prologue
『ねえ、お話をして上げようか』
『どんな話?』
『鬼と蛇のお話』
『・・・』
『聞きたくないのかい』
『話したいなら聞きたくない、話したくないなら聞きたい』
『君は可愛くないねえ』
『・・・』
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昔々、一匹の鬼と一匹の蛇が居ました。
鬼は百余の部下を従え、お城に勤めていました。
人を斬ったり刺したり燃やしたり、欺くのが鬼のお仕事です。
蛇はたった一人ぼっちで、薄暗い穴倉で暮らしていました。
人を斬ったり刺したり撃ったり、威すのが蛇の生きる術です。
その日はとても晴れた夕方でした。
鬼は人間達に見つかり追われ、その身がズタズタに赤く染まっていました。
鬼は必死に逃げました。ここで死ぬわけにはいかないからです。
鬼が走る度、鬼の甲冑から血なんだか肉なんだか分からないモノが滲み出ました。
このまま走っていれば、鬼が死ぬのもすぐでしょう。鬼はそれが分かっていました。
鬼は必死に走りました。もう生きる気が無かったからです。
鬼が走る度、鬼の甲冑から肉なんだか骨なんだか分からないモノが飛び出してしまいそうでした。
このまま走っていれば、鬼が死ぬのも直ぐでしょう。鬼はそれが分かっていました。
そして鬼は気付きました。
自分はもう、走っていないことを。走れないことを。死体のように地べたに倒れていることを。
ああ、死ぬんだな。鬼はそう思いました。
早く死にたい。鬼はそう思いました。
そんな鬼に、声を掛ける変わり者がいました。
それが、蛇です。
蛇は酷く傲慢で冷酷、容赦の無い冗談を鬼へと掛けます。
鬼は思わず笑ってしまいました。それ程、蛇の存在が鬼には恍惚に見えたのです。
薄汚い、汚泥と血膿に塗れた蛇を、鬼は今まで見たどんなモノより美しく見えたのです。
蛇の美しさを例える言葉を、硝煙と血膿に塗れた鬼は知りません。
それでも伝えようと開いた鬼の口からは、擦り切れた吐息がだらしなく漏れているだけでした。
そんな鬼の姿に、蛇はまた先程の容赦の無い冗談を言いました。
鬼はもう笑えません。
ただ、蛇の姿が美しいと思いました。
ただ、ただ、蛇の声が美しいと思いました。
ただ、ただただ、この蛇が自分の名を呼んで、この蛇が自分の体に触れて、この蛇と…ああ、それが叶うなら!
蛇がまた何か、鬼に声を掛けました。
蛇は鬼に何かを訊ねているようです。鬼はそれが何だったか、もう分かりません。
鬼は蛇に何かを応えたようです。鬼はそれが何だったか、もう覚えていません。
た だ、蛇が困ったようにそして驚いたように崩した顔を、い とお し い、鬼はそう思いました。
昔々、一匹の鬼と一匹の蛇が居ました。
百余の狗の頂点に立つのは一匹の鬼、そしてその足元には必ず、一匹の蛇が居ました。
もう鬼は蛇を見ていませんでしたが、その手はいつでも蛇の尾を握っています。
蛇は端から鬼を見ていませんでしたが、その尾はいつまでも鬼の足に絡み付いています。
鬼は蛇に言えなかった事があります。蛇はそれを知りませんでした。
蛇は鬼に言わなかった事があります。鬼はそれを知りたくありませんでした。
鬼は赦免を乞うていました。
蛇は復讐を望んでいました。
どうして幸せになろうか。どうすれば幸せになれようか。
それでも四方八方から切り刻まれ嬲られ続けてこうべの弛んだその二匹には、ああ、どうしても幸せだったのだ!
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『鬼が悪い、鬼が』
『ああ、矢張りそう思うかい』
『悪い、鬼が一等残酷で傲慢で悪い』
『そうだとも、でも鬼は蛇になら殺されても良かったのだよ…蛇に殺されたかったのだよ』
『それこそ傲慢じゃないか』
『ああ、嗚呼。そうだとも、鬼は酷い奴だ』
『・・・』
『いつだって蛇は、本当に本当の意味で優しかった。ああ、あの蛇は、』
『・・・』
『あの蛇は、嗚呼、蛇のふりをしていただけだった』
『嗚呼。酷く甚く優しいだけの、哀れの成れ果てのような女だった』
Continued.
あまりにも見切り発車すぎました…反省!⊂⌒~⊃。Д。)⊃ ドテッ