てくてく小さな歩幅で道なき道を行く。真っ白な砂漠は何の生き物の気配も無くて、まるで暗い水底を歩いている気分だ。ぽっかり夜をくり抜いて浮かぶ月だけが友のように私にずっとずっとついて回って、代わり映えのない景色に飽き飽きして溜息を吐いた頃。

「オイ」

 やけに物騒な声が無遠慮に投げかけられて、私は肩を跳ねさせた。
「お前だ、そこのちっこいの」「ち、ちっこい言うな」気にしてることを初対面の奴に突っ込まれて反射的に噛み付いた。が、相手はよくよく向き直ってみると豹型の立派なアジューカスだ。見上げる形で私が睨みを利かせても、
「なんだお前、鼠型のアジューカスとか、笑えねぇな」
と、一言。一目瞭然の身体能力の差に項垂れるしかなかった。

「うっ…私だってなりたくてこうなったわけじゃないのよ…なによ猫型なんてありがちじゃないの万人受け狙ってんですかってあざといわね腹が立つわ」
「なんだよ急に喚きやがって、ってか猫型じゃねーよ豹だアホ」
「猫科には変わりないじゃないのバカじゃないのアンタ」
「猫になんの恨みがあんだよ変な因縁つけてっと潰すぞテメェ」
 ふしゃあっ、鮮やかな浅葱色の毛を逆立たせて少し大声を上げた豹型のアジューカスは今にも飛びかかってきそうだった。あぁ死んだ。いや、死んでっから虚なんだけどさ。二度も死ぬとどうなんだろうとか、そんな呑気なことが頭を駆け巡って我ながらおかしくなって少し笑ってしまった。


「………やめだ」

 そのしなやかな身体を大きくして私を威嚇していたアジューカスが動きを止めた。ふいとあさっての方を向くとぶるりと身体を震わせて、今度はあちら様が呑気に前足で首元を掻いている。まんま猫の毛づくろいの姿だ。鼠の私が眼前でそれを眺めているのは傍から見ればさぞ不思議な光景だろう。

 じゃなくて。

「なんでやめたの」
「なんでも」
「気まぐれにも程があるでしょにゃんこ野郎」
「にゃんこ言うな豹だっつってんだろ」

 きつい口調と纏う雰囲気が一致しない。どうやら本当に私を殺す気はないみたいだ。変なの。弱肉強食が虚圏の掟なのに。一体、
「一体何が目的なの」
 艶やかな毛色とお揃いの瞳を見据えて問いただした。先程までと比じゃない程の圧をかけて。
 するとそれが相手にも伝わったのか、目の前の大きな豹は私にきちんと向き直り、試すように瞳を合わせてきた。猫特有の瞳孔がぎょろりと私を見つめる。怖いとは、微塵も感じなかった。

「…俺ァ、アジューカスとして生まれたばかりなんだ。少しくれぇこの地に親しんでる奴の動きを倣っとかねぇと思ってな」

 お前強いだろ、と。あくまでも強気に上から物を言ってくる豹はあまりにも律儀で、そして生きることにとてつもない執着を抱いていることが覗えた。彼は生まれたばかりの赤子が善悪もわからず、ただ生きることだけに必死に呼吸をしているその様と同じ状況にあるようだった。

「そっ、か……。
 あ、じゃあアンタあれだね」

 思いついたように私の声がワントーン上がったのに反応して、私に合わせるようにアジューカスは少し頭を下げた。


「誕生日、おめでとうじゃん」


 あっけらかんとそう言うと、とてもじゃないが生きているものに向けるべき目じゃない目で見られた。なんと失礼な奴だ。

「だってそうじゃない。生まれてきたことに虚も人間も死神も変わりないよ」
「意味わかんねぇ」
「わっかんないかなー頭悪いんだなー」
「なんだとてめ!」

 今度こそワッと襲いかかってきた鋭い爪から私は難なく逃れて奴の背に飛び乗った。「あ、こらお前!」「お前じゃないよ」私を振り払おうと必死に身体を揺らすアジューカス。これなんだか楽しいぞ。気分が良くなった私はぶんぶんと振り回されながらも先を続けた。


「お前じゃなくて、なまえ。アンタ、名前は?」


 その質問にアジューカスはぴたりと動きを止めた。なんだもう終わりか。
 よじよじと、手触りの良い鋼皮を伝って首元あたりまで這っていく。アジューカスがくすぐったそうに身をよじらせて、それから今までより少し控えめな声音で答えてくれた。
「俺は……―――」





はじめまして、おめでとう。





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Happy Birthday dear Grimmjow.
150731


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