今日は朝から天気が悪い。 予報によると夕方に明けて雨が降りやすくなるとのこと。 だから今ほとんどの人が傘を持ってきており、いつ雨が降っても大丈夫なように準備を備えていた。
昼休み。 今日も俺は人目のつかない場所に、神崎先生を呼び寄せて、脅し一つでその腕に抱いてもらう。 そんないつも通りの調子に戻っていた。
「・・・んっ。」
言葉一つで従わせ。 交す口づけを深くさせる。 どうしてだろう。 あの日から神崎先生は、なんだか様子が変わっていた。 『本当はまんざらでもないんじゃないの?』と、本気で思わされるぐらい、態度が一片していたのだ。
「・・・。」
人というのは欲張りな生き物であるように、俺もまた欲張りな生き物で。 こんなのじゃない。 こんなのじゃなくて、より自分にとっていいものを手に入れたくなってしまう・・・。 だからだろう。 こうして神崎先生と過ごす時間が、あっという間に早く過ぎ去ってしまい。 この時間が、この心をとても重たく揺るがせる。
「あ・・・。」
昼休み終了まであと5分。 予鈴のチャイムが校舎中に鳴り響く。 もう教室に戻らなければならない。
「浬くん、そろそろ戻らないと。・・・午後の授業、遅刻してしまいますよ。」
「・・・・・・。」
「浬くん?」
「ー・・分かってますって。それに『優等生の錦くん』が遅刻するわけないですから。」
そう言葉を口にすると共に、抱かれた神崎先生の腕から離れた俺。 容姿端麗。 頭脳明晰。 運動神経抜群。 揃いに揃った三拍子を持つ心優しい性格の優等生・錦 浬へと。 神崎先生の目の前で、その仮面を被る。 それは瞬きよりも早く、あっという間に俺の態度も声色も豹変した。
「それでは神崎先生。俺、先に教室に戻ってますので、また午後の授業で。」
「え、えぇ・・・。」
この時間を惜しまず過ごした俺は、ニッコリとした笑顔で神崎先生の元から去っていく。 そんな俺を見て、また戸惑った顔色を見せた神崎先生は、教室に戻って行く俺の姿を静かに見送ったのだった。
「浬くん、いたいたー。」
「・・・。」
それから授業が始まってしまう前に教室へ戻ると。 なんと同じクラスの男子生徒、及川が俺の席で俺を待ち構えていた。
「もー!昼休みどこ行ってたのさ。ずぅっと浬くんのこと待ってたのにー!」
「ご、ごめん・・・。」
どうやらまた頼んでもないのに、俺を待っていたようで。 約束すらしてないというのに、待ちぼうけしていた不満をブーブーぶつけてくる及川。
「あーあ。せっかく浬くんに、とっておきな話をしたかったのにな〜。」
「ごめんって。」
(どうせくだらない話のくせに。)
ジトした横目で睨む彼を、なんとか宥める俺。
「じゃあ親しみに愛情をこめて『ハルくん(はぁと)』て呼んでくれたら許してあげる。」
「えと、次の授業そろそろ始まるよ?及川くん。」
(誰が呼ぶか。)
「キィーッ!普通にスルーした!されたぁ〜!!」
けれど及川はそれほど怒ってなかったようだ。 すぐに機嫌は戻り、ケロッとした顔で話したかった話を口にする。
「でね。話というのはー・・。」
でもやっぱりたいした話題ではなく、どうでもいい話ばかり。 俺は右から左へと。 完全に聞き流しの状態で、彼の相手をさせられる羽目に。
「・・・はぁ。」
この間から及川は俺のことを名前で呼ぶようになった。 名字でいいと何度言っても直さないから、もう好きなように呼ばせている状態。 どうやら、いつのまにか俺は及川に懐かれてしまっていたようだ・・・。 だから栗毛野郎の呆れ加減に時々、素の自分が出てしまう。
「浬くん、ちゃんと聞いてる?」
「え、あ、あぁ。聞いてるよ。」
「でね、でね、それでね。」
次の授業は数学。 神崎先生の授業だ。 神崎先生はいつも時間ピッタシにやってくる。 さっきまであんなことを俺をしていても、いつも通りにこの教室に訪れる。 くだらない栗毛の話を耳に通しながら、俺は早く本鈴が鳴ってくれることを祈った。
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