「おいみょうじ」

 突如としてかけられた声は、校内で聞くには久しぶりだった気がする。

「ユースタス…」

 なまえが振り返ると、赤い男がいつも以上に気難しげに、眉間の皺を寄せて立っていた。

「久しぶりね」
「休み明けだからな」
「それ以前にアンタ学校来ないじゃん」
「そんなにサボってばっかじゃねェよ
 相変わらず可愛げのない女だな」
「アンタに可愛いと思ってもらう気もないし」

 口を開けば売り言葉に買い言葉、言葉の応酬が始まる。
 なまえの内心は、安堵と嫌気とが同居していた。いつも通りに口喧嘩できる自分への安堵と、いつも通り素直になれない自分への嫌気だ。
 というのも、先日の創立記念日――1月10日はこの男の誕生日で、そのサプライズに参加した自分が"らしくない"ことをしたのに起因する。


「なまえ、これ書いとけよ」
「…なにこれ。ってかなんで命令形でわたしが書く前提なの」
「創立記念日の土曜、ユースタス屋にサプライズを仕掛けるんだがまあそのメッセージ集めだ。ほかにも書けっつってるんだつべこべ言うな」

 やけに偉そうなトラファルガーの、もはや命令である頼みごとがあったのは冬休み前。
 なんでわたしがアイツに、となまえは当然のごとく首を縦に振らなかったが、見越したように笑った隈男は一枚の紙を彼女に押し付けた。

「こんな時でないとお前、言いたいことも言えねー性質だろ」

 そんなとこもおれは気に入ってるが程々にしとけよ、なんて振り向きざまに残される。憎たらしく気障なその背中に舌打ちを投げたのを、3週間程たった今でもなまえは鮮明に思い出すことができた。



「聞いてんのか」

 と。目の前の男がどぎつい赤であるのを見て、なまえは自身が回想の海に沈んでいたことを知る。
「あぁごめん、辞書貸せだっけ」
「言ってねェよ借りるけど」
「借りんのかよ」
 短い溜息とともに鞄の中から目当てのものを抜き取る。なまえがずいと差し出した手からそれを受け取ると「あっ」「なに」真っ赤な唇から不意に音が漏れた。

「そういや、前もこんな感じだった」
「だから、なに」

 少しだけ、眉間のしわを緩めた彼は、視線を彷徨わせて搾り出すように言葉を紡ぐ。

「お前に借りたノート、たしか家庭科の」
「はっ?」
 突拍子もないことを言い出されてなまえの目が点になった。いつの話だろうか。そんなことがあった気もするが、それがなんだというのだろう。

「味噌汁のつくり方の板書があって、わかめがいいなーとか書いてあった」
「ちょ、ちょっと待て話の筋が見えん」
「いやだからお前だろ」
「いやだからなにが」


「おれの誕生日んときのメッセージであった、体育祭で転んだ奴」





あぁ、かみさま。嘘でしょう。



「………んない」
「は?」

「…信じらんないなんでわかったんだよバーカ!!」

 突然大声を張り上げたなまえに赤い瞳がきょとんと丸くなった。なまえが今にも噛み付かん勢いでまくし立てる、その顔は、男の瞳のように、或いは髪のように、唇のように、真っ赤だ。
「嘘でしょなんでわかったの名前も書いてないし口調も変えてってか第一覚えてないと思ったのに!!」
「いや、体育祭のことは正直、」
「え、じゃあなに、筆跡でわかったってこと? うわちょっとそれ引くんだけどユースタスちょっときもいんだけどストーカーみたい」
「なっ、おま、人聞き悪ィこと抜かすなこのアマ!おれは!」
 ふたたび始まった応酬は、赤い唇が一度バツが悪そうに歪んで息を潜める。

「礼――…そう、礼を、言いに来たんだよみょうじに」

 やがて開かれたそれはいつものより幾分かあたたかくて、なまえはきゅっと、知らず知らずのうちに両の手に力を込めた。


「祝ってくれたのと、そんな前のこと覚えててくれたのと、両方」


 だからぎゃーぎゃー騒ぐんじゃねェよ恥ずかしい。そう告げた顔はついとあさっての方向を向いた。なまえはそれを見て、それをいいことにして、ぽそりと、ガタイのいい体躯に呟いた。


「…誕生日、おめで、と」







 小さく、本当に小さく出た声に何故だか胸がひどく締め付けられる。
 ふとおれは、いまコイツに「おれもそんときわかめ食いたかったから覚えてたんだ」って言ったらどんな顔をするのだろうと思い口を開きかけて、やめた。
 そんならしくねェ真似やってられっかって、ぶっきらぼうに「おせーんだよ」って言って、あァほら。また口喧嘩の始まり。
 さっきみてェに心臓がおかしくなんの、そうそうあってたまるかってんだバーカ。



あぁ、かみさま。一瞬でもコイツを可愛いと思っちまったおれをどうにかしてくれ。





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ツンデレ対決。
キッド誕企画「フリージア」にてぺクさんの書かれた「夢の端っこをつかまえて」より着想を得ました。ありがとうございます。
150126


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