短編 | ナノ

初めて、見た。人間の死ぬところ。見慣れない赤の水溜り、嗅ぎなれない鉄と脂肪の混じった臭い。路地に転がっているのはつい数秒前まで男性だったもの。心臓を動かして肺に酸素を取り入れるため呼吸をしていた人間。ついさっきまで生きていた紛れもない、わたしと同じ人間。目は見開かれたまま彼の時間は永遠に止まってしまった。
初めて、見た。人間を殺すところ。左胸、心臓のある場所から真っ赤な血飛沫を上げて絶命した。顔色を一切変えず男の胸を腕が貫いてた。それをやったのは銀髪の年端もいかない少年。反抗期もしくは可愛いさかりと呼ばれる年代の男の子。そんな子が、淀んで濁ったまるで闇しか見えていないようなひどく暗い瞳で、人を殺した。おそらく彼からすれば、それは日常的なことでただ無感動なだけなのだろう。
俯かれていた少年が顔を上げ私と目が合った。病的に白い肌に赤い血が点々と飛んでいる。わたしは声を上げることもできず彼の目を見つめ返した。蛇に睨まれた蛙、とはこの事だろう。恐怖で足が、呼吸が、思考が上手く働かない。体の芯から「逃げろ」と悲鳴を上げているのにその場に立ち尽くしてしまう。彼は男の死体を通り過ぎ一歩、また一歩と銀の髪を揺らしながら歩み寄ってきてとうとうわたしの目の前に。
この子は人を殺した。わたしはそれを見てしまった。こういう場合は、つまり、目撃者も始末しなければならなくなるわけで。目撃者とはわたしのことで。始末とはつまり殺されるわけで。ぞわり、戦慄した。

「……ねえ、」

わたしを見上げる子供らし真ん丸な瞳には青白くなったわたしの顔が映されていた。彼に声をかけられ驚くわたしを気にすることもなく続けた。

「何で逃げないの? 俺のこと、怖くねーの?」

純粋な好奇心からの質問か、それとも。わたしにはそうは聞こえなかった。まるで縋る様な、「怖くないよ」と言ってもらいたいような。
本心から言えば死ぬほど怖いし逃げ出したい。いつ殺されるかもわからないこの状況から。足が動いていたのならとっくに悲鳴を上げて走り出している。けれど。その子が哀れに思ったのだろうか。可愛いさかりの子供が曇った瞳で殺人を犯す。きっと何か事情があったのだろうと、勝手想像を膨らませ少しでも恐怖心が和らぐようなほうへ持っていく。そしてようやくわたしは声を発することができた。

「…怖く、な、いよ」

喉からひねり出した声は自分でも思っている以上に震えていて、彼は目を丸くした後少しだけ表情が柔らかくなった。震え声で言われても説得力ねーし、と年相応の明るい顔で笑った。おかげで恐怖は無くなり彼の頬や服に飛んだ赤い染みが気になってあろうことかわたしはとんでもない事を申し出てしまった。

「あ、の。家、来ない? シャワーとか、貸すよ」

そんな事を言えば彼は予想外だったのか目を見開き、泳がせた。数秒後「いいの…?」と控えめな返事が。うん、と頷けばさっきまでとは打って変わり明るく生き生きとしている。やっぱり、きっと、何か事情があるのだろう。あんなに怖かったのに今はもう近所の子供みたいに接することができる。だったら、わたしがこの子の逃げ場になってあげたいな、なんて。
彼の後ろにいた長い黒髪の男は見ないふり。わたしを殺すのはこの男だと確信した。でも、今だけは。

と可愛い暗殺者

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原作二、三年前くらいのお話。ごちゃごちゃとまとまらない話になってしまいました。最後に出てきたのはイルミさん。この後ヒロインはイルミさんに殺されるかと。

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