまの話をしてやったら毎日毎日ばかみてえにお参りを続けやしてね。そいつが百日後どうなったと思いやす?」
「新しい犬でも飼ったんじゃないの」
「そいつはお不動さんの石段の脇にある大木の側で首の骨を折って死んでやした。木に登ってあやまって落ちたんだろうって話でしたけど、俺にはわかりやす。あいつはお百度をきちんと全うして願いを叶えたんだ。だって次の日俺がそいつの家の前を通ったら、あの汚ェわんころが空のエサ入れを舐めてからからと音をたてていたんですから」

沖田くんの記憶が都合よく捻じ曲げられているのか、じつは犬が死んでいなくて偶然友達の方が死んだのかは知らないけれど、どこまで聞いても馬鹿らしかった。
とにかく沖田くんの気が済むように田舎に送り出して、ある程度経ったら迎えにでも行って元通りだ。

俺が駅まで送ると言うと、馬鹿言わねえでくだせえと冷たく背中を向けて、あっさり沖田くんは出て行った。あまりのあっさり加減に心配しないでも実は数日で帰ってくるのじゃないかしらと思ったが、実際はひと月経ってふた月経って、み月を過ぎてもあの馬鹿は江戸に姿を現さなかった。
まさかあの飽きっぽい子供がほんとうにお百度をやっているのかしら。

痺れを切らせて、マヨネーズ副長の生ごみを見るような視線に耐えながら探りを入れてみる。
「真選組ってばアレなの?何日有給あんのか知んないけど、こんだけサボって切腹とかないわけ?」
「総悟はあれでもうちの戦力だからな。ずっと働かせていたわけだし田舎で隊士募集の責任者やらせてることにしてるから問題はねえ。今度の事はあいつにとってもショックだっただろうからな、多少は休養させてやって向こうに飽きたら帰ってくんだろ」
いつも通り放任のようで実は甘やかしのひどい土方だが、沖田くんはきっと屯所で俺に見せたような顔をしていないんだろう。それほど心配はしていないで、好きにやらせてやれとでも言いたげだった。

それにしても100日以上経ったわけだが、一体何をしているのか。まさかあの馬鹿は100も数えられないのか。
さんざん腹の中で沖田くんに悪態をついて仕方なく俺は腰を上げた。
ちょうどややこしい依頼が入っていた時で、新八に罵声を浴びせられながら事務所の金を使って列車に乗った。俺がここまでするのは沖田くんにだけだ。俺は本当にやさしい。


ひなびた田舎駅に降り立って、宿も決めずにその足で沖田くんの話していた寺に来た。
別れた時はまだ冬だったのに、今は春の暖かい日差しが降り注いでいる。
田舎にしても山奥のこの寺は、石段を上ると見晴らしだけは良くて、流れる汗を拭いて一息ついた。
伸び放題の雑草をかきわけて境内に入ると、ちょうど坊主が誰も見向きをしないような拝殿を掃き清めていた。
ほとんど参拝する者もいないこの寺に見たことも無い男がやって来たことに驚きながら、じいさん住職が教えてくれたところによると、沖田くんらしき少年は確かに毎日深夜にこの寺にお参りをしていたという。
時間が時間なので住職が姿を見たことはほとんどなかったが、沖田くんの為に深夜までかがり火をつけてやっていたのを、火事にならないよう毎晩きちんと消して帰っていたようなのでその存在は確認できた。
だがここ数日はかがり火が点いたままになっていたので境内を気にしていたが、沖田くんが姿を見せることは無くようやっとお百度参りも終わったのだろうと思っていたのだそうだ。

お百度が終わった。
だけれども沖田くんは江戸に戻って来ていない。
あの馬鹿は一体なにをしているんだと村に降りて色々聞き込みをしたけれど、皆言う事は同じで確かに姿は見たが親戚筋の家にやっかいにならないで昼間は宿に籠って顔を見せず夜中に抜け出してどこやらに行っていたようだ。だけれどもここ数日はそれも見ないと口を揃えた。
俺は沖田くんのとっていた宿に入って、一日捜索して疲れた身体を布団に押し込んで無理矢理目を瞑った。






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