イルミはその眉目を少しだけ歪ませた。その視線の先には煙草を銜えた女がひとり、窓辺に腰掛けている。

「オレの前で吸わないでって言わなかった?」

 「…言ってたねぇ」おっとりした口調で彼女は答えた。細く、長く、息を吐く。

「覚えてるならやめて、今すぐ」
「それは、できない、かな」

 煙草の煙がゆらりと漂う。窓辺で照らされる穏やかな笑みとは反対に、イルミの表情はますます険しくなる。この女といるときの彼は普段よりも表情が雄弁だ。彼自身はそれに気がついていないけれど。

「いつも突然オレの目の前に現れて煙草吸って適当に居座ったら帰るだけ」
「そうだよ」
「何がしたいのさ」
「べつに」

「ただ煙草が美味しく吸えるとこを探してるだけだよ」座っていた窓辺からゆるりと立ち上がった彼女は、そのままイルミが座るソファに歩み寄った。イルミはじっとみつめたまま動かない。
 女の手が、イルミの艶やかな髪の毛に触れた。

「におい、移るんだけど」
「わたしは嬉しいなあ」
「意味わからない。殺されたいの?」
「まさか」

 顔にかかる白い煙とメンソールのにおい。イルミの殺気が少し漏れ出た。彼女は敏感にそれを察知し、ごめんごめんとソファから離れる。

「今日はここいらで退散しますか」

 じゅっ、と小さな音を立てて女は煙草の火を握りつぶす。ダストボックスに投げ捨てるとまっすぐドアノブに手をかけた。「ちょっと」イルミがそれを呼び止める。「なにか」女が肩ごしに振り向いた。

「忘れ物」

 煙草の銘柄をてのひらに掲げてみせると、女は小さく口角を持ち上げる。

「また吸いに来るから」

 ぱたり。ドアが閉まって、行き場のなくした手をイルミは静かに下ろした。それからぼすっと、真っ白なシーツが施されたベッドに埋もれて。


「また、か」


 はらりと顔面にかかる髪の毛から香るメンソールを、静かに、深く、吸い込んだ。




名前すら知らずに幾度も交わされる約束は終ぞ破られることなく






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 141222


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