限度が大切、何事も。
『クロア〜』

「……………」

『ねぇ、クロア』

「……………」

『聞いてよ、クロア!』

「あー、もう、しつこいな。何だよ?」


資料を纏めている最中だというのにディサピアが何度も何度も声をかけてくる。
今回のこの資料は大切な実験のデータだから急いで結果を算出しなくてはいけないこと、ディサピアだって理解しているはずなのにどうして邪魔をするんだ。
意味が分からない。
そもそも、この実験を企画したのだってディサピアのくせに。

イライラして、手を止めディサピアを睨みつける。


『もうそろそろ休みなよ。君、何時間寝ていないか分かってる?』

「3日と28時間56分……あ、新記録か」


今までの最長記録は確か3日と23時間ちょっとだったな。
かなり大幅に更新してる。
それほどこの実験に熱を入れてるってことか。
気がつかなかった。


『そう!4日とほぼ5時間も寝てないんだよ!?クロアの体は何回も限界だって訴えたじゃないか!!薬で無理やり意識を活性化させたり、冷水シャワー浴びて目を覚ましたり!しかも録に髪の毛乾かしてないし!僕の調合データのサプリメントやらで身体を健康体にしてるけど、クロア本当は病弱で弱々しい身体なんだよ!?危険だよ!!理解して!!』


理解はしてる。
危険を心得た上で休養という選択肢を放棄したんだ。
それの何処が問題なんだよ。

煩わしいディサピアの言葉を無視して再び紙面へ視線を向ける。
声が更に大きくなったが気にしない。
ディサピアの声は頭に直接響くから、いい加減頭痛が酷い。
分かってるのか?
分かってないだろうな。
おかげで視界が霞んできた。

霞んで…あれ?
身体が上手く動かない。
右へと景色が傾いていく。
そして、右半身を中心に衝撃が走った。
目の前には棚の足。


『ああもう、言わんこっちゃない!
シャルティエ!お願い、リオン呼んで!馬鹿クロアが寝不足で倒れたから!…は?シャワー中?早く上がらせてよ!!そんな場合じゃないの!!』


早くデータを纏めなくちゃ次の段階に進めない。
そう、思っているのに身体が意思に逆らっている。
身体を起こそうとしているのに、ピクリとも動かない。
それどころか、視界が狭ばってくる。
瞳が閉じかけている。

駄目だ、まだ、寝るわけにはいかない。
…寒いけど、暑くて、眠い。
思考が濁っていく。

そうして、俺は意識を手離した。





*+*+*+*+*





ぬくい。
とても、温かい。
怠い。
指一本まともに動きそうにない。
けど、温もりの正体を知りたくて目を開けた。

霞んだ視界に、見覚えのある天井が広がる。
意識を失う前にいた研究室ではなく、自室の天井だ。

首だけを動かして辺りを見れば、リオンの姿があった。
ベッドで寝かされている俺のすぐ隣に椅子を置いて座り、読書をしている。


『あ、坊っちゃん。クロア、目が覚めたみたいですよ』


シャルティエが明るい声色でそう言えば、リオンは本を閉じた。
瞳も閉じられ、しかしすぐに目を開けると俺を睨みつけてくる。
冷水を浴びたかのように、意識が覚醒した。


「…僕に何か言うことはないのか、クロア?」

「す、すいません、でした。ご迷惑を、オカケシタようで…」


片言混じりに視線を逸らして言えば、深いため息が二つ聞こえた。
リオンとディサピアだ。

あと、言葉を発して気が付いた。
喉が少し痛い。
そのせいか声を出すのが辛い。

身体が熱いし重いし、喉は痛いし、風邪だな。
原因は把握してる。
疲労と、濡れたままだった髪の毛と、薬を考慮して冷えた研究室。
この辺りでやられたのだろう。
今は髪の毛もしっかり乾かされてるし、暖炉と数枚重ねられている布団で暖かい。
むしろ暑い。

ここまで俺の為に準備してくれたリオンの顔を覗く。
呆れた顔だが、俺を責める様子はない。


「クロア、起きられるか?」

『メイドにお粥を作ってもらってますよ、食べて下さい』

『それから薬飲んでしっかり寝てね。データは全部僕が覚えてるから』


机にあるお盆の上には、お粥と水と薬にスプーン。
リオンにもディサピアにもシャルティエにも、心配をかけ過ぎたようだ。

俺は頷いて、力の入りにくい身体を起こす。
その際ポトリと額の上から落ちたのは濡れたタオル。
…タオルが置かれていただなんて、気がつかなかった。
落としたタオルは早急にリオンが拾い上げ、食事と交換して机に置く。

リオンは、お盆を片手に持ったまま器用に椅子を俺の頭元へ寄せた。
お粥を受け取ろうと手を出したが、リオンは一向に皿を渡してくれない。


「あの、リオン…?」

「零されては敵わないからな。不本意だが僕が食べさせてやる」


衝撃的な発言に、固まった。
シャルティエは驚愕してよくわからない悲鳴を上げているし、ディサピアは笑いすぎて死にそうだし。
ディサピアのオリジナルの死因は笑い死にではないだろうか。
辛かっただろうな。
そう疑ってしまうほどに、よく笑っている。
息継ぎ無しで、笑い続けていて煩い。


「り、リオン。食べるくらい自分で出来るから!」

「そう、何でもかんでも『出来る』『大丈夫』と言い続けた結果が今じゃないのか?」


そりゃごもっともなことで。
けど、いくら病人でも飯食べるくらい出来る、本当に!
リオンは、一口分だけ掬ったスプーンを俺に近付ける。


「さっさと口を開け、クロア」

「こればかりは問題ないから、自分で食べさせてくれ」

「断る。…せいぜい羞恥に堪えればいい。そうすれば、もう二度とこんなことにはならないだろう?」


こいつ確信犯か。
いつもならいくらでも言い返して、シロをクロにひっくり返すくらい、無茶でも論破している。
だけど、熱で上手く頭が回らない。
それに今回は全面的に俺が悪いということくらい、身に沁みて理解している。

だから、俺は諦めて口を開いた。


「最初からそうしておけば良いものを…」


リオンは満足そうに笑っていた。







end.

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