どうして、こうなった。
 グラスになみなみと注がれたビールを見つめて、えみかは考えた。

「いやァ、変わってないなこの部屋も」
「お前もな、火拳屋」
「うっわ懐かしいその呼び名!」
「この溌剌とした声もおれたちにはないものだな」
「あと兄弟揃って他人ん家に押しかけてくる図々しさとかな」
「そう言うなよキッド」

 繰り広げられるテンポの良い会話はえみかの与かり知らぬ関係の上に成り立っていた。わかるのは、彼らが親密な仲であったのだろう心地の良い空気感と、そこにそぐわない自分のアウェイ感。
 あぁ本当に、なんでこの人は私まで巻き込んでくれたのだろうとえみかが恨めしげにひとひとりぶん遠くにあるそばかすを見つめていると、彼は思い出したように肩を寄せた。
 鼻をくすぐるエースのにおいに胸が鳴ったのは、不可抗力だ。

「悪ィ、紹介が遅れた。こいつおれの後輩のえみかってんだ」

 促されるまま頭を下げたえみかを見て、窓際に座っていた短髪の男が笑みを深めた。
 気づいたえみかは訝しげに彼を見るが、その眼差しは少し血色の悪い瞼に遮られてしまった。

「で、こっちはキラー。すっげぇ優しいけどたまに母親かってーくらい世話焼きな奴だ
 窓んとこの不健康そうなのがローっていって、あ、女癖悪いから気をつけろな」

 続けて男たちを紹介するエースの言葉に従って、えみかは順繰りに視線を動かしていった。ハチャメチャなエースの紹介にキラーといった金髪の男は長い前髪の奥で呆れている。先程の窓際の男はローというらしく、酷い言われ様にもかかわらずくつくつと喉を鳴らして楽しんでいるようだった。
 ふたりのその様子からえみかは、昔からエースは変わらずこんな感じだったのだろうとぼんやり悟ったのだ。

「それから超極悪人な顔してるこいつが、」

 そして最後に残った赤い男に話が向かったとき。

「…ユースタス、さん」

 ぽつりとその名を、えみかは先に呟いていた。

「なんだ、知ってたのか」
「…お隣さんなんですよ」
「逆にお前が知らなかったことに驚きだ」

 思わずといった風にキッドが口を挟んだ。
 冷静なその指摘にえみかがくすりと笑うと、キッドはハッとして口をへの字に曲げた。

「楽しんでいるところ、急にお邪魔してすみません」

 キッドの表情の変化に目敏く気づいたえみかは彼から視線を外し、再び頭を下げた。あまり自分とは話したくないと思われているのかもしれない。紹介も終わり区切りのいいところで早々に帰ろうと思ったえみかの発言に答えたのは、意外にもキラーだった。

「ポートガスに無理やり連れて来られたんだろう、気にするな」
「そうだな…それにちょうどこっちはお前に用があったんだ、えみか」

 そしてキラーに乗っかってかけられた言葉とともに、ローの唇が弧を描いた。「おい」キッドがいち早く突っかかる。「キッド」キラーが諌めるように名を呼んだ。

「チッ」

 キッドの舌打ちが響いて3人は一度黙り込んだ。
 探るような沈黙の中、彼らのやり取りの意図がわからないえみかはエースとふたりで首を傾げていた。

「おい、」

 こちらに向けられた呼びかけだと、えみかが理解するのに一間あって、彼女が弱々しげにはいと応えるもう一間、部屋は謎の緊迫感と期待に満ちていた。
 えみかは無意識に背を伸ばす。そういえばキッドと話すのは久しぶりだ。

「この間は」

 一旦そこで止められて、えみかは漸く向けられた話がなんなのか察した。彼とのやり取りのこの間、の最後は、あの夜のことだろうと。
 怒られるか、迷惑がられるか。もう二度とするなと言われれば大人しくそれに従うまでだけれど、わざわざこんな人がいる前で話さなくてもな、なんて、えみかは少しばかし肝を潰した。
 ふと隣に意識をやると、この妙な空気についていけないエースがいて、なぜだか可笑しかった。


「この間はその、」
    「わるかった」


 いささかの沈黙の後、ただぶっきらぼうにそれだけ、キッドが告げた。
 そこで漸く赤い双眸と対面して、えみかは目をぱちくりと、瞬かせる。


「っぷ、」

 ローの吹き出した声で、部屋の空気は一変した。

「くくっ、ユースタス、屋…お前、ガキかよ」
「うっせーぞトラファルガー!」
「ふ、…キッドにしては、頑張ったんじゃないか」
「だからてっめ、キラー! 元はといえばお前が言うから…あー!!」

 呆気に取られていたえみかは、ぎゃいぎゃいと騒ぎ立てる3人をしばらく呆然と眺めていたがそのうち、つられるように笑みをこぼし、しまいには腹を抱えて笑い転げた。

「ちょ、おい、なんなんだよお前ら! えみかまで、わけわかんねー」

 困ったようにエースが頬を掻いているのがまた何故か笑ってしまう。ああ愉快だ。とめどなくこみ上げてくる笑みは、ずっと燻っていた不安をすっかり吹き飛ばしてしまった。
 いや、吹き飛ばしたのはキッドの言葉だ。

「…よかった」

 小さな声で吐き出した安堵は隣にいるエースには届いたらしく、状況が掴めないながらもそれを聞いた彼は嬉しそうにえみかの頭をぽんぽんと撫ぜた。

「ふ、ふふ、エースさんついていけてないのに」
「あっえみかてめー人の親切心を!」

 重ねられた体温が照れくさくてえみかはわざと意地の悪いことを言ってみせる。エースが思ったとおりの反応を示してまた笑って、それを見たローたちが野次を飛ばして。

 あぁ、なんかあったかい。このひとたち。

 笑いの中かち合ったふたつの赤と、えみかは、今度は逸らすことをしなかった。







[ ochikochi ]




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