prologue [1/3]
寒い街の、薄暗く不衛生な裏路地。
ゴミの腐臭や埃に塗れながらもそこには二人の少年がいた。
一人は、至る所ボロボロな布切れの上に胡座をかいて座る15,6ほどの少年ニーニ。
もう一人はニーニの膝の上にちょこんと座る、彼よりもとても幼い少年クロア。
二人は一枚のマントで互いの身体を包んで極寒に耐えている。
だが孤児にしては珍しく、ニーニの腰には剣が吊るされていた。
穴だらけの鞘に収まる、錆びだらけの剣が。
クロアはクロアで、小振りなナイフを身につけていた。
どこか高級感があるような、だが汚れきったナイフ。
それを一部擦り切れているベルトに挟むように、身につけている。
「ニーニのここ、トクトク言ってる」
クロアはニーニの胸に頭を預け、目を閉じていた。
そのため、クロアは眠っているものだとばかり思っていたニーニの肩がピクリと揺れる。
だがクロアはそれに気付かず首を傾げた。
「ねぇ、どうしてトクトク言うの?」
クロアが指したのはニーニの胸、正確には心臓。
ニーニは苦笑し、困ったように言葉を紡いだ。
「生きてるって証のためだよ」
「生きてる?」
「うん。だからクロアのここもトクトク言ってるはず。……ね?
クロアは首を傾げた姿勢をそのままに、己の胸に手を翳した。
トクン、トクン。
微かに感じる鼓動に目を輝かせ、楽しげにクロアはニーニを見上げた。
「ほんとだ!トクトクしてる!」
「良かった。クロアもちゃんと生きてるね」
「うん!」
満足げに頷き笑い、先刻のようにクロアは目を閉じた。
漸く眠りに着いてくれる、と安堵してニーニは息を吐く。
その体制のまま、時が流れた。
幾らか、静寂が訪れる。
だがそれは再びクロアによって破られた。
「このトクトクが止まっちゃったら、お母さんたちみたいにニーニも眠っちゃう?」
顔を上げようとするクロアの頭に己の顎を置き、ニーニは顔を歪めた。
クロアに見えぬように。
歯を噛みしめ、クロアをきつく抱きしめる。
「そうだよ。…みんな、止まっちゃったらもう動かない」
「どうして?」
「生きてるから、だよ」
「生きてるのに動かないの?」
フルフルとニーニは首を振り、否定した。
"それは、生きているとは言わない"
そんな言葉を飲み込み、ニーニは口を閉じた。
「お母さんとお父さん、ここ動いてない。あれから全然目が覚めないよ。いつになったら起きるの?」
「それは……」
「もう、会えない?」
悲しそうな表情で、ニーニの顔を見ることもなくクロアは俯いた。
幼く、生死について深く理解がなくとも何かを察したのだろう。
クロアが両親のことを話題に持ち出す度、ニーニは誤魔化してきた。
6才の少年に両親の死を教えるのは酷、そう考えて。
今思えば間違いだったのかもしれないとニーニは後悔もしている。
出会ってから2年、ずっと引きずるよりも、初めて尋ねられたときに正直に言えば良かった。
そうすれば、立ち直ることも出来た筈。
ニーニの思考は、遅すぎた。
だからこそ未だ言い訳を考えているのだ。
「いつか会えるよ、絶対に」
「本当?」
「クロアのここが止まる時に、必ず会える」
ここ、指すのは心臓。
直接的で、間接的。
死者に会うには己が死ねばいいのだと、暗にそう伝えたのだ。
6才の少年に、正しく伝わったのかは分からないが。
「止まるのって、怖い?」
「怖いと思う。…でも、ここが止まったら、幸せになるとも言われてるんだ」
儚げな笑顔で、ニーニはクロアを抱きしめたまま囁いた。
クロアは、あまりにも多過ぎる情報の矛盾に首を傾げるだけ。
「動けないのに?」
「うん。僕はまだ知らないし、できれば知りたくもない。…クロアも知らないで欲しいな」
「……ニーニ、言ってることおかしい」
「大丈夫、いつかきっとクロアにも分かるから」
ニーニは穏やかに微笑み、不満げな声を漏らすクロアの頭を撫でた。
柔らかな銀髪に指を絡ませ、クロアの眠りを誘うように優しく。
ニーニの取り企み通り、数分もすればクロアから吐息が漏れた。
「ごめんね、クロア。君の両親は救えなかった。けど、クロアだけは絶対に守るから…僕よりも生きて…!!」
祈りを込めた言葉を少量の涙と共に流す。
すぅすぅと聞こえる小さな吐息に安堵しながら。
……兵が義勇軍の残党を捜す足音に怯えながら。
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