「ん?あれ?神崎先生?」
「!」
ロビーの売店にて、先に飲み物とポップコーンを購入した及川。 こんなに大勢の人が賑やかでいる中、なんと神崎先生の姿を見つけてしまう。
「及川、くん?」
「奇遇ですね神崎先生。今日は奥さんとデートですか?僕らも友達と来てるんですよ。」
神崎先生を見つけた及川は、挨拶がてらにペラペラと話し掛ける。 そして自分は誰と来ているのかを、こっちに指をさして紹介していた。
「ほら。あっちにいるでしょ?大瀬と浬くん。」
「え・・・。浬、くん?」
こんな場所で俺と会うと思ってなかったのか。 こっちを見ている神崎先生は表情を固めていた。 そこから『しまった・・・』という気持ちが顔色に出ていて、俺はそれを読んでしまう。
(先生も来てたんだ・・・。)
なるほど、ね。 この間の授業で浮かれていた理由は、これが原因か。
「こんにちは神崎先生。ホント奇遇ですね、こんなところで会うなんて。」
「・・・ッ・・・。」
売店で買い物を済ませた俺は、及川と同じように神崎先生にご挨拶。 先生の後ろには綺麗な女性がいて、自分の旦那の生徒だと分かると。ニッコリと優しい笑顔で微笑んでくれて、俺たちに挨拶を返す。
「まぁ・・・!孝さんの教え子の方々?初めまして〜。いつも孝さんがお世話になってます。」
神崎先生の奥さんは、神崎先生には勿体ないほど綺麗で、なんだかほんわりとしていて。 年上の女性なのに、年上だということを忘れてしまいそうなぐらい可愛らしい人だった。
「いえ。こちらこそ神崎先生に、いつも手厚いご指導いただいております。」
互いに挨拶を交わし、神崎先生の奥さんと握手をした俺。 とりあえず今は神崎先生の生徒を演じ、お得意の社交辞令な笑みを見せる。 そんな俺を近くで見て、神崎先生は口を苦させたのか。 言葉を喉奥に詰まらせ、黙ってばかり。
「浬くん、そろそろ上映時間だよ?神崎先生のデートも邪魔しちゃ悪いから席に戻ろう?」
「うん、そうだね。それでは神崎先生、また明日学校で。」
「あ、え、えぇ・・・。」
タイミングが良いのか悪いのか。 三人の間に入ってきた及川。 そろそろ席に戻ろうと神崎夫妻から俺を別れさせた。 及川と一緒に席へ戻ると、すでに大瀬も自分の席へと戻っており。 数分しない内に映画が上映され、館内の照明は落とされ真っ暗になる。
「・・・・・・。」
巨大スクリーンに流れる映画。 それは全国でロードショーされる今季話題作の邦画、小説が原作となった純愛ストーリー。 主人公には好きな人がいて、好きな人に告白をして結ばれる王道な展開。 けれど二人が結ばれるまで数々のドラマが生まれ、乗り越えていこうとするベッタベタな内容。
(・・・・・・。)
そんな話の内容だから、この映画に訪れていた客は女性やカップルが多かった。 元々あまり恋愛ドラマが得意ではない俺は、最初の10分で限界。気分転換をしに物音を立てないよう席を外し、トイレへと向かう。 その時。
「・・・、浬くん。」
「!」
後方の席に座っていた神崎先生は、あれからずっと俺のことを監視していたのか。 ロビーに出た途端、彼は追いかけて来たかのように俺を呼び止める。
「なんですか?」
周りには誰もいないこといいことに。 俺はさっきまでとは違う素の口調で、神崎先生を見た。
「あ・・・。」
その豹変ぶりに、また言葉を失う神崎先生。
「神崎先生の奥さん。可愛らしい人でしたね。」
何も言ってこないのなら、こっちから。 奥さんを初めて見た印象を伝え、クスクスと笑う俺。
「か、浬くん?あの、それでー・・・。」
「しかしホントこんな偶然あるんですね。まさか神崎夫妻と、こんなところで会うなんて思いもしませんでしたから。」
「浬くん・・・!」
それでも何か俺に言いたいことがあるようで。 神崎先生は俺の名を強く呼び、こっちの話を止めた。 けれどまた沈黙は続き、何かを躊躇っている。
「大丈夫ですよ、神崎先生。」
きっと彼は不安で溜まらないのだろう。 いくら偶然とはいえ、こんな場所で俺と神崎先生の奥さんが遭遇してしまったものだから。 色んな不安で溜まらないのだろう。
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