現パロ(大学生)


 山積みになった本に囲まれて、なまえは大学の図書館で黙々と膨大な数の資料を読み進めていた。西陽のさす夕暮れ時。向かいの席には飲みかけの缶コーヒー、微糖。飲食禁止の図書館で堂々とこれを置き席を外した先輩のクロロを、彼女は思い起した。
 これでわたしが怒られたら恨んでやる。
 なまえは溜息をついて気休めにその缶を本の山に隠した。

「あれ」

 ドキッと、背中にあたった声に肩を跳ねさせた。怒られる!そう思って勢いよく振り返り頭を下げたのはもはや反射的にとった行動だった。

「すみませんすぐ片付けますので…!」

「え?」

「…え?」

 間の抜けた聞き返しになまえも頓狂な声をあげる。おそるおそる下げた頭を戻すと、この世のものとは思えぬほどに整った、だがまたさらに人間離れして見えるほどに感情の読み取れぬ顔と対面した。その顔にはうっすらと見覚えがあったのだが、どこであったのかなまえには思い出せない。

「えっと…」
「ああ、ごめん。直接話したことはなかったね」

 そう言って首をすこし傾げた長身長髪の男。艷やかに流れるその黒髪を見て、なまえはあっと声をあげた。

「クロロ先輩のお友達の…」
「うん、イルミ。イルミ=ゾルディック」

 ちなみにクロロとはべつに友達でもなんでもないから。ただの腐れ縁。
 言いながら彼は空いている向かいの席…つまりクロロの座っていた席に腰かけた。

「そ、そうなんですか…ってあの、そこクロロ先輩のお席…」
「うん、知ってるよ」

 じゃあ座るなよと言いたくなるなまえだったが、如何せんほとんど初対面の人間に、しかも先輩にあたる人物に強気で出ることは出来なかった。
 それに加えイルミと名載ったこの男のなんとも言えない不可思議さ。何がどうというわけではないが、底の見えない真っ黒な瞳はなまえをたじろがせるに十分のものだった。

「で?」
「…はい?」
「ひとりで何やってんの? えっと…」
「あ、なまえです。みょうじなまえ」
「そうそう、なまえ」

 不覚にもどきりと、胸がなった。中性的な外見に違わない落ち着いた声音で、いきなり呼び捨てにされたそれだけで。
 …中学生じゃあるまいしと、なまえは内心苦笑いをし、笑顔で答えた。

「クロロ先輩と課題をしてたんです。たまたま同じ授業があって、レポート範囲が重なってましたので…」
「ふーん…なんて授業?」
「芸術の社会経済的視察っていう」
「ああ、やたらだだっ広い教室でやるやつだ」
「あ、知ってらしたんですね」
「去年取ったから。面倒なの取ったね」
「えっそ、そうなんですか?」
「ううん、ウソ」

 テンポよく繰り広げられていた会話が間を空けた。がくっと項垂れるなまえが息をつくと、頭上に落ちる大きなぬくもり。


「ガンバッテ」


 顔を上げればぽんぽんと、頭をなぜるイルミの手が見えて、その奥に、淡いオレンジを反射して光る真っ黒な瞳が一瞬、微笑むように細まったのをなまえは見た気がした。

「あ、はい…がんばり、ます」

 呆気に取られた彼女が返したのはなんとも気の抜けたもので。けれどそれを聞いたイルミの顔はどこか満足気だ。
 そんなイルミを見たなまえも、なんだか嬉しくなってしまって。

「ふふっ…がんばります、ね!」

 花がこぼれ咲くように自然に、微笑んだ。



「…………ウチくる?」


「……へ?」


 あまりに脈絡のない申し出になまえが目を丸くしていると、はたとイルミは目を瞬かせ、言葉を探しているような、そんな間をもたせてのち口を開いた。

「い、や…去年と授業内容は変わらないだろうし、ノートとかレポートとかさ、なんか参考になるかもしれないだろ。少なくともこいつよりは」
「あ、あははは…」

 こいつ、とイルミが顎で示してみせたのはクロロのノートで、なまえは愛想笑いで返すしかできなかった。

「あ、それにキルもいるしね」
「キルくん? ……あ、ゾルディック…」
「うん、そう」

 キルくんことキルアは彼女の高校の後輩だった。そういえばお兄さんがいるという話を聞いたことがある。…あれ?

「私、先輩にキルくんのこと話しましたっけ?」

 ふと、疑問に思ったそれを口にしたなまえがイルミに焦点を合わせると、比例するように彼はそっぽへ首を回していった。

「………………………」

 彼の横顔は夕陽に照らされて、きらきらとあかく、染まっている。
 なまえの問に対しての答えはなかったが、ただその眺めがとても神聖で贅沢で、見てはならないものを見てしまったかのような高揚感と罪悪感に煽られて彼女は息をのんだ。
 すると突如としてぐるりと目を向けたイルミ。なまえは小さく声を上げて驚いた。

「な、なんですか…?」

「行くよ」

「……え?」

 一言そう言えば、彼は勢いよく席を立ち帰る支度をはじめた。状況が掴めずに唖然とするなまえはただ彼の動作を目で追うだけだ。

「何してんの、なまえ」

 ずい、と近くまで顔を覗き込まれて名を呼ばれる。端正なその顔に意味もなくどぎまぎして、さっきからこの人の行動は心臓に悪いとなまえは内心吐き捨てた。
 けれど名を呼ばれたその意味を一拍遅れて理解すると、なまえはまたも目を丸くさせるのだ。

「え、今から…ですか?」
「そう」
「えええっとでもあの、クロロ先輩が…」
「そんなのいいよ気にしなくて。
 ほら、早く準備して」

 反論の余地はなく半ば引きずられるようにして、なまえはその場を後にした。ずるずると引っ張られる腕のぬくもりに、この珍妙な出会いの先をたしかに感じながら。





身内の有効活用




「待たせたななまえ、購買が混んでて…なまえ?
 どこいったんだ?」
「ちょっと君、飲食物の持ち込みは禁止だと何度言えば…」
「すみません」







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 イルミさんに「ウチくる?」って言わせたかっただけ。

 140610


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