思い出に別れを告げる
「イウ、起きたのか?」
「あぁ?機嫌良く寝てるんだから起こすなよ屑」
「はいはい。…で、何か夢でも見たのか?」
「……まあね。クラナが居た頃の夢を見たんだ。だから、過去に浸る至福の時間を潰されて不機嫌。じゃ、寝るから。俺が起きる頃には死んでてね?お休みー」
クラナが居た頃、そう言えばアルフレドは何故か良い具合に傷ついてくれるから。
いつも通りニッコリ笑って、自身のトラウマを抉った。
クラナを話題に出せば憎しみは消えない、ということもあるし。
嘘は嫌いだから、決して嘘は吐いていない。
けど、言える訳がないんだ。
アルフレドと過ごした、とても楽しかった刻を夢見たなんて。
そう__あれは、確か俺が七歳くらいの時の物語。
思い出に別れを告げる
二対の木刀の交わる音が、少年達の声が、ジルニトラ船内響く。
「えい!」
「っ、甘いっての!!」
「うわぁ!?アイタッ!!」
ドサリ、冷たい床に倒れこむイウ。
優越感に浸りながら、アルフレドは床に伏せたイウを見下ろした。
「な、なんで!?アルフレド、利き手をきょーせーするとか言って左手使わなくなったのに!!」
「イウがまだまだ未熟ってことだろ?」
「う〜…ぜ、絶対勝つ!!」
再び木刀を両手で強く握り直し、イウは勢いよく振り下ろした。
だがそれは簡単に避けられてしまう。
わ、と声を漏らすイウの頭に軽い衝撃が走る。
アルフレドが木刀を持たない利き手を出来うる限り素早く落としたのだ。
「木刀使わないなんてズルい…」
「なーに、馬鹿なこと言ってんだよ。どっかで殺し合いにでもなったら、狡いなんて言ってられねぇぞ?」
「今はそんなこと関係ないもん!!」
「今は、だろ。いつか俺たちも構成員として戦うんだからな」
アルフレドが言い終えた瞬間、イウの肩が震えた。
そして俯いて何も言葉を発さなくなる。
しまった、そう思うアルフレドは遅かった。
ほんの数年前、リーゼ・マクシアに漂流したこの船で、イウの両親は亡くなった。
今尚幼いイウは途方もない絶望を抱き、慟哭したものだ。
その後も、同船していたもの達は死んでいった。
エレンピオス__故郷へ戻る為、マクスウェルの命を奪おうとし、奪われていったのだ。
その中には、イウに笑いかけてくれた者も多い。
そして、いつかイウもマクスウェルを殺す闘いに参加することになるのだ。
それは、幼い少年の許容量を超えていた。
「…イウ、悪かったって」
「…………」
「おい、泣いてるのか…?」
未だ俯いているイウの顔を覗き込もうと、アルフレドがしゃがみこんだ。
と、その瞬間。
「おわっ!!」
全体重をアルフレドの頭にかけ、イウは無邪気に笑う。
顔から床に突っ伏し、漸くアルフレドは気付いた。
イウが俯いていたのは、ただの演技だということに。
「あはは!俺の勝ち!!」
「イウ!今のは卑怯だろ!!」
「しーらない!!」
きゃっきゃっと笑いながらイウは狭い通路へと走っていった。
…楽しかった。
でも、もうあの頃にはもう戻れない。
戻りたくても…いや、戻りたがっちゃいけないんだ。
俺は、何が何でもアルフレドを殺さなくちゃいけないんだから。
マクスウェルも殺して、リーゼ・マクシアとエレンピオスを一つにして、二つの世界が手を取り合えるようにしなくちゃ。
クラナの願いを叶えなくちゃ、ね。
だから、その為なら…
「お前なんて殺してやる、アルフレド」
頼りになる『お兄ちゃん』のような存在だったよ、アルフレド。
とても大好きだったよ、アルフレド。
ジルニトラから出して貰えた後もずっと会いたかったんだよ、アルフレド。
けど、君は俺を裏切ったんだ。
だから………仕方ないよね?
end...
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