気持ちをすべて溶かしてしまおう。


バレンタインの日のチョコには色々なものが溶けているという。例えば、告白のために使われるチョコには好きという想いが伝わって欲しいという願い。例えば、ずっと愛し合っている恋人に贈るチョコにはこれからもよろしくという気持ち。そして、僕のチョコには……


「おい。なんで俺の家で作るんだ。」
「だって家にいたら椿に会うかもしれないじゃない。」
「喧嘩して会いづらいからって俺の家に来るな!」

バレンタイン当日、僕と椿は絶賛喧嘩中だった。今回の喧嘩の原因は僕。椿とのデートの約束を、急な仕事のために破ってしまったのだ。それを椿はたまたま電車の中で移ってしまった女性ものの香水の香り勘違いした椿は僕に一方的に暴言を吐いた後、部屋に閉じこもってしまったのだ。そして…

「喧嘩したからって、いちいち俺の家に来るな。
まったく…」

棗の小言なんて聞こえないふりをして真剣にチョコを溶かす。僕の気持ちが溶けるように。とろとろと溶けていくチョコを混ぜる度にチョコの甘ったるい匂いがそこら中に漂う。生クリームを混ぜて四角い型に流し込み冷蔵庫にいれる。

「もう完成なのか?」
「うん。生チョコだから冷やして切ったら出来上がりなんだ。
あ、そこにあったトレー借りたからね。」
「また勝手に…」
「そんなこと言って、君は僕を追い出さなかったから別にいていいってことでしょ?」
「ふん…そんな泣きそうな顔してチョコ作ってるやつを、追い出せるかよ。」
「え?」
「お前ってさ、昔っから何か悲しいことがあったらほかのことをして紛らわせてるけど、その時に少しだけ目を細めながらするから俺や椿にはすぐにわかるんだよ」
「へぇ…そうなんだ…」
「無自覚だったのか?」
「うん。
昔から、なにかしようとするのは気づいてたけど…」
「ふぅん…

なら、できるだけもうそんな顔するなよ。」
「え?」
「いやなんでもない。それより、チョコ、そろそろ固まったんじゃないか?」
「あ、うん。」

チョコを素手で押してみると少しふに…とへこんだ。ドロドロ出ないところを見ると固まったようだ。それを小さめに切ってココアをふりかける。持参した袋に詰めれば完成。へこんでしまった部分のチョコにもココアをふりかけ、それは棗にパス。

「味見して」
「毒見の間違いじゃ…」
「いいから。」
「ん…普通にうまい…」
「そう…よかっむぅ!?」

突然、頭を押さえられてびっくりしたあとに口の中に広がるチョコの味。棗の口内で少し溶けたなめらかなチョコと一緒に、棗の舌が入り込んでくる。チョコを僕の舌に絡めて押しつぶしてすり込むようにして…最後にはチョコが完全に溶けてなくなり、棗の舌が僕の舌に絡んでくる。ピチャピチャと音がなっていて、酸素の足りなくなった頭は考えることを放棄し、白い靄におおいつくされてしまった。



「なつめーあがるぞー」

頭の靄を払ったのはよく響く声。聞きなれた、大きな声。

「なに…してんの?」
「あ…つば…」
「っ!!これ…」

僕の手にあるのはラッピングされたチョコ。椿の大好きなピンクのリボンの…

「こんなもの!!」

椿が僕の手からチョコをたたき落とす。少しへこんだチョコレート。その形をさらに崩すように椿は踏みつけていく。あまりの出来事に僕は呆然とした。その間にもチョコは瞬く間につぶれていって…

「っ…!!!」

涙がとまらなくなった。床に水滴を落としてゆく。

「あずさ…」

怒ったような椿の声。その後の言葉が聞きたくなくて。怖くて。僕は慌てて逃げた。走って走って走って。学生の時からあまり走りなれてない体は、すぐに息が切れた。走っても走っても棗の家からマンションまでは車で移動する距離だ。たどり着く前に走ることが出来なくなった。
足が止まったところに見えたのは、小学生の頃よく自転車で来た公園。真っ赤に染まっている真ん中に影を落としている遊具の中に入ってみる。小さい頃はよく、この中に寝転んで髪の毛が土だらけになって怒られた。今となっては足を極限まで曲げないといけなかったが、横になれた。肉体的にも精神的にも疲れ果てた僕は、そのまま眠ってしまう。



「…さ…あずさ…梓!」

はっと目が覚めるとそこには今にも泣きそうな…というか涙が溢れかけている椿の顔だった。

「探したんだから…ごめんね…」

椿の言葉に、記憶が蘇る。ふっともう一度逃げる体制に入るが椿に上から押さえ込まれて逃げられない。

「きいて!俺…勘違いしてたんだ!
俺…あのチョコ棗のだと思って…
棗に梓のチョコ…ていうか梓を取られたくなかったんだ!
棗が、ちゃんと説明してくれたんだ」

椿の頬をみると、少しだけ腫れていた。

「俺、勘違いして怒って…
昨日のも勘違いだったのに…
梓のことになると余裕とかなくなっちゃって…
チョコも折角作ってくれたのに…」

椿の手にはグチャグチャになってしまっている僕のチョコ。

「いいよ…僕は…」

すると、椿の唇が僕の口をふさぐ。少し塩味のするキス。舌を絡め合って離す。椿と僕の舌のあいだには糸がひいて僕と椿をつないでいた。椿は、ニコリと微笑んで僕のチョコを口に含みもう一度キスをする。棗のより長く、激しく。

「棗のキスなんて忘れさせてやる」

ギラギラとした瞳に少し恐怖をおぼえるが、素直に嬉しいと思った。チョコの甘い味と匂いは麻薬みたいに僕の体と脳内を停止させる。

「おい。」

椿とのキスに夢中になってると仏頂面の棗がくる。その頬は、椿と同様腫れていた。

「家まで送ってやろうと車回してやったんだ。はやくのれ」
「なんだよー!今いいとこなんだから」

椿と棗の会話はいつも通りで、先程までなにがあったのかを悟れない。まるで何もなかったかのようだ。

「梓…その…
さっきは悪かった」
「棗…」

棗の目は少しだけ細くなっていて、僕はチョコを待ってる間の棗の話を思い出した。

「なんだ…棗も僕と同じだね」
「え?」
「目、細くなってる。」
「っ…!」
「あーずるい!二人で見つめ合うの禁止ー!
もー早く帰ろー!
帰ったら梓が明日起きれなくなるまで愛してあげるんだからー!」


明日は仕事なんだけど…と言いかけたけどやめた。今日は椿を甘やかしてあげるんだ。

僕の気持ちの入ったチョコはまだたくさん残っている。

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