「太ったかな…」

「そんな甘いものを毎晩飲んでいるからじゃないのか」

 薄暗い食堂の隅、なまえの嘆きを拾ったのは仮面の男。
「キラーさんってば容赦ないなあ」
「べつに太ったとは言っていない。もしそうだとしたときの要因を言ったまでだ」
「言わなくていいんです、変わらないよって言ってほしいんです女の子は」
「…そうか」

 よくわからんものだな、とキラーはたっぷりとした金髪を左に揺らした。
 彼はついとカウンターへ目を遣って、奥で明日の仕込みをしているコックに酒をひとつ頼んだ。コックは気前のいい返事とともに酒を渡し、二、三彼と言葉を交わしてまた奥へ引っ込んだ。
 彼はなまえの向かいに腰掛ける。なまえはただそれを眺めやった。
「なんだ」
「…いいえ?」
 どこか白々しく応えた彼女はマグカップを両の手で包む。もとより白い肌が寒さのせいかいつもより更に白く感じた。
 寒さの原因は冬島が近いことにあるらしく、ここのところずっと冷え込んでいた。
「次の島にはいつ着きますかね」
「さぁな、航海士によれば4、5日らしいが」
「へぇ、わりかし近いうちに上陸できそうなんですね」
 キラーの言葉になまえは顔色を明るくした。島に着いたらまずは買い物がしたいなあ、ショッピング。冬服を少し買い足して、島ならではの美味しいものとか食べてみたい。
 ココアの湯気のように軽やかであたたかな望みを抱いて、目の前の男を見た。

「どうした」

「なんでも」

 マスク越しのキラーの表情は読みづらく、結局いつもなにも言えずじまいだ。なまえはなんとなくモヤモヤした気持ちをココアとともに腹の底へ押しやった。

「そんな甘いもので寝付けるのか」
 不意にキラーが訊ねた。彼の手にはいつも通り度数の高いアルコール。「キラーさんのは?」「ウォッカだが」「そっちのが火照っちゃって寝付けなくなりそう」
 くすりと笑って一口すする。自分にはやっぱりこの甘味がよかった。安心する。
「寒さのせいか、あまり眠れなくて。最近はずっとこれだから、コックさんも私が来たら何も言わずに出してくれます」
「そうか」
「はい。…キラーさんも、眠れないんですか」
 ひとりで酒を煽る彼を見るのは珍しい気がして、なまえが質問を返した。キラーはやや濁し気味に「まあな」とだけ応えた。

 それきりしばらく沈黙が続いて、なまえのカップも底が見えた頃、赤髪の男が気だるげに近づいて来てふたりに声を掛けた。

「よォ、キラー、なまえ」
「キッドか」
「ふふ、今日は人が集まりますね」

 キャプテンのお出ましに席を譲ろうとなまえは腰を上げるが、それはキッドによって制される。酒を取りに来ただけだ、という彼はふたりを交互に見遣ると徐に口の端を上げる。あ、これはなにか思いついた顔だ。なまえとキラーは静かにキャプテンの言葉を待った。

「そう、眠れなくて酒を取りに来たんだが…ちょうどいい、なまえ、お前付き合え」
「…私、ですか?」
「どうせてめェもろくに眠れてねークチだろ、毎晩ここに来てはココア飲んでるって話じゃねェか」
「良くご存知で」
「おれの船のことだからな」

 わかるような、わからないような、誤魔化された気もする返事を受けてなまえは苦笑した。キャプテンの誘いを断るわけにはいかないと、自分もコックに酒を頼んだ。

「お前は朝番だろ、キラー。さっさと寝ろよ」

「…そうだな」

 カウンターに向かったなまえにはわからないように、キッドはその笑みを深めてキラーに告げた。キラーの声は心なしか重かった。

「お待たせしました」

 見るからに甘い、度数の低いカクテルを片手になまえがキッドの傍についた。
「行くか」「はい」
 颯爽と踵を返すキッドに続いてなまえも足を進めた。
「じゃあ、おやすみなさいキラーさん」
 振り返った先の金髪が、ゆっくりと右手を挙げてそれに応えた。


 このとき、もしかしたらその右手が自分を引き止めるんじゃないかと、彼女は淡い期待をした。あるわけないか、と思わず漏れた嘲笑をキッドが耳聡く拾った。馬鹿だな。自分でも思います。そう言ってキッドの右手を取ったなまえの額に、彼の唇がそっと触れた。




恋たがう夜






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一緒に寝ようって、言えないふたり。
150130


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