『ごめん、クロア。今日はシャルティエとゆっくり話したいから、ちょっとリオンのとこに僕を預けてくれないかい?』


朝、ディサピアは珍しい頼みをしてきた。
ディサピアが俺の元から離れたがるだなんて…こりゃ明日は空から槍が降ってくるな。
今日の予定は買い出しだけだから問題はなし。
リオンもOKを出してくれたから、今現在俺の手元には剣しか武器はない。
他にあるのは、買ったばかりの実験器具だけだ。

街はいつも通り賑わっていたが、ディサピアが居ないだけで随分静かに感じた。
約10年間、ディサピアのマスターになってから毎日側に居たからだろう。
寂しい…そう言える感情だ、おそらく。


「ディサピアの馬鹿野郎…」


呟いても、いつもの煩い声は聞こえない。

リオンもリオンだよな。
普段俺がディサピアを預けようとしても断るくせに、どうして今日は許可したんだよ。
今日って何かの記念日だったか?
あ、今日って何日だろう。
二徹夜目だっけな…あれ、三?
あー…わかんねぇ。

とりあえず後でリオンを実験台にする。
それから、ディサピアのコアのレンズに電流流してやるからな。
シャルティエにもついでに八つ当たりしてやる。
はい決定。
帰るのが楽しみだ。

瓶と薬品を両手に空きなく抱え込み、ダリルシェイドの街を歩く。
…静かだ。

ぼうっと青い快晴の空を見上げて歩いていれば、足元がふらりと揺れた。
転けたりはしなかったが、危ういところだ。
そんな俺の姿を見ていたのだろう、正に紳士といった風貌の男が俺に近寄ってきた。


「大丈夫ですか、お嬢さん。こんな大量の荷物持って…運ぶの、手伝いますよ?」


ニコリと微笑みながら、男は手を差し出した。
表情を見る限りでは善意しか感じられない。
…けど、ふざけるな。


「俺は男だ。荷物くらい自分で運べる。気にするな」


善意だということは分かっていても、性別を間違えられたことは許せない。
精一杯睨みつけて手を払い、急いで去ろうと小走りする。

…ディサピアが居なくて良かったかもな。
居たら全力で笑われている。
ソーディアンだから息継ぎなしで長時間笑い続けやがって煩いんだ。
それでリオンも苛々して、最終的に我慢できずにキレてしまうのはリオン。
そうすると決まってリオンの怒鳴り声とディサピアの笑い声、シャルティエが二人を宥めようとして弾圧されて悲痛な叫びを上げる。
異質な騒音三重奏。
はた迷惑な話だ。

そんなことを考えているうちに、屋敷は目の前に迫っていた。
敷地内に足を踏み入れ、確認の為に中庭を覗くが人の影はない。
お茶会はまだ始まっていないようだ。
それならリオンは屋敷の中か。
そんなことを考えつつ、屋敷に入る。
見慣れた豪華な装飾たちを掃除していたメイドからおかえりの挨拶をされ、ついただいまと返した。

地下の実験室に荷物を運び、一つ一つきっちり整備する。
店のラベルの貼られているものはそれを剥がし、全ての瓶を消毒してから棚に並べた。
薬品も、瓶に入っているものは瓶に薬品名を書いて別の段へ。
袋入りの薬品は買ってきた瓶に移し替えて名前を書く。

これで今日はもうフリーだ。
ひたすら自由時間だ。
今日までに決めていたノルマは終了したし、明日からの準備も終えた。

現在の時刻は午後1時。
さて、何をしようか。
やはりまずはあれだな。
睡眠。
もうそろそろ休まないと流石に身体が保たない。
それから夜に起きて栄養剤とちゃんとした飯を食べよう。
それからまた寝よう。
明日は何が何でも7時まで寝てやるからな。
はい決定。

一日の流れを決め、上気分で階段を上がる。
向かう先は自室。
2階にある、研究室とは別の部屋だ。
思う存分ふかふかの布団で寝てやる。
研究室の椅子で座ったまま寝るのは辛すぎるから、楽しみで仕方がない。

自室の前に辿り着き、ドアノブを握った。
反時計回りに回して扉を引く。


『Happy Birthday、クロア!!』

『誕生日おめでとうございます』

「…祝ってやらんこともない」


部屋に入ると同時に、朝以来聞いていなかった三人の声が鼓膜を震わせた。
どうして俺の部屋にいるんだ?
…って、え?


「誕生日…?俺の?」

『やっぱり気付いてなかったんだね』

「あれほど研究室に篭れば、日にちの感覚がおかしくなっていても違和感はないが…」


呆れたようなディサピアとリオンのため息。
シャルティエは苦笑している。

あー、そうか。
俺もう誕生日だったのか。
そうだそうだ、俺の誕生日はこの時期だった。
すっかり忘れてたな…
去年も忘れてたような気がする。
いきなりリオンとマリアンからケーキ渡されてビックリしたよなぁ、懐かしい。


「えっと、ありがとう?」

『どうして疑問系なんですか…あ、それより色々用意してますから早く入ってきてくださいよ』


シャルティエに言われて部屋の中へ歩を進め、扉を閉める。
ベッドの横にある机の上には、ラッピングされた二つの袋が置いているのに気が付いた。
リオンとマリアン、といったところか。


「もうすぐマリアンがケーキと紅茶を持ってくるから少し待て」

「…了解」


自然な動作で椅子を引いて俺を見るリオン。
座れということだろう。
リオンが他人を先に座らせるなんて、そんなこともあるんだな。
あれか。誕生日の呪い。
いや、魔法?
晶術では流石に出来ない芸当だ。

もうすぐマリアンがケーキと紅茶を持ってくる…ということは今からお茶会をするということか。
なるほど、これはまだ眠れないな。
予定調和は叶いそうにないことを悟って思わず笑みがこぼれてしまう。

予定を崩されるなんて、昔は絶対許せなかったことなのに嬉しく感じている自分がいる。
自覚すると、なんだか余計に笑えてくるな。


「…うん、ありがとう。わざわざ祝ってくれたこと、本当に感謝してる。ありがとう」


笑いを堪えようとしても、少しだけ笑っている顔を晒している。
分かってはいるが、抑えられそうにない。

…俺って、幸せ者だな。






『…天然タラシ、ですね』

『これだからクロアは…ほら、リオンなんて完全にノッカーウだよww』

「〜〜〜ッ//////」

「リオン?風邪か?俺の誕生日とか別にいいから、自分の体調ちゃんと考えろよ…」

「誰のせいだ、この馬鹿!!!!」



3月3日、雛祭りはクロア・ラースリントの誕生日ですよ!!
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