それはまたとある日の夜のこと。 青ノ葉校の学生寮にて学習時間がもうじき始まるので、それまでに飲み物を確保しておこうと、一人で自分の部屋から出てきた比路。 一階のロビーにある自動販売機までやってくると、
「お、峰岸。ちょうどいいところに来たな。」
そこにたまたまいた日暮寮長が比路に気が付き呼び止める。
「え?」
比路としては司の分も買って、さっさと部屋に戻りたい。 でも寮長に対して無視、シカト、そっぽ向くわけにはいかないので、渋々と嫌々そうに彼の元へ向かう。
「何ですか?」
けどその気持ちは、言葉にも態度にも素直に出すぎて丸わかり。
「峰岸、もうちょいだけでもいいから嬉しそうに来いって。この俺が呼んでんだから。」
もちろんそれを注意されたが、それは比路が日暮寮長を未だに警戒してる証。仕方ないと言えば仕方ないこと。
「もう、何の用ですか?」
それはそれでまた別のお話なので置いといて。 比路を呼んだ日暮寮長の用事。それはー・・・。
「よし。そのまま動かずおとなしくしてろよ。成功したら、ちゃんと褒美やっから。」
「は?」
ただの暇つぶし。 そう言われて、比路の頭にポンッと乗せられたのはタバコの箱。
「あの・・・、何して?」
「安心しろ。中は空だ。」
「それ、僕は何に対して安心したらいいんですか?ゴミ乗せられてるだけですよね?それ。」
倒れないように、崩さないようにバランスを整える。
「人の頭で遊ぶのやめてもらえませんか。」
「動くなって言っただろ。おとなしくしてろって。」
そんな寮長の暇つぶしに付き合いきれるわけがない比路。 自分の低身長に関しても少なからずバカにされてるように思え、快くなかったようだ。 機嫌もより悪くなっており、かなり不機嫌の様子。
「よしよし。そのまま動くなよ。倒したら褒美なしだからな。」
「別に欲しくないので、なくていいです。」
「んなこと言うなって。ちゃんとやっから。」
それでも寮長は構わず続けて、比路の頭には二つのタバコの空き箱が縦に積まれようとしている。
「ん、もうちょいいけそうだな。やってみっか。」
「ちょ!?そんなに乗せられたら・・・。っていうか、なんでそんなにタバコの空き箱とってるの?ゴミぐらいちゃんと片付けてよ!」
「峰岸はいちいちうるせぇな。小姑か。」
「当たり前のこと言ってるだけなんだけど。」
乗せてる方はともかく、乗せられてる方は自分の頭上がどうなっているのか全く分からない。 バランスとるにしても、倒さないようにする以外の術はなく、一個でもギリギリでかなり厳しい現状。
「・・・・・・ッ。」
なのに寮長の挑戦は続き、もう一箱、もう一箱と積んできた。 ギリギリだったのが、さらにギリギリとなり、さすがの比路も口数減っておとなしくなる。
「よしっ。じゃあその状態で30秒耐えてみろ。」
「!?」
それを見て、これ以上は無理だと判断したのか。 日暮寮長はそんなギリギリな状態で次なるミッションを与え、意地悪そうな悪い笑顔で眺めながらカウントを始める。
「はい。いーち、にー、さん。」
「早く、早く!倒しちゃう!」
「そう焦んなって。よん、ごー、ろく。」
「もっと早く数えて!」
「だから焦んなって。しち、はーち、きゅー・・・。」
そのカウントペースは明らかに遅い。 のんびり数えるにしても、ほどがあるほど遅い。
「早くってば!」
「さっきからうるせぇな。どこまで数えたか分かんなくなっただろうが。まあいいか、最初からで。」
「よくない!あ・・・ッ!」
そんなこんなしてる間に寮長のカウントが30秒満たないうちに、比路の頭に積まれていたタバコの空き箱が床に崩れ落ちてしまった。
「あーあー。落っこちまったな。」
きっともう少し早く数えてもらえていたら。 いや、それでも30秒きっちり耐えることが出来なかった比路。
「・・・・・・・・・。」
落としたことがショックだったのか。 耐えれなかったことがショックだったのか。 それとも褒美が貰えないことがショックなのか。 静かになった上、不機嫌だった表情も固まってなくなってしまう。
「・・・・・・・・・。」
日暮寮長は落ちたタバコの箱をヒョイヒョイ拾って回収。と共に、そんな比路の様子に気づき、
「まあ、よく頑張った方だな。」
彼の頭を片手で軽く叩く。
「!」
その手は寮長なりにあやそうとしているのか、ポンポンしてた動きがワシャワシャと変わる。
「ほら。機嫌直せって。」
「わ・・・ぁっ!?」
「頑張った方の峰岸には、ちゃんと約束通りに褒美やっから。」
「ああぁ、やだ。や・・・っ、あぁ!やめて!頭ぐしゃぐしゃになるから、もうやめてー!」
そのせいであっという間にボサボサ頭の比路に出来上がり。 けれど結果は元通り。呆然と固まってた機嫌は悪い方向に直っていった。
「約束通り、これやんよ。森の分もやっからもってけ。」
そして失敗しちゃったけど頑張ったので、ペットボトルに入った緑茶を二本、ご褒美として渡される。
「え。いいんですか?」
「発注数ミスって溢れた分の一部だしな。そのまま倉庫で保管してても良かったんだが、まあやるよ。他の奴にあんま言い触らすんじゃねぇぞ。」
「・・・ありがとうございます。」
「んじゃ、もうじき勉強時間始まっから、それまでにはちゃんと部屋に戻っとけよ。」
「言われなくても分かってますよ、それぐらい。」
そんなこんなで突然始まった日暮寮長の暇つぶしは、これにて終了。 やっと解放された比路は貰ったお茶を二本抱えながら自分の部屋へと帰って行く。 そして戻った頃に学習時間が始まったのでした。
おしまい
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